智囊 / 詰奸・范純仁
參軍宋儋年暴死。范純仁使子弟視喪,小斂,口鼻血出。純仁疑其非命,按得其妾與小吏奸,因會,置毒鱉肉中。純仁問:「食肉在第幾巡?」曰:「豈有既中毒而尚能終席者乎?」再訊之,則儋年素不食鱉,其曰:「肉者,蓋妾與吏欲為變獄張本以逃死爾,實儋年醉歸,毒於酒而殺之,遂正其罪。
新字:参軍宋儋年暴死。范純仁使子弟視喪,小斂,口鼻血出。純仁疑其非命,按得其妾与小吏奸,因会,置毒鱉肉中。純仁問:「食肉在第幾巡?」曰:「豈有既中毒而尚能終席者乎?」再訊之,則儋年素不食鱉,其曰:「肉者,蓋妾与吏欲為変獄張本以逃死爾,実儋年酔帰,毒於酒而殺之,遂正其罪。
書き下し
参軍宋儋年、暴かに死す。范純仁は子弟をして喪を視しむるに、小斂するとき口鼻より血出づ。純仁は其の非命なるかと疑い、按じて其の妾の小吏と姦するを得たり。因りて会するに、毒を鱉肉中に置く。純仁問う、「肉を食らいしは第幾巡に在りしか」と。曰く、「豈に既に毒に中りて尚お能く席を終うる者有らんや」と。再び之を訊せば、則ち儋年は素より鱉を食らわず。其の曰く、「肉」とは、蓋し妾と吏と変獄の張本を為して以て死を逃れんと欲するのみ。実は儋年の酔いて帰るに、酒に毒して之を殺せしなり。遂に其の罪を正す。
現代語訳
参軍の宋儋年が突然亡くなりました。范純仁は親族の若者に葬儀を見届けさせたところ、遺体を小さな衣で包んで納める小斂のとき、口と鼻から血が出ました。范純仁は、これは自然な死ではないと疑い、調べたところ、宋儋年の妾が小役人と不倫していたことが分かりました。そこで彼らを召して、「毒が鼈(すっぽん)の肉に入れられていた」と告げ、質問しました。「肉を食べたのは何巡目の酒のときだったか」。妾は答えました。「すでに毒に当たった者が最後まで宴席にいられるはずがありません」。再び取り調べると、宋儋年はもともと鼈を食べない人でした。「肉」と言ったのは、妾と小役人が事件をすり替えるきっかけにして罪を逃れようとしたのです。実は、宋儋年が酔って帰ったとき、酒に毒を入れて殺していたのでした。こうして罪を正しました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』詰奸・劉宗龜劉宗亀、海南に鎮す。富商の子の少年、舟を江岸に泊め、高門に一妙姫の殊に人を避けざるを見る。少年之を挑みて曰く、「黄昏に当に宅を訪うべし」と。姫は微かに哂い、是の夕べ、果たして扉を啓きて之を候つ。少年未だ至らざるに、盗の入りて窃まんと欲する有り。姫は知らずして之に就く。盗は執えらるると謂い、刀を以て之を刺し、刀を遺して逸ぐ。少年後に至り、其の血を踐みて仆れ、之を捫るに死者を見、急ぎ出でて維を解きて去る。明日、其の家は跡して江岸に至る。岸上に云う、「夜に某客の舡の径ちに発する有り」と。官は人を差して追い到らしめ、拷掠備に至り、具に実を吐くも、唯だ人を殺せしは招かず。其の刀を視れば、乃ち屠家の物なり。宗亀は令を下して曰く、「某日に演武し、大いに軍士を饗す。合境の庖丁は、球場に集まりて以て俟て」と。烹宰既に集まれば、又令を下して曰く、「今日已に晩し、翼日に至るべし」と。乃ち各おの刀を留めしめ、陰かに殺人の刀を以て其の中に雑え、一口を換え下す。明日各おの来たりて刀を請うに、唯だ一屠者のみ後れて至り、持ち去るを肯ぜず。之を詰れば、対えて曰く、「此れ某の刀に非ず、乃ち某人の刀のみ」と。命じて之を擒えしむれば、則ち已に竄れり。乃ち他の死囚を以て商の子に代え、侵夜に市に斃す。竄れし者は囚の已に斃れしを知り、一二夕ならずして果たして帰る。遂に擒えて法に伏す。商の子は擬するに姦罪を以てし、背を杖つのみ。
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