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智囊 / 委蛇・周忱・唐順之

倭躪姑蘇,戟嬰兒為戲。唐公順之時家居,一見痛心,憤不俱生。時督師海上者趙文華,嚴分宜幸客也。公挺身往謁,與陳機略,且言非專任胡梅林不可。趙乃首薦起職方郎中,視師浙直,因任胡宗憲。宗憲亦厚餽嚴相以結其歡,故無掣肘之虞,始得展布,以除倭患。〔焦弱侯曰〕德順之字,晚年為分宜所薦,至今以為詬病。嘗觀《易》之《否》,以「包承小人」為大人吉,甚且包畜不辭,潔一身而委大計於溝瀆,固志天下者所不忍也。漢人有言,中世選士,務於清慤謹慎,此婦女之檢柙,鄉曲之常人耳。嗚呼!世多隱情,惜已之人,殆難與道此也。正德時逆瑾鴟張,劉健、謝遷皆逐去,而李東陽獨留,益務沉遜,時時調劑其間,縉紳之禍,往往恃以獲免。人皆責東陽不去為非,不思孝宗大漸時,劉、謝、李同在榻前,承受顧命,親以少主付之,使李公又隨二人而去,則國事將至於不可言,寧不負先帝之托耶?則李義不可去,有萬萬不得已者。李晚年,有人談及此,輒痛哭不能已。嗚呼!大臣心事,不見諒於拘儒者多矣,豈獨應德哉?

新字:倭躪姑蘇,戟嬰児為戯。唐公順之時家居,一見痛心,憤不倶生。時督師海上者趙文華,厳分宜幸客也。公挺身往謁,与陳機略,且言非専任胡梅林不可。趙乃首薦起職方郎中,視師浙直,因任胡宗憲。宗憲亦厚餽厳相以結其歓,故無掣肘之虞,始得展布,以除倭患。〔焦弱侯曰〕徳順之字,晩年為分宜所薦,至今以為詬病。嘗観《易》之《否》,以「包承小人」為大人吉,甚且包畜不辞,潔一身而委大計於溝瀆,固志天下者所不忍也。漢人有言,中世選士,務於清慤謹慎,此婦女之検柙,郷曲之常人耳。嗚呼!世多隠情,惜已之人,殆難与道此也。正徳時逆瑾鴟張,劉健、謝遷皆逐去,而李東陽独留,益務沈遜,時時調剤其間,縉紳之禍,往往恃以獲免。人皆責東陽不去為非,不思孝宗大漸時,劉、謝、李同在榻前,承受顧命,親以少主付之,使李公又随二人而去,則国事将至於不可言,寧不負先帝之托耶?則李義不可去,有万万不得已者。李晩年,有人談及此,輒痛哭不能已。嗚呼!大臣心事,不見諒於拘儒者多矣,豈独応徳哉?

書き下し

倭、姑蘇を躪み、嬰児を戟にして戯と為す。唐公順之、時に家居し、一見して心を痛め、憤りて倶に生きざらんことを思う。時に督師として海上に在る者は趙文華、厳分宜の幸客なり。公、身を挺して往き謁し、与に機略を陳べ、且つ胡梅林を専任するに非ざれば不可と言う。趙、乃ち首めて公を薦めて職方郎中に起こし、浙直を視師せしめ、因りて胡宗憲を任ず。宗憲も亦た厚く厳相に餽りて以て其の歓を結ぶ。故に掣肘の虞無く、始めて展布を得て、以て倭患を除けり。〔焦弱侯曰く〕順之を徳とするに、晩年、分宜の薦むる所と為り、今に至るまで以て詬病と為す。嘗て『易』の「否」を観るに、「小人を包承す」を以て大人は吉と為す。甚だしきは包畜して辞せず、一身を潔くして大計を溝瀆に委ぬるは、固より天下に志す者の忍びざる所なり。漢人に言有り、中世の選士は、清慤・謹慎を務む。此れ婦女の検柙、郷曲の常人のみ。嗚呼、世に隠情多し。己を惜しむの人は、殆ど与に此れを道い難し。正徳の時、逆瑾鴟張し、劉健・謝遷みな逐い去られ、而るに李東陽のみ独り留まり、益ます沈遜を務め、時時其の間を調剤す。縉紳の禍、往往にして恃みて以て免るるを獲たり。人みな東陽の去らざるを非と責む。孝宗の大漸の時、劉・謝・李同に榻前に在り、顧命を承受し、親しく少主を之に付せしを思わず。使し李公、又た二人に随いて去らば、則ち国事は言うべからざるに至らん。寧んぞ先帝の托に負かざらんや。則ち李の義、去るべからざるは、万万得已まざる者有り。李の晩年、人の此れに談及する有れば、輒ち痛哭して已む能わず。嗚呼、大臣の心事、拘儒に諒せられざること多し。豈に独り応徳のみならんや。

現代語訳

倭寇が姑蘇を蹂躙し、赤子を戟で突いて戯れにするという惨状でした。唐順之はそのとき家にいて、一見して心を痛め、憤って共に生きることはできないと思いました。そのとき海上で軍を督していたのは趙文華で、厳嵩の寵臣でした。唐順之は身を挺して出向いて謁見し、ともに策略を述べ、さらに胡宗憲を専任させなければならないと言いました。趙文華はそこでまず唐順之を推薦して職方郎中に起用し、浙江・南直隷の軍を視察させ、そのうえで胡宗憲を任用しました。胡宗憲も厚く厳嵩に贈り物をして歓心を得ました。そのため掣肘の憂いがなく、はじめて計画を展開でき、倭寇の害を除けました。〔焦弱侯の言〕唐順之を評すると、晩年に厳嵩の推薦を受けたことが、今に至るまで非難されています。かつて『易』の「否」の卦を見ると、「小人を包み受け入れる」ことを大人にとって吉としています。ひどい場合は包み養って辞さず、自分一身を清く保って、大きな計画を溝に捨てるのは、もとより天下に志す者の忍びないところです。漢の人に言葉があります。後世の人材登用は、清潔・慎重を重んじる。これは女性の慎みや、田舎の普通の人のものにすぎない、と。ああ、世の中には隠された事情が多い。自分を惜しむ人は、ほとんどこのことを語り合えません。正徳年間に逆臣の劉瑾がのさばり、劉健・謝遷はみな追い払われましたが、李東陽だけは残り、ますます穏やかに身を低くして、その間を調整しました。官僚たちの禍は、しばしばそれによって免れました。人はみな李東陽が去らないことを非難しますが、孝宗が危篤のとき、劉健・謝遷・李東陽が揃って寝台の前にいて遺命を受け、直接幼い君主を託されたことを思いません。もし李公も二人に従って去っていたら、国の政治は言いようのない事態に至っていたでしょう。先帝の託しに背くことになりませんか。李公の義として去ることができなかったのは、万万やむを得ないことがあったのです。李公は晩年、人がこのことを話題にすると、痛哭してやめられませんでした。ああ、大臣の心中は、固い学者に理解されないことが多い。どうして唐順之だけのことでしょうか。

解説

唐順之は、倭寇の惨状を止めるため、悪評のある権臣の周辺に近づいて胡宗憲の起用を実現させました。焦弱侯は、清廉さを守って大計を捨てるより、汚れを引き受けても目的を果たす道があると擁護し、李東陽の例も引きます。核心は、潔白の維持と成果の実現が衝突する場面での判断です。現代でも、組織の不正に関わる有力者に近づいて、実現したい改革を通すことがありえます。ただ、手段が目的を食うおそれがあり、後世の評価を受け入れる覚悟が必要です。拘儒の批判に流されない一方、自己正当化にも注意すべきです。

この章句が説くこと

唐順之趙文華胡宗憲包承小人李東陽倭患

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