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智囊 / 威克・耿純

東漢真定王楊謀反,光武使耿純持節收楊。純既受命,若使州郡者至真定,止傳舍。楊稱疾不肯來,與純書,欲令純往。純報曰:「奉使見侯王牧守,不得先往,宜自強來!」時楊弟讓,從兄紺皆擁兵萬餘。楊自見兵強而純意安靜,即從官屬詣傳舍,兄弟將輕兵在門外。楊入,純接以禮,因延請其兄弟,皆至,純閉門悉誅之。勒兵而出,真定震怖,無敢動者。

新字:東漢真定王楊謀反,光武使耿純持節収楊。純既受命,若使州郡者至真定,止伝舎。楊称疾不肯来,与純書,欲令純往。純報曰:「奉使見侯王牧守,不得先往,宜自強来!」時楊弟譲,従兄紺皆擁兵万余。楊自見兵強而純意安静,即従官属詣伝舎,兄弟将軽兵在門外。楊入,純接以礼,因延請其兄弟,皆至,純閉門悉誅之。勒兵而出,真定震怖,無敢動者。

書き下し

東漢の真定王楊、謀反す。光武は耿純をして節を持ちて楊を収めしむ。純既に命を受け、使州郡に使いする者の若くして真定に至り、伝舎に止まる。楊は疾と称して来たることを肯んぜず、純に書を与え、純をして往かしめんと欲す。純報じて曰く、「使いを奉じて侯王牧守に見ゆるに、先ず往くを得ず。宜しく自ら強いて来たるべし」と。時に楊の弟讓、従兄紺は皆な兵万余を擁す。楊は自ら兵の強きを見て純の意の安静なるを見、即ち官属に従いて伝舎に詣り、兄弟は軽兵を将いて門外に在り。楊入る。純は接するに礼を以てし、因りて其の兄弟を延請す。皆な至るや、純は門を閉じて悉く之を誅す。兵を勒して出ずれば、真定は震怖し、敢えて動く者無し。

現代語訳

後漢のとき、真定王の劉楊が謀反を起こした。光武帝は耿純に節を持たせて、楊を捕らえに行かせた。耿純は命を受けると、州や郡へ使いに行く役人のような様子で真定に着き、宿舎に泊まった。楊は病気と称して来ようとせず、耿純に手紙を送って、自分のところへ来させようとした。耿純は返事をして言った。「使者の務めを奉じて王侯や州郡の長官に会うのに、こちらから先に出向くことはできません。無理をしてでもご自身でお越しください」。そのとき楊の弟の劉譲と従兄の劉紺は、それぞれ一万余の兵を抱えていた。楊は自分の兵が強いのを見て、耿純の態度が落ち着いているのを見て安心し、役人たちを従えて宿舎へやって来た。兄弟は軽装の兵を率いて門の外に控えた。楊が入ると、耿純は礼をもって迎え、続いてその兄弟も招き入れた。皆が揃うと、耿純は門を閉じて全員を誅殺した。そして兵をまとめて外へ出ると、真定の人々は震え上がり、あえて動く者はいなかった。

解説

耿純は相手が兵力で勝っている状況で、あえて自分から出向かず、使者としての格を守りました。落ち着いた態度が相手に油断を生み、敵が自ら罠の中に入ってきたのです。力で劣る側が威を保つには、相手の土俵に降りない姿勢が効きます。経営の交渉でも、焦って先に頭を下げに行くと主導権を失う場面があります。逆に礼を尽くして迎える姿勢は、相手の警戒心を解く手段にもなります。ただしこの話は、礼の裏で一気に制圧するという非情な手法でもあり、現代にそのまま当てはめるのは危ういところです。

この章句が説くこと

使いを奉ず伝舎門を閉じて誅す主導権威厳交渉

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