智囊 / 謬數・宋太祖・周武王
宋祖聞唐主酷嗜佛法,乃選少年僧有口辯者,南渡見唐主,論性命之說。唐主信重,謂之「一佛出世」,由是不復以治國守邊為意。〔茅元儀曰〕「與越之西子何異,天下豈獨色能惑人哉?」武王立重泉之戍,令曰:「民有百鼓之粟者不行。」民舉所最,粟以避重泉之戍,而國谷二十倍。〔評〕假設戍名,欲人憚役而竟收粟,倘亦權宜之術,而或謂聖王不應為術以愚民,固矣!至若《韓非子》謂,湯放桀欲自立,而恐人議其貪也,讓於務光,又虞其受,使人謂光曰:「湯弒其君,而欲以惡名予子。」光因自投於河;文王資費仲而游於紂之旁,令之間紂以亂其心,此則孟氏所謂「好事者為之」。非其例也。
新字:宋祖聞唐主酷嗜仏法,乃選少年僧有口弁者,南渡見唐主,論性命之説。唐主信重,謂之「一仏出世」,由是不復以治国守辺為意。〔茅元儀曰〕「与越之西子何異,天下豈独色能惑人哉?」武王立重泉之戍,令曰:「民有百鼓之粟者不行。」民舉所最,粟以避重泉之戍,而国谷二十倍。〔評〕仮設戍名,欲人憚役而竟収粟,倘亦権宜之術,而或謂聖王不応為術以愚民,固矣!至若《韓非子》謂,湯放桀欲自立,而恐人議其貪也,譲於務光,又虞其受,使人謂光曰:「湯弒其君,而欲以悪名予子。」光因自投於河;文王資費仲而游於紂之旁,令之間紂以乱其心,此則孟氏所謂「好事者為之」。非其例也。
書き下し
宋祖、唐主の酷だ仏法を嗜むを聞き、乃ち少年の僧の口弁有る者を選び、南渡して唐主に見え、性命の説を論ぜしむ。唐主信重して、之を「一仏出世」と謂う。是に由りて復た治国守辺を以て意と為さず。〔茅元儀曰く〕「越の西子と何ぞ異ならん。天下に豈に独り色のみ能く人を惑わさんや」と。武王、重泉の戍を立て、令して曰く、「民に百鼓の粟有る者は行かず」と。民、最も多き所を挙げ、粟を以て重泉の戍を避け、而して国の穀二十倍す。〔評〕仮に戍の名を設け、人の役を憚るを欲して竟に粟を収む。倘し亦権宜の術ならんか。而るに或いは聖王は応に術を為して以て民を愚にすべからずと謂うは、固なり。《韓非子》に至っては、湯、桀を放ちて自ら立たんと欲するに、人の其の貪を議するを恐れ、務光に譲る。又其の受けんことを虞れ、人をして光に謂わしむ、「湯は其の君を弑して、悪名を以て子に予えんと欲す」と。光因りて自ら河に投ず。文王は費仲に資して紂の旁に游ばしめ、之をして紂を間して以て其の心を乱さしむ。此れ則ち孟氏の所謂「好事者の之を為す」なり。其の例に非ず。
現代語訳
宋の太祖は、南唐の君主が仏法を非常に好むと聞き、弁舌のたつ若い僧を選んで長江を南に渡らせ、唐主に謁見して性命の説を論じさせた。唐主は信じ重んじて、彼を「仏が世に現れた」と呼んだ。それ以来、唐主は国を治め辺境を守ることに気を向けなくなった。〔茅元儀は言う〕「越の西施の例と何が違おう。天下の人を惑わすのは、色欲だけではない」。周の武王は重泉の守備兵の制度を定め、「穀物を百鼓持つ者は行かなくてよい」と命じた。民はそれぞれの最多の蓄えを申し出て、穀物を差し出して重泉の守備を避けたため、国の穀物は二十倍になった。〔評〕仮に守備兵の名目を設け、人が役を嫌がるのを利用して結局穀物を集めた。これも臨機応変の手段であろうか。聖王が術を使って民を欺くべきでないと言う人もいるが、それは頑固である。『韓非子』には、湯が桀を追放して自分が立とうとしたとき、貪欲と言われるのを恐れて務光に位を譲り、さらに務光が受けるのを心配して、人に「湯は主君を殺して、悪名をあなたに押しつけようとしている」と言わせたという話がある。務光はこれを聞いて自ら河に身を投げた。また文王は費仲に資金を与えて紂王のそばで遊ばせ、紂の心を乱す離間をさせた。これは孟子の言う「事を好む者のしわざ」であって、ここで取り上げる例ではない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
史記 循吏列伝楚の民の俗庳車を好む、王以為へらく庳車は馬に便ならずと、令を下して之を高くせしめんと欲す。相曰く、「令数々下れば、民従ふ所を知らず、不可なり。王必ず車を高くせんと欲せば、臣請ふ閭里に教へて其の梱を高くせしめん。車に乗る者は皆君子なり、君子は数々車を下ること能はず」と。王之を許す。居ること半歳にして、民悉く自ら其の車を高くす。此れ教へずして民其の化に従ひ、近き者は視て之に效ひ、遠き者は四面より望みて之に法るなり。
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「離婁の明、公輸子の巧も、規矩を以てせざれば、方員を成すこと能わず。師曠の聰も、六律を以てせざれば、五音を正すこと能わず。堯舜の道も、仁政を以てせざれば、天下を平治すること能わず。今、仁心仁聞有りて、而も民其の澤を被らず、後世に法る可からざる者は、先王の道を行わざればなり。故に曰く、『徒善は以て政を為すに足らず、徒法は以て自ら行わるること能わず。』詩に云う、『愆らず忘れず、舊章に率い由る。』先王の法に遵いて過つ者は、未だ之れ有らざるなり。聖人既に目の力を竭くし、之に繼に規矩準繩を以てす。以て方員平直を為すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に耳力を竭くし、之に繼ぐに六律を以てす。五音を正すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に心思を竭くし、之に繼ぐに人に忍びざるの政をを以てす。而うして仁天下を覆う。故に曰く、『高きを為すには、必ず丘陵に因り、下きを為すには、必ず川澤に因る。』政を為すに、先王の道に因らずんば、智と謂う可けんや。是を以て惟だ仁者のみ宜しく高位に在るべし。不仁にして高位に在るは、是れ其の惡を衆に播するなり。上に道揆無く、下に法守無く、朝は道を信ぜず、工は度を信ぜず、君子は義を犯し、小人は刑を犯して、國の存する所の者は幸いなり。故に曰く、『城郭完からず、兵甲多からざるは、國の災いに非ざるなり。田野辟けず、貨財聚まらざるは、國の害に非ざるなり。』上、禮無く、下、學無ければ、賊民興り、喪ぶること日無けん。詩に曰く、『天の方に蹶(くつがえす)えさんとする、然く泄泄すること無かれ。』泄泄とは、猶ほ沓沓のごときなり。君に事えて義無く、進退禮無く、言えば則ち先王の道を非る者は、猶ほ沓沓のごときなり。故に曰く、『難きを君に責む、之を恭と謂う。善を陳べ邪を閉づる、之を敬と謂う。吾が君能わずとす、之を賊と謂う。』」
-
『墨子』尚同下是の故に古の聖王の天下を治むるや、千里の外に賢人有り、其の鄉里の人、皆な未だ之を均しく聞き見ざるに、聖王、得て之を賞す。千里の外に暴人有り、其の鄉里、未だ之を均しく見ざるに、聖王、得て之を罰す。故に唯だ聖王を以て耳聡く目明らかなりと為す毋からんや。豈に能く一たび視て千里の外を通見せんや、一たび聴きて千里の外を通聞せんや。聖王は往きて視るにあらざるなり、就きて聴くにあらざるなり。然れども天下の冦亂盜賊を為す者をして、天下を周流するも足を重ぬる所無からしむるは、何ぞや。其の尚同を以て政を為すこと善ければなり。
-
『墨子』尚同中故に古者、聖王は唯だ壹に尚同を以て正長と為す。是れ上下、請謁して通を為す。上に隠事遺利有れば、下、得て之を利し、下に蓄怨積害有れば、上、得て之を除く。是を以て數千萬里の外に善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、鄉里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を賞す。數千萬里の外に不善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、郷里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を罰す。是を以て天下の人を舉げて皆な恐懼振動惕慄して、敢えて淫暴を為さず、曰く、「天子の視聴や神なり」と。先王の言に曰く、「神に非ざるなり。夫れ唯だ能く人の耳目をして己が視聴を助けしめ、人の吻をして己が言談を助けしめ、人の心をして己が思慮を助けしめ、人の股肱をして己が動作を助けしむればなり」と。之を視聴するを助くる者衆ければ、則ち其の聞見する所の者は逺し。之を言談するを助くる者衆ければ、則ち其の徳音の撫循する所の者は博し。之を思慮するを助くる者衆ければ、則ち其の謀慮は速やかに得らる。之を動作するを助くる者衆ければ、則ち其の事を舉ぐること速やかに成る。
-
『韓非子』安危第二十五堯は膠漆の約を当世に無くして道行はれ、舜は置錐の地を後世に無くして徳結ぶ。能く道を往古に立てて徳を万世に垂るる者、之を明主と謂ふ。
-
『政談』誓詞の事国方なとにては組頭と云ふものは、其の一組の士を病気も幼少も息災にて勤むるも皆同く支配し、偖江戸の勤めは別に番頭と云ふ者ありて、其の下知を受て勤むることにて、其の組頭の支配の内より番替を以て番頭下へつかはすとき、病気幼少のものにあたれは一組の内より外の人を代りに出たし、その本人よりわり合はせをつかはす故、身上のならぬものは病気幼少の代りを願ひて、ひたものつとむること御当地の取り人の如し、さてわり合ひを出たすこと故勝手に宜しからされは自から虚病は少きと承はる、箇様なる仕方能く詮議せは有るへきことなり、兎角当時の誓詞は御作法のやうに成りて詮なきことなれは、一向に停止なりて唯大名の国なとへ御目付けに行くなと、其の外にも時にとりて当座きりの御用にばかり大切なることに誓詞仰せ付られ然るへき也、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る