智囊 / 詰奸・李杰・包恢
李杰為河南尹,有寡婦訟子不孝,杰物色非是,語婦曰:「若子法當死,得無悔乎?」,答曰:「子無狀,不悔也。」杰乃命婦出市棺為斂屍地,而陰令使蹤跡之,婦出,乃與一道士語,頃之,棺至,杰捕道士按之,故與婦私,而礙於其子不得逞者,杰即殺道士,納之棺。包恢知建寧。有母訴子者,年月後作「疏」字。恢疑之,呼其子問,泣不言,恢意母孀與僧通,惡其子諫而坐以不孝,狀則僧為之也。因責子侍養勿離跬步,僧無由至,母乃托夫諱日入寺作佛事,以籠盛衣帛出,旋納僧籠內以歸。恢知,使人要其籠,置諸庫,逾旬,吏報籠中臭,恢乃命沉諸江,語其子曰:「吾為若除此害矣。」
新字:李杰為河南尹,有寡婦訟子不孝,杰物色非是,語婦曰:「若子法当死,得無悔乎?」,答曰:「子無状,不悔也。」杰乃命婦出市棺為斂屍地,而陰令使蹤跡之,婦出,乃与一道士語,頃之,棺至,杰捕道士按之,故与婦私,而礙於其子不得逞者,杰即殺道士,納之棺。包恢知建寧。有母訴子者,年月後作「疏」字。恢疑之,呼其子問,泣不言,恢意母孀与僧通,悪其子諫而坐以不孝,状則僧為之也。因責子侍養勿離跬歩,僧無由至,母乃托夫諱日入寺作仏事,以籠盛衣帛出,旋納僧籠内以帰。恢知,使人要其籠,置諸庫,逾旬,吏報籠中臭,恢乃命沈諸江,語其子曰:「吾為若除此害矣。」
書き下し
李杰、河南尹と為る。寡婦の子の不孝を訟うる有り。杰は物色するに是に非ず。婦に語りて曰く、「若の子は法当に死すべし。悔ゆる無きか」と。,答えて曰く、「子は無状なり、悔いず」と。杰は乃ち婦に命じて出でて棺を市い斂屍の地を為さしめ、陰かに使をして之を蹤跡せしむ。婦出でて、乃ち一道士と語る。頃之して、棺至る。杰は道士を捕えて之を按ずるに、故より婦と私し、其の子に礙げられて逞しくするを得ざる者なり。杰は即ち道士を殺し、之を棺に納む。包恢、建寧に知たり。母の子を訴うる者有り、年月の後に「疏」の字を作る。恢は之を疑い、其の子を呼びて問うに、泣いて言わず。恢は意うに、母は孀にして僧と通じ、其の子の諫むるを悪みて坐するに不孝を以てし、状は則ち僧の之を為せるなり。因りて子に責めて侍養し、跬歩も離るること勿からしむ。僧は至るに由無く、母は乃ち夫の諱日に托して寺に入り仏事を作し、籠に衣帛を盛りて出で、旋りて僧を籠内に納めて以て帰る。恢は知り、人をして其の籠を要えしめ、諸を庫に置く。旬を逾えて、吏は籠中の臭きを報ず。恢は乃ち命じて諸を江に沈め、其の子に語りて曰く、「吾れ若が為に此の害を除けり」と。
現代語訳
李杰が河南尹だったとき、ある寡婦が息子の親不孝を訴え出ました。李杰が様子を見たところ、事実とは思えませんでした。そこで婦人に言いました。「お前の息子は、法に照らせば死罪にあたる。後悔しないか」。婦人は答えました。「息子は不届き者です。後悔しません」。李杰は婦人に命じて棺を買いに行かせ、遺体を納める準備をさせ、ひそかに使いの者をあとをつけさせました。婦人は外に出て、一人の道士と話をしていました。しばらくして棺が届きました。李杰は道士を捕らえて調べると、もともと婦人と通じていて、息子に妨げられて思いを遂げられなかった者でした。李杰はすぐに道士を殺し、棺に納めました。包恢が建寧の知事だったとき、母が息子を訴える事件があり、訴状の年月の後ろに「疏」の字が書かれていました。包恢はこれを怪しみ、息子を呼んで尋ねましたが、息子は泣くばかりで何も言いません。包恢は、母は寡婦で僧と通じており、いさめる息子を憎んで不孝の罪に落とし、訴状は僧が書いたのだと見抜きました。そこで息子に、母のそばを一歩も離れず仕えるよう命じました。僧は近づけなくなり、母は亡き夫の命日を口実に寺に入って法事を行い、籠に衣類や布を入れて出て、すぐに僧を籠に入れて持ち帰りました。包恢はそれを知り、人をやって籠を押さえさせ、倉庫に置きました。十日あまりたって、役人が籠の中が臭うと報告しました。包恢は命じてそれを川に沈めさせ、息子に言いました。「お前のために、この害を除いてやった」。
解説
この章句が説くこと
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