智囊 / 識斷・段秀實・孔鏞
賊取榻置中,鏞坐,呼眾前,眾不覺相顧而進,渠酋問鏞為誰,曰:「孔太守也。」賊曰:「豈聖人兒孫邪?」鏞曰:「然。」賊皆羅拜,鏞曰:「我固知若賊本良民,迫於餒,聚此苟圖救死,前官不諒,動以兵加,欲剿絕汝,我今奉朝命作汝父母官,視汝猶子孫,何忍殺害?若信能從我,當宥汝罪,可送我還府,我以穀帛齎汝,勿復出掠;若不從,可殺我,後有官軍來問罪,汝當之矣。」眾錯愕曰:「誠如公言,公誠能相恤,請終公任,不復擾犯。」鏞曰:「我一語已定,何必多疑。」眾復拜,鏞曰:「我餒矣,可具食。」眾殺牛馬,為麥飯以進,鏞飽啖之,賊皆驚服。日暮,鏞曰:「吾不及入城,可即此宿。」賊設牀褥,鏞徐寢。明日復進食,鏞曰:「吾今歸矣,爾等能從往取粟帛乎?」賊曰:「然。」控馬送出林間,賊數十騎從。
新字:賊取榻置中,鏞坐,呼衆前,衆不覚相顧而進,渠酋問鏞為誰,曰:「孔太守也。」賊曰:「豈聖人児孫邪?」鏞曰:「然。」賊皆羅拝,鏞曰:「我固知若賊本良民,迫於餒,聚此苟図救死,前官不諒,動以兵加,欲剿絶汝,我今奉朝命作汝父母官,視汝猶子孫,何忍殺害?若信能従我,当宥汝罪,可送我還府,我以穀帛齎汝,勿復出掠;若不従,可殺我,後有官軍来問罪,汝当之矣。」衆錯愕曰:「誠如公言,公誠能相恤,請終公任,不復擾犯。」鏞曰:「我一語已定,何必多疑。」衆復拝,鏞曰:「我餒矣,可具食。」衆殺牛馬,為麦飯以進,鏞飽啖之,賊皆驚服。日暮,鏞曰:「吾不及入城,可即此宿。」賊設牀褥,鏞徐寝。明日復進食,鏞曰:「吾今帰矣,爾等能従往取粟帛乎?」賊曰:「然。」控馬送出林間,賊数十騎従。
書き下し
賊、榻を取りて中に置く。鏞坐し、衆を呼びて前ましむ。衆、覚えず相顧みて進む。渠酋、鏞に問う、「誰と為す」と。曰く、「孔太守なり」と。賊曰く、「豈に聖人の児孫か」と。鏞曰く、「然り」と。賊みな羅拝す。鏞曰く、「我、固より知る、若が賊は本良民にして、餒に迫られ、此に聚まりて苟くも死を救わんことを図るを。前官は諒せず、動もすれば兵を以て加え、汝を剿絶せんと欲す。我、今、朝命を奉じて汝の父母官と作り、汝を視ること猶お子孫のごとし。何ぞ殺害するに忍びんや。若し信に能く我に従わば、当に汝が罪を宥すべし。我を送りて府に還すべし。我、穀帛を以て汝に齎し、復た出でて掠むること勿からしめん。若し従わずんば、我を殺すべし。後に官軍の来りて罪を問う有らば、汝当たらん」と。衆、錯愕して曰く、「誠に公の言の如くんば、公、誠に能く恤まば、請う、公の任を終えんまで、復た擾犯せず」と。鏞曰く、「我が一語已に定まる。何ぞ必ずしも多疑せん」と。衆復た拝す。鏞曰く、「我、餒えたり。食を具うべし」と。衆、牛馬を殺し、麦飯を為して以て進む。鏞飽啖す。賊みな驚き服す。日暮れ、鏞曰く、「吾、城に入るに及ばず。即ち此に宿すべし」と。賊、牀褥を設け、鏞徐ろに寝ぬ。明日復た食を進む。鏞曰く、「吾、今帰らん。爾ら能く往きて粟帛を取るに従うか」と。賊曰く、「然り」と。馬を控えて林間に送り出し、賊数十騎従う。
現代語訳
賊は寝台を持ってきて中央に置きました。孔鏞が座り、人々を前に呼びました。賊たちは思わず顔を見合わせながら進み出ました。頭目が孔鏞に尋ねました。「あなたはどなたか。」孔鏞は答えました。「孔太守だ。」賊は言いました。「もしや聖人孔子の子孫か。」孔鏞は言いました。「そうだ。」賊はみな並んで拝礼しました。孔鏞は言いました。「私はもともと、おまえたち賊が本来は良民であり、飢えに迫られて、ここに集まってかりそめに命をつなごうとしているのだと知っている。前の官は事情を汲まず、ともすれば兵を差し向けて、おまえたちを滅ぼそうとした。私は今、朝廷の命を奉じておまえたちの父母官となり、おまえたちを子や孫のように思っている。どうして殺害できようか。もし本当に私に従うなら、おまえたちの罪を許そう。私を送って役所に帰してくれ。私は穀物や布をおまえたちに届け、もう外に出て略奪しなくてもよいようにしてやる。もし従わないなら、私を殺すがよい。後に官軍が来て罪を問うなら、おまえたちが当たることになる。」皆は驚いて言いました。「本当にあなたの言うとおりで、本当に私たちを哀れんでくださるなら、どうかあなたの任期が終わるまで、二度と騒ぎを起こしません。」孔鏞は言いました。「私の一言はすでに決まっている。どうして何度も疑うのか。」皆はまた拝礼しました。孔鏞は言いました。「私は腹が減った。食事を用意しなさい。」皆は牛や馬を殺し、麦飯を作って差し出しました。孔鏞は満腹になるまで食べました。賊はみな驚き、感服しました。日が暮れると、孔鏞は言いました。「私は城に入るのに間に合わない。ここで泊まろう。」賊は寝台と布団を設け、孔鏞はゆっくり眠りました。翌日もまた食事を出しました。孔鏞は言いました。「私は今から帰る。おまえたち、私と一緒に穀物や布を取りに来るか。」賊は答えました。「はい。」馬を引いて林の中を送り出し、賊数十騎が従いました。
解説
この章句が説くこと
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論語・憲問篇子曰く、『詐を逆(むか)えず、不信を億(はか)らず。抑も亦た先覚なる者、是れ賢か。』
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言志四録・南洲手抄信を人に取るは難し。人は口を信ぜずして躬を信ず。躬を信ぜずして心を信ず。是を以て難し。
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