智囊 / 謬數・賀儒珍
工部一日得旨買金六千兩,鋪戶極言一時難辦,必誤。賠不惜也。且言戶部有編定金行甚便。公思,戶部安肯代工部買金耶?唯有協濟一項,今已不需,戶部尚未知也。時司徒楊本庵胞弟毓庵正在衡司。公夜過之,謂曰:「戶協工三十萬金,欲具題,何如?」毓庵入言於兄,出告曰:「吾兄深苦此事,欲求少減。」公曰:「戶果不足,如肯代工買金六千,則前銀可無煩設處。」毓庵復入言,本庵亟許。公歸,遂收工商買金之票。掌稿力稟不可,公叱之出。及具題,掌稿復言戶必不肯,公曰:「第上之。」既報可,戶無難色,公去部後,再有買金之事,仍如公行之戶部。而戶部怒裂其札,掌稿者竟不知所以也。
新字:工部一日得旨買金六千両,鋪戸極言一時難辦,必誤。賠不惜也。且言戸部有編定金行甚便。公思,戸部安肯代工部買金耶?唯有協済一項,今已不需,戸部尚未知也。時司徒楊本庵胞弟毓庵正在衡司。公夜過之,謂曰:「戸協工三十万金,欲具題,何如?」毓庵入言於兄,出告曰:「吾兄深苦此事,欲求少減。」公曰:「戸果不足,如肯代工買金六千,則前銀可無煩設処。」毓庵復入言,本庵亟許。公帰,遂収工商買金之票。掌稿力稟不可,公叱之出。及具題,掌稿復言戸必不肯,公曰:「第上之。」既報可,戸無難色,公去部後,再有買金之事,仍如公行之戸部。而戸部怒裂其札,掌稿者竟不知所以也。
書き下し
工部、一日旨を得て金六千両を買う。鋪戸は極めて言う、一時辦じ難く、必ず誤らん、賠うも惜しまずと。且つ言う、戸部に編定の金行有り、甚だ便なりと。公思う、戸部安んぞ肯て工部に代わりて金を買わんや。唯だ協済の一項有り、今已に需いず、戸部は尚お未だ知らざるなり。時に司徒楊本庵の胞弟毓庵、正に衡司に在り。公、夜これを過りて、謂いて曰く、「戸の工に協ずる三十万金、具題せんと欲す。何如」と。毓庵入りて兄に言い、出でて告げて曰く、「吾が兄深く此の事に苦しみ、少しく減ぜんことを求めんと欲す」と。公曰く、「戸、果たして足らずんば、如し代わりて工の為に金六千を買うを肯んぜば、則ち前銀は煩わしく処を設くる無かるべし」と。毓庵復た入りて言う。本庵亟かに許す。公帰り、遂に工商の買金の票を収む。掌稿は力めて稟す、不可なりと。公叱して之を出す。具題するに及び、掌稿復た言う、戸は必ず肯んぜず。公曰く、「第だ之を上れ」と。既に報じて可とす。戸は難色無し。公の部を去りし後、再び買金の事有れば、仍お公の行うが如く戸部に行う。而して戸部は怒りて其の札を裂くも、掌稿者は竟に所以を知らざるなり。
現代語訳
工部はある日、命令を受けて黄金六千両を買うことになった。商人たちは、とても急には調達できず、必ず間に合わないだろう、損害を賠償しても構わないと言った。また、戸部には取り決めた金の問屋があり、とても便利だと言った。賀儒珍は考えた。戸部がどうして工部に代わって金を買ってくれようか。ただ、協力金という項目があり、いまはもう必要なくなっているが、戸部はまだそれを知らない。そのとき、司徒の楊本庵の実弟の毓庵が、ちょうど衡司にいた。公は夜に彼を訪ね、言った。「戸部が工部に協力する三十万両について、上奏して正式に求めたいが、どうだろう」。毓庵は中に入って兄に告げ、出てきて言った。「兄はこの件でとても悩んでおり、少し減らしてもらいたいと考えています」。公は言った。「戸部がもし本当に足りないなら、工部の代わりに金六千両を買ってくれるのであれば、先の銀は面倒な手当てをしなくてもよい」。毓庵はまた入って兄に伝え、本庵はすぐに承諾した。公は帰ると、工部の商人から集めた買い入れの伝票を回収した。起草係は強く反対した。公は叱って退かせた。上奏の段になると、起草係はまた戸部が承諾しないはずだと言ったが、公は「とにかく上奏せよ」と言った。許可が下りたが、戸部に難色はなかった。公が部を去った後も、再び金の買い入れがあれば、公の方式で戸部に任せた。戸部は怒ってその書状を破り捨てたが、起草係はついにその理由を知らなかった。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』謬數・賀儒珍両宮の工完り、積む所の銀は猶お門工の費に足る。戸・兵二部の原題の協済銀は各々三十万にして、通じて未だ用いず。西河王、疏して開礦と採木とを請い、並びに部に奏す。久しく覆せず。一日、文書房、口伝して、工部に不覆の故を詰問し、立ちどころに回話を待つ。部は査するに此の疏無く、久しくして方に戸部に停閣せるを知る。戸部は倉皇として咨稿を具す。工堂は猶お累を見んことを恐る。郎中賀儒珍曰く、「易きのみ」と。首に叙して「某月日、戸部の咨を准く」云云とし、咨の到る日を即ち覆する日と為す。復た疏して曰く、「照得するに、両宮の鼎建は事宸居に関す。即ち一榱一角も、純ら香楠・杉木を用うれども、猶お臣らの崇奉の意を尽くすに足らず。沿辺の不過の油松の雑木は、工に用うる所無し。相応に停めて採る勿かるべし」と。〔按〕此の事は辺防西河に関し、特に大工を借りて名と為すのみ。爾の時、事は必ず行うに在り、公は激して之を成さんことを恐れ、故に従容として覆を具し、但だ其の用うる所無きを言いて、与に争わず。事遂に寝む。
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『智囊』經務・賀盛瑞金剛牆は実土にして、在工の夫は止だ二十余名。二人一筐にして、三五日に非ざれば不可なり。公、令を下して曰く、「多く土を抬ぐること一筐ごとに、銭二文を加う。朱木屑を以て記と為す」と。各夫は飛走し、日を終えずして畢る。錦衣衛、鹵簿を修せんことを題し、費を計ること万金。公は其の濫なるを嫌い、監工の内臣が毁壊せる者を持ち、俱に司に送る。公は之を閲し、謂いて曰く、「此れ諸弁が公の精明を畏れ、此の伎倆を作して以て題中の疏語を実にするのみ。然らずんば、駕閣庫に未だ火を聞かず、而して銅帯は胡ぞ由りて焦げん。旧は宜しく腐るべきに、胡ぞ直ちに断ずること切るが如きや」と。内臣は言の如く以て諸弁を詰め、且つ参せんと言う。諸弁は跪き泣きて免を求め、工完りて敢えて嘩する無し。用いること千に及ばずして、鹵簿は已に煥然たり。永寧長公主の挙殯あり。例として席殿・群房等、約三百余間を搭ぐ。内使は臨行の時に俱に拆去す。公は令して隙地を擇びて搭蓋せしめ、揪棍を以て杉木の纜眼の下に横穿して之を埋め、席は麻繩を用いて連合せしむ。在工の人は、公の作の無益なるを笑わざる無し。殯を訖わるや、内官は果たして来たりて木を取らんとす。木根は牢固にして、席は復た連合し、即ち力を以て繩を断ちて之を取るも易からず、遂に舍てて去る。公は夫匠を呼びて謂いて曰く、「山中に風雨暴至すれど、屋の避くべき無し。大殿の拆つ外、余の小房は汝の輩に留めて宿食を作さしめん。何如」と。眾は僉な曰く、「便なり」と。公曰く、「毎一席の官価は一分五釐なるも、今は只だ七釐を作り、工価に抵てん。拆棚の日には、悉く爾らの将ち去るに聴す。麻を断ちて麻筋に作り、木は回料に作せ。何如」と。眾は又た曰く、「便なり」と。
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『智囊』謬數・嚴訥海虞の厳相公訥、大宅を城中に営む。基を度りて已に就く。独り民房一楹の錯入し、未だ方円を得ず。其の人は酒腐を鬻ぎ、房は其の世伝なり。司工者、請う、厚価もて之を乞わんと。必ず可かず、憤りて公に訴う。公曰く、「庸うる無し、先ず三面を営むべし」と。工既に興り、公、命じて每日需むる所の酒腐は皆な此の家に取弁せしめ、且つ先に其の値を資す。其の人、夫婦拮据して日に暇あらず、又た人を募りて助けしむ。已にして工を鳩むること愈いよ衆く、利を獲ること愈いよ豊かにして、積む所の米豆は牛刃の屋中に充ち、缸仗は俱に数倍を増す。屋は隘にして以て之を容るるに足らず。又た公の徳に感じ、其の初の抗いを自ら愧ず。遂に券を書して以て献ず。公、他房の相い近き者を以て易う。房は稍や寛く、其の人大いに悦び、不日にして遷り去る。〔評〕勢にて取り得ざれば、惠を以て之を取る。我は費を加えずして人は反って徳を誦う。術に游びて知らず、妙なるかな。
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『智囊』謬數・梅衡湘梅少司馬衡湘、初め固安令に仕う。固安は中貴多く、令長を狎視す。稍や強項なれば、則ち之と争う。公は気を平らかにして以て待つ。中貴に豚蹄を操りて公に餉り、徴負を為さんことを乞う者有り。公は為に蹄を烹て飲を設け、負者を召して前に使め、之を呵す。負者は貧を以て訴う。公叱して曰く、「貴人の債は何の債ぞ。而るに敢えて貧を以て辞するか。今日必ず償え。之を徐くせば、杖下に死せん」と。負者は泣きて去る。中貴の意は惻然たるに似たり。公これを覚り、乃ち復た呼びて前に使め、額を蹙めて曰く、「吾固より汝の貧しきこと甚だしきを知る。然れども如何ともする無し。亟かに汝の子と汝の妻を鬻ぎ、鏹を持ちて来たれ。然りと雖も、吾は汝の父母たり。何ぞ汝の骨肉をして驟かに離れしむるに忍びん。姑く汝を一日寛くす。夜に帰りて妻子と訣れよ。此の生にて相い見えざらん」と。負者は言を聞きて愈々泣く。中貴も亦泣き、辞して徴するを願わず。為に券を破る。嗣より是れ、中貴の家の負を徴する者、皆寛きに従う。
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『智囊』經務・賀盛瑞徽州の木商王天俊ら十人、広く金銭を挟み、勢要に依托して、札付を鑽求し、木十六万根を買う。賀、念えらく、此の差が一たび出づれば、夾帯の私木を論ぜず、即ち此の十六万根の木だけで、税を逃るること三万二千余根、国課を虧くこと五六万両なり。方に極力して杜絶せんとするに、特旨下る。一時に奸商は揚揚として得意なり。賀は乃ち呼び至らしめ、謂いて曰く、「爾らは札を欲す。我は但だ旨を奉じて札を給するを知るのみ。札中の事を、爾らは我が開載せざるを禁ずる能わんや」と。是に於いて其の皇木を指称するの弊を列す。「一に関税を希免するを許さず。蓋し木を買うに官は平価を給すれば、即ち是れ交易なり。自ずから常に照らして抽分すべし。二に官民の舡只を磕撞するを許さず。違えば、常に照らして賠補せよ。三に州県を騒擾し、夫を派して筏を拽かしむるを許さず。四に過関を攙越するを許さず。五に預支を給せず。木が張家湾に到るを俟ち、部官は科道と同に根ごとに丈量し、題を具して価を給す」と。是に於いて各商は色を失い、曰く、「此の如くんば、則ち札付は直だ一空紙のみ。之を領して何の用ぞ」と。遂に皆な札を領するを願わず、東廠に向かいて贓を倒す。又た工部屯田司主事は通済局・広済局を差管す。局ごとに抽分大使一員、攢典一名、巡軍十五名を設け、官俸・軍糧は歳ごとに一百三十余石を支し、毎年抽分して部に解す銀は、多くは七八十両、少なくは五六十両なるも、尚お費に及ばず。賀公盛瑞は題して裁革せんと欲せしが、左堂の沈敬宇が之を止む。
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『智囊』迎刃・崔祐甫徳宗即位し、淄青節度李正己は表して銭三十万緡を献ぜんとす。上は受けんと欲すれども欺かるるを恐れ、之を却くれば則ち詞無し。宰相崔祐甫は使を遣わして淄青の将士を慰労し、因りて正己の献ずる所の銭を以て之に賜わんことを請う。将士をして人人上の恩を戴かしめ、諸道は朝廷の貨財を重んぜざるを知らんと。上は之に従い、正己は大いに慚服す。神策軍使王駕鶴は、久しく禁兵を典り、権は中外を震わす。徳宗は将に之に代えんとし、其の変を懼れ、以て崔祐甫に問う。祐甫曰く、「是れ慮るに足る無し」と。即ち駕鶴を召し、留めて語ること時を移し、而して代わる者白志貞は已に軍中に入れり。
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