智囊 / 謬數・慎子
王如其策,子良至齊,齊使人以甲受東地,昭常應齊使曰:「我典主東地,且與死生,悉五尺至六十,三十餘萬,敝甲鈍兵,願承下塵!」齊王謂子良曰:「大夫來獻地,今常守之,何如?」子良曰:「臣身受命敝邑之王,是常矯也,王攻之!」齊王大興兵攻東地,伐昭常,未涉疆。秦以五十萬臨齊右壤,曰:「夫隘楚太子弗出,不仁;又欲奪之東地五百里,不義;其縮甲則可,不然,則願待戰。」齊王恐焉,乃請子良南道楚,西使秦,解齊患。士卒不用,東地復全。
新字:王如其策,子良至斉,斉使人以甲受東地,昭常応斉使曰:「我典主東地,且与死生,悉五尺至六十,三十余万,敝甲鈍兵,願承下塵!」斉王謂子良曰:「大夫来献地,今常守之,何如?」子良曰:「臣身受命敝邑之王,是常矯也,王攻之!」斉王大興兵攻東地,伐昭常,未渉疆。秦以五十万臨斉右壤,曰:「夫隘楚太子弗出,不仁;又欲奪之東地五百里,不義;其縮甲則可,不然,則願待戦。」斉王恐焉,乃請子良南道楚,西使秦,解斉患。士卒不用,東地復全。
書き下し
王、其の策の如くす。子良、斉に至る。斉は人をして甲を以て東地を受けしむ。昭常、斉の使いに応じて曰く、「我、東地を典主し、且に死生を与にせんとす。五尺より六十に至るまで悉く、三十余万、甲を敝し兵を鈍くして、願わくは下塵を承けん」と。斉王、子良に謂いて曰く、「大夫来たりて地を献ず。今常は之を守る。何如」と。子良曰く、「臣は身ら命を敝邑の王に受く。是れ常の矯なり。王これを攻めよ」と。斉王大いに兵を興して東地を攻め、昭常を伐つ。未だ疆を渉らず、秦は五十万を以て斉の右壌に臨みて曰く、「夫れ楚の太子を隘して出ださざるは不仁なり。又其の東地五百里を奪わんと欲するは不義なり。其れ甲を縮むれば則ち可なり。然らざれば、則ち戦を待たんことを願う」と。斉王恐れ、乃ち子良に請いて楚に南道し、西のかた秦に使いして、斉の患を解かしむ。士卒用いられずして、東地は復た全し。
現代語訳
王は慎子の策のとおりにした。子良が斉に着くと、斉は兵に鎧をつけさせて東地を受け取らせようとした。昭常は斉の使者に答えた。「私は東地を預かり、生死を共にする覚悟です。五尺の子どもから六十の老人まで、三十万余りが、鎧は傷み武器は鈍くても、お相手を務めたい」。斉王は子良に言った。「大夫は来て土地を献上した。いま昭常がこれを守っている。どうしたものか」。子良は言った。「私は自分の国の王から直接命を受けました。これは昭常の独断です。どうか攻撃してください」。斉王は大いに兵を起こして東地を攻め、昭常を討とうとした。まだ国境を越えないうちに、秦が五十万の兵で斉の右の領地に迫って言った。「楚の太子を引き止めて帰さなかったのは不仁である。さらにその東の地五百里を奪おうとするのは不義である。軍を引くなら良い。そうでなければ、戦いをお待ちしよう」。斉王は恐れ、子良に頼んで南の道で楚に行き、さらに西の秦へ使者として行かせ、斉の患いを解いてもらった。兵士たちは戦わずして、東地は元通り無事であった。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』昭公十八年 子産、火災に処す國幾ど亡びん。吾が身泯(ほろ)びんも、及ぶに良(あた)はず。國遷らば、其れ可ならんか」と。子產曰く、「可なりと雖も、吾以て遷るを定むるに足らず」と。火に及びて、里析死せり。未だ葬らず。子產輿三十人をして其の柩を遷さしむ。火作る。子產晉の公子・公孫を東門に辭す。司寇をして新客を出だし、舊客を禁じて宮を出づる勿からしむ。子寬・子上をして群屏攝を巡りて大宮に至らしむ。公孫登をして大龜を徙さしむ。祝史をして主祐を周廟に徙し、先君に告げしむ。府人・庫人をして各其の事を儆めしむ。商成公をして司宮を儆めしめ、舊宮人を出だして、諸を火の及ばざる所に寘(お)く。司馬・司寇、火道に列居し、火の焮(や)く所を行(めぐ)る。城下の人、伍列して城に登る。明日、野司寇をして各其の徵を保たしむ。郊人祝史を助けて國の北に除(はら)ひ、火を玄冥・回祿に禳ひ、四鄘に祈る。焚けし室を書して其の征を寬くし、之に材を與ふ。三日哭し、國市せず。行人をして諸侯に告げしむ。宋・衛皆是くの如し。陳は火を救はず、許は災を弔はず。君子是を以て陳・許の先づ亡びんことを知る。
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『智囊』經務・富弼・滕元發・原杰滕元発、鄆州を知す。歳方に飢え、淮南の米二十万石を乞いて備えと為す。時に淮南、京東は皆な大飢なり。元発、城中の富民を召し、与に約して曰く、「流民且に至らんとす。之を処する無くんば則ち疾疫起こり、並せて汝に及ばん。吾、城外の廃営の地を得て、席屋を為りて以て之を待たんと欲す」と。民曰く、「諾」と。屋二千五百間を為ること、一夕にして成る。流民至れば、次を以て地を授け、井竈器用皆な具う。兵法を以て部勒し、少き者は炊ぎ、壮き者は樵し、婦は汲み、老いたる者は休み、民の至ること帰るが如し。上、工部郎中王右を遣わして按視せしむ。廬舎道巷、縄を引きて棋布し、粛然として営陣の如し。右大いに驚き、其の事を図上す。詔有りて褒美す。蓋し万人を活かせりと云う。〔馮述評〕祁爾光曰く、「滕達道の流民を処する、大いに富鄭公に類す。富は散じて民擾れず、滕は聚めて能く整う。皆な法と為すべし」と。
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『智囊』雄略・白瑾妻白瑾の妻は、山陰の葛氏の女である。瑾は素より弱く、葛は善く調節し、書を読ませた。成化中、進士を以て分宜の令となり、葛はともに往った。その明年、瑾の病が癒えたとき、庫に貯えた折銀はなお数千両あった。鄰境に飢えによって乱を作した者があり、徒を聚めること百人、まさに劫取しようとした。県は固より城郭がなく、寇が卒かに至ると、諸薄丞は家を挈えて去り匿れた。葛は独り家人に命じて分けて其の両門を力拒させ、乃ち白公を他室に遷し、その銀を汚池の中に埋め、公の服を著て、堂に升って賊を候った。賊が至ると、陽て好語で相い労苦し、尽くその私かに蔵する釵珥衣服の諸物を出して賊に与えた。賊は謝して去り、陰かに已に表識したことを知らず、竟に物色して捕らえることを得た。〔議〕白公の衣は、合に此の婦に譲り与えて穿戴させるべきである。
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六韜・王翼武王 太公に問ひて曰く、「王者 師を帥ゐるには、必ず股肱羽翼ありて以て威神を成す。之を為すこと柰何」と。太公曰く、「凡そ兵を挙げ師を帥ゐるは、将を以て命と為す。命は通達に在り、一術を守らず。能に因りて職を受け、各々長ずる所を取り、時に随ひて変化し、以て綱紀と為す。故に将に股肱羽翼七十二人あり、以て天道に応ず。数を備ふること法の如くし、命理を審らかに知る。殊能異技あらば、万事畢はれり」と。武王曰く、「請ふ、其の目を問はん」と。太公曰く、「腹心一人、潜謀もて卒かなるに応じ、消変を揆り、計謀を揔攬し、民命を保全するを主る。謀士五人、安危を図り、未だ萌さざるを慮り、行能を論じ、賞罰を明らかにし、官位を授け、嫌疑を決し、可否を定むるを主る。天文三人、星暦を司り、風気を候ひ、時日を推し、符験を考へ、災異を校べ、人心去就の機を知るを主る。地利三人、三軍行止の形勢、利害消息、遠近険易、水涸山阻を主り、地の利を失はず。兵法九人、異同を講論し、行事の成敗を論じ、兵器を簡練し、非法を刺挙するを主る。通糧四人、飲食・蓄積を度り、糧道を通じ、五穀を致し、三軍をして困乏せざらしむるを主る。奮威四人、材力を択び、兵革を論じ、風馳電撃して由る所を知らざらしむるを主る。伏鼓旗三人、鼓旗を伏せ、耳目を明らかにし、符節を詭り、号令を謬らせ、闇忽として往来し、出入すること神の若くするを主る。股肱四人、重きに任じ難きを持し、溝塹を修め、壁塁を治め、以て守禦に備ふるを主る。通材三人、遺を拾ひ過ちを補ひ、賓客に応偶し、論議談語し、患ひを消し結ぼれを解くを主る。権士三人、奇譎を行ひ、殊異を設け、人の識る所に非ざる、窮まりなきの変を行ふを主る。耳目七人、往来して言を聴き変を視、四方の事、軍中の情を覧るを主る。爪牙五人、威武を揚げ、三軍を激励し、難を冒して鋭を攻めしめ、疑慮する所なからしむるを主る。羽翼四人、名誉を揚げ、遠方を震はせ、四境を揺動して以て敵の心を弱むるを主る。遊士八人、姦を伺ひ変を候ひ、人情を開闔し、敵の意を観て、以て間諜と為すを主る。術士二人、譎詐を為し、鬼神に依託して以て衆心を惑はすを主る。方士二人、百薬を主り、以て金瘡を治し、以て万病を痊やす。法算二人、三軍の営壁・糧食・財用の出入を計会するを主る」と。
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言志四録・言志晩録 第二百四十三条 渠快事を担ひ我苦事に任ず人と事を共にするに、渠快事を担ひ、我苦事に任ずれば、事は苦しと雖も、意は則ち快し。我快事を担ひ、渠苦事に任ずれば、事は快しと雖も、意は則ち苦し。
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『講孟余話』盡心下 第三十八章余江戸獄にて日蓮宗の僧日命と交る。日命云ふ、「仏法に摂受・折伏あり。摂受は戒を持し経を念じ、仏意を講明し、万世に伝ふるを以て己が任とす。天下の治乱安危、外道邪魔の譏謗是非、毫も心に置くことなし、是れ摂受なり。折伏は外道邪魔を折伏し、天下を平治するを以て己が任とす。戒を持せず経を念ぜず、人の忿怒を憚らず、人の嫉悪を避けず、一身を捨てて仏道を張る、是れ折伏なり」と。日命は原と会津の藩士武井某と云ふ者にて、気力あり、少時略程朱の学及び長沼氏の兵法を学ぶ。已に僧と成りて、所謂折伏を以て自ら任とす。余因りて難ず、「摂受は獧者の事にして、折伏は狂者の事ならん。但だ摂受は天下の治乱安危、外道の譏謗是非を顧みざると、折伏は戒を持せず経を念ぜざるは、偏僻の甚しきに非ずや。又摂受は兵の正にして、折伏は兵の奇なり。兵は正中に奇あり、奇中に正あり、正或は時に奇となり、奇或は時に正となる。奇は常に奇、正は常に正なるは、死定膠固に非ずや。禹・稷・顔回地を易ふれば皆然るの理は何如にや」と云ふ。日命云く、「人各々能あり不能あり。一人にして衆能を兼ねんと欲すとも、決して成ることなし。唯だ細思せよ、摂受にして折伏を羨まず、折伏にして摂受を羨まず、是れ専精の人に非ざるよりは、決して能はざることなり。且つ摂受の人多ければ、仏道自ら明らかに、折伏の人多ければ、外道自ら滅す。然る後仏意に負くことなし。奇正並び用ひ、狂獧同じく教ゆ、固より亦仏道の要なり」と。噫、彼の異端の徒、其の偏僻の甚しきは、姑く論ぜずして可なり。乃ち其の道を任ずること斯くの如き、実に吾が儒の慙ぢ且つ懼るべき所に非ずや。
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