宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
公少學劍樂為竒節有士人遊宦逺郡為僕夫持其不法事恐之且欲其女為妻即止嵗乆益恣横不可制詠寓傳舍知其事即陽假此僕為馭單騎出城至林麓中斬之而還
新字:公少学剣楽為奇節有士人遊宦遠郡為僕夫持其不法事恐之且欲其女為妻即止歳乆益恣横不可制詠寓伝舎知其事即陽仮此僕為馭単騎出城至林麓中斬之而還
書き下し
公、少くして劍を學び、竒節を為すを樂しむ。士人の遠郡に遊宦する有り。僕夫の為に其の不法の事を持たれて之を恐れられ、且つ其の女を妻と為さんことを欲せらる。即ち止む。歳乆しくして益々恣横にして制す可からず。詠、傳舍に寓し、其の事を知る。即ち陽りて此の僕を假りて馭と為し、單騎して城を出で、林麓の中に至りて之を斬りて還る。
現代語訳
公は若いころ剣を学び、際立った行いをするのを好んだ。ある士人が遠い郡に赴任していた。その従僕に不法の事実を握られて脅され、そのうえ娘を妻にほしいと迫られていた。そこで止まっていた。年が経つにつれてますます横暴になり、抑えられなくなっていた。張詠は宿舎に泊まっていて、その事を知った。そこでわざとこの従僕を借りて馬の御者とし、一騎だけで城を出て、林の麓まで来たところでこれを斬って帰った。
解説
若き日の張詠が、人の弱みにつけこむ従僕を自分で斬った条です。**わざと御者として借り、一騎で城を出て、林の麓で斬って帰った。**役所を通していません。前の条までの、賞罰の当を得た長官と同じ人の若いころです。手続きを踏まない私刑ですが、この書は削らずに置きました。後年の厳しさがどこから来たかを示す、前史のような一条になっています。
この章句が説くこと
僕夫の為に其の不法の事を持たれて之を恐れられ即ち陽りて此の僕を仮りて馭と為し林麓の中に至りて之を斬りて還る私刑弱み若年
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