智囊 / 詰奸・臨海令
臨海縣迎新秀才適黌宮,有女窺見一生韶美,悅之。一賣婆在傍曰:「此吾鄰家子也,為小娘子執伐,成,佳偶矣。」賣婆以女意誘生,生不從。賣婆有子無賴,因假生夜往,女不能辨。一日,其家舍客,夫婦因移女,而以女榻寢之,夜有人斷其雙首以去,明發以聞於縣,令以為其家殺之,而橐裝無損,殺之何為?乃問:「榻向寢誰氏?」曰:「是其女。」令曰:「知之矣。」立逮其女,作威震之曰:「汝姦夫為誰?」曰:「某秀才。」逮生至,曰:「賣婆語有之。何嘗至其家?」又問女:「秀才身有何記?」曰:「臂有痣。」視之無有。令沉思曰:「賣婆有子乎?」逮其子,視臂有痣,曰:「殺人者,汝也。」刑之,即自輸服。蓋其夜捫得駢首,以為女有他奸,殺之,生由是得釋。
新字:臨海県迎新秀才適黌宮,有女窺見一生韶美,悦之。一売婆在傍曰:「此吾鄰家子也,為小娘子執伐,成,佳偶矣。」売婆以女意誘生,生不従。売婆有子無頼,因仮生夜往,女不能弁。一日,其家舎客,夫婦因移女,而以女榻寝之,夜有人断其双首以去,明発以聞於県,令以為其家殺之,而橐装無損,殺之何為?乃問:「榻向寝誰氏?」曰:「是其女。」令曰:「知之矣。」立逮其女,作威震之曰:「汝姦夫為誰?」曰:「某秀才。」逮生至,曰:「売婆語有之。何嘗至其家?」又問女:「秀才身有何記?」曰:「臂有痣。」視之無有。令沈思曰:「売婆有子乎?」逮其子,視臂有痣,曰:「殺人者,汝也。」刑之,即自輸服。蓋其夜捫得駢首,以為女有他奸,殺之,生由是得釈。
書き下し
臨海県の新秀才を迎えて黌宮に適くに、女の窺い見て一生の韶美なるを悦ぶ有り。一賣婆の傍に在りて曰く、「此れは吾が鄰家の子なり。小娘子の為に執伐せば、成り、佳偶ならん」と。賣婆は女の意を以て生を誘うも、生は従わず。賣婆に子の無頼なる有り、因りて生に假りて夜に往く。女は弁ずること能わず。一日、其の家は客を舎す。夫婦は因りて女を移し、女の榻を以て之を寝ぬ。夜に人の其の双首を断ちて以て去る有り。明発して以て県に聞こゆ。令は其の家の之を殺せしかと以うも、橐装は損うこと無し。之を殺して何をか為さん。乃ち問う、「榻は向に誰氏を寝ぬか」と。曰く、「是れ其の女なり」と。令曰く、「之を知れり」と。立ちどころに其の女を逮え、威を作して之を震わせて曰く、「汝の姦夫は誰なるか」と。曰く、「某秀才なり」と。生を逮え至らしむれば、曰く、「賣婆の語は有り。何ぞ嘗て其の家に至らん」と。又女に問う、「秀才の身に何の記有るか」と。曰く、「臂に痣有り」と。之を視れば有ること無し。令は沈思して曰く、「賣婆に子有りや」と。其の子を逮えて、臂を視れば痣有り。曰く、「人を殺せし者は、汝なり」と。之を刑すれば、即ち自ら輸服す。蓋し其の夜に駢首を捫り得て、女に他の姦有りと以い、之を殺せしなり。生は是に由りて釈くを得たり。
現代語訳
臨海県で新しい秀才を迎えて学校に連れて行く行列があり、一人の娘がそれを覗き見て、一人の若者の美しさに心を奪われました。そばにいた売り婆さんが言いました。「あの人はわたしの隣の家の子です。お嬢さんのために仲を取り持てば、きっとよい縁になりますよ」。売り婆さんは娘の気持ちを伝えて若者を誘いましたが、若者は応じませんでした。売り婆さんにはならず者の息子がいて、若者になりすまして夜に娘のもとへ通いました。娘は見分けられませんでした。ある日、娘の家に客が泊まることになり、夫婦は娘を別の部屋に移し、娘の寝台に客を寝かせました。その夜、何者かがその寝台の者の首を切って持ち去りました。翌朝、県に届けが出ました。県令はその家の者が殺したのかと考えましたが、荷物や財産は損なわれていません。殺して何の得があるのか。そこで尋ねました。「その寝台には、もともと誰が寝ていたのか」。「娘です」。県令は「分かった」と言い、すぐ娘を捕らえ、厳しい態度で脅して尋ねました。「お前の密通相手は誰か」。「某の秀才です」。若者を連れてくると、「売り婆さんの誘いはありましたが、その家に行ったことは一度もありません」と言います。さらに娘に「秀才の体に何か印はあるか」と聞くと、「腕にほくろがあります」と答えました。見ると、ほくろはありません。県令はしばらく考えて、「売り婆さんに子はいるか」と尋ね、その息子を捕らえて腕を見ると、ほくろがありました。「人を殺したのはお前だ」と言って刑にかけると、すぐに罪を認めました。つまり、その夜、娘の寝台で首が二つ並んでいるのを手で探り当て、娘にほかの男がいると思って殺したのです。若者はこうして釈放されました。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』詰奸・某郡從事人の他に適きて回るに因り、其の妻の家に殺され、但だ其の首を失うを見る有り。奔りて妻の族に告ぐ。妻の族は婿の女を殺せしを以て郡主に訟え、刑掠既に厳しく、遂に自ら誣いて服す。独り一従事のみ之を疑い、使君に謂いて曰く、「人命至って重し。須く緩くして之を窮むべし。且つ夫為る者、誰か妻を殺すに忍びん。縦い隙有りて之を害すとも、必ず禍を脱するの計を為し、或いは病殞に推し、或いは暴亡に托さん。今屍を存して首を棄つるは、其の理甚だ明らかなり。請う、為に更に讞せん」と。使君之を許す。従事は乃ち別室に遷し係ぎ、仍りて酒食を給す。然る後に遍く城に在る仵作行人を勘し、各おの近来人家の与に墳墓を安厝せし多少の文状を供せしむ。既にして一一面詰して曰く、「汝ら人家の与に事を挙ぐるに、還って疑う可き者有りや」と。中の一人曰く、「某は一豪家に於て事を挙ぐるに、共に言う、一奶子を殺却し、牆上より舁ぎ過ぐ。兇器の中は甚だ物無きに似たり。見在某坊にあり」と。之を発けば、果たして一婦人の首を得たり。訴者をして験認せしむれば、則ち「是に非ず」と云う。遂に豪家を収めて鞫すれば、豪家は款伏す。乃ち是れ婦と私に好し、一奶子を殺し、函して首を葬り、婦の衣を以て奶子の身屍に衣せしめ、婦に易えて以て帰り、私室に畜えしなり。其の獄遂に白らかなり。
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『智囊』詰奸・徽州富商徽の富商某、一小家の婦を悦び、之を娶らんと欲し、厚く其の夫を餌す。夫は其の金を利とし、以て婦に語るも、婦従わず、強いて而る後に可とす。夜を卜して具を為して之を招き、故らに自ら匿れ、婦をして觴を主らしむ。商来たること稍や遅く、入れば則ち婦は先に殺され、其の首を亡う。驚き走りて、其の由を知らず。夫は商なりと以い、郡に訟う。商曰く、「相い悦ぶこと之有り。即い従わずとも、尚お緩やかに図るべし。何ぞ之を殺すに至らん」と。一老人曰く、「向時叫夜の僧、殺人の次夜に於て遂に声無し。疑う可きなり」と。商は人を募りて僧の所在を察せしめ、果たして傍郡に於て之を識る。乃ち一人をして婦の衣を著けて林中に居らしめ、僧の過ぐるを候ちて、婦の声を作して呼びて曰く、「和尚よ、我が頭を還せ」と。僧驚きて曰く、「頭は汝が宅の上三家の鋪架上に在り」と。衆出でて僧を縛る。僧は語の泄れしを知り、曰く、「其の夜の門の啓くを伺い、入りて盗まんと欲す。婦の盛装して牀側に泣くを見て、淫せんと欲するも得ず、殺して其の頭を攜え出で、三家の鋪架上に掛けたり」と。上の三家の人を拘え至らしむれば、曰く、「之有り。当時禍を懼れ、移して又上の数家の門首の樹上に掛けたり」と。又上の数家の人を拘え至らしむれば、曰く、「之有り。当日即ち園中に埋めたり」と。吏を遣わして往きて掘らしむれば、果たして一頭を得たり。乃ち須有る男子なり。再び掘れば婦の頭始めて出づ。問う、「頭は何れより来たるか」と。乃ち十年前に其の仇の頭を斬りしなり。是に於て二人皆な死に抵つ。
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『智囊』詰奸・劉宗龜劉宗亀、海南に鎮す。富商の子の少年、舟を江岸に泊め、高門に一妙姫の殊に人を避けざるを見る。少年之を挑みて曰く、「黄昏に当に宅を訪うべし」と。姫は微かに哂い、是の夕べ、果たして扉を啓きて之を候つ。少年未だ至らざるに、盗の入りて窃まんと欲する有り。姫は知らずして之に就く。盗は執えらるると謂い、刀を以て之を刺し、刀を遺して逸ぐ。少年後に至り、其の血を踐みて仆れ、之を捫るに死者を見、急ぎ出でて維を解きて去る。明日、其の家は跡して江岸に至る。岸上に云う、「夜に某客の舡の径ちに発する有り」と。官は人を差して追い到らしめ、拷掠備に至り、具に実を吐くも、唯だ人を殺せしは招かず。其の刀を視れば、乃ち屠家の物なり。宗亀は令を下して曰く、「某日に演武し、大いに軍士を饗す。合境の庖丁は、球場に集まりて以て俟て」と。烹宰既に集まれば、又令を下して曰く、「今日已に晩し、翼日に至るべし」と。乃ち各おの刀を留めしめ、陰かに殺人の刀を以て其の中に雑え、一口を換え下す。明日各おの来たりて刀を請うに、唯だ一屠者のみ後れて至り、持ち去るを肯ぜず。之を詰れば、対えて曰く、「此れ某の刀に非ず、乃ち某人の刀のみ」と。命じて之を擒えしむれば、則ち已に竄れり。乃ち他の死囚を以て商の子に代え、侵夜に市に斃す。竄れし者は囚の已に斃れしを知り、一二夕ならずして果たして帰る。遂に擒えて法に伏す。商の子は擬するに姦罪を以てし、背を杖つのみ。
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『智囊』得情・尹見心民に姪の富を利する者有り。醉いて之を家に拉殺す。其の長男は妻と相悪み、奸名を借りて並せて除かんと欲す。乃ち刃を操りて室に入り、婦の首を斬り、並せて拉殺されし者の首を取りて以て官に報ず。時に知県尹見心は方に二十里外にて上官を迎え、報を聞きし時、夜已に三鼓なり。見心は灯下より其の首を視るに、一首は皮肉上に縮み、一首は然らず。即ち之を詰して曰く、「両人は是れ一時に殺せしか」と。答えて曰く、「然り」と。曰く、「婦に子女有りや」と。曰く、「一女有り、方に数歳なり」と。見心曰く、「汝は且く獄に寄せ、旦を俟ちて之を鞫せん」と。別に一票を発して、速やかに某の女を取らしむ。女至れば、則ち携えて衙に入り、果を以て之に食わせ、好言して細かく問い、竟に其の情を得て、父子罪に服す。
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『智囊』得情・鄭洛書・許進・姚公・張昺鄭洛書、上海県に知たり。嘗て履端に郡に謁し、帰りて海口に泊す。沈屍有り、圧すに石磨を以てするを、忽ち之を見て、歎じて曰く、「此れ必ず客死ならん。故に余の告ぐる莫きなり」と。人を遣わして之を偵わしむるに、近村の民家に石磨有り、其の牡を失えり。執え来たりて相吻合す。一訊して即ち伏す。果たして江西の売卜人にして、歳晏れて将に帰らんとするに、房主、其の財を利して殺せるなり。単県に田作する者有り、其の婦、之に餉す。食い畢わりて死す。翁、故に曰く、「婦の意なり」と。官に陳ぶ。箠楚に勝えず、遂に誣服す。是れより天久しく雨ふらず。許襄毅公、時に山東に官たり。曰く、「獄に其れ冤有らんか」と。乃ち親ら其の地を歴め、獄囚を出して遍く審す。餉婦に至り、乃ち曰く、「夫婦の相守るは、人の至願。鴆毒もて人を殺すは、計の至密なる者なり。焉んぞ自ら田に餉して之を鴆する者有らんや」と。遂に其の餽する所の飲食、経る所の道路を詢う。婦曰く、「魚湯と米飯にして、荊林より度り、他の異なる無きなり」と。公乃ち魚を買い飯を作り、荊花を其の中に投じて、之を狗彘に試むるに、死せざる無し。婦の冤乃ち白し、即日大雨注ぐが如し。蘇人、商に外に出づ。其の妻は雞数隻を蓄えて以て其の帰りを待つ。数年にして方に返り、雞を殺して之を食らえば、夫即ち死す。隣人は外奸有るかと疑い、之を太守姚公に首す。鞫するも他の故無し。意うに其の雞に毒有りと。人をして老雞を覓め、当に死すべき囚と遍く之を食わしむるに、果たして二人を殺す。獄遂に白し。蓋し雞は蜈蚣百虫を食えば、久しくして毒を蓄う。故に養生家は雞の老いたるを食わず、又た夏は雞を食わず。
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