智囊 / 詰奸・元絳
江寧推官元絳攝上元令。甲與乙被酒相毆,甲歸臥,夜為盜斷足。妻稱乙,執乙詣縣,而甲已死,絳敕其妻曰:「歸治夫喪,乙已服矣。」陰遣謹信吏跡其後,望一僧迎笑,切切私語,絳命取係廡下,詰妻奸狀,即吐實。人問其故,絳曰:「吾見妻哭不哀,且與傷者共席而襦無血污,是以知之。」
新字:江寧推官元絳摂上元令。甲与乙被酒相殴,甲帰臥,夜為盗断足。妻称乙,執乙詣県,而甲已死,絳勅其妻曰:「帰治夫喪,乙已服矣。」陰遣謹信吏跡其後,望一僧迎笑,切切私語,絳命取係廡下,詰妻奸状,即吐実。人問其故,絳曰:「吾見妻哭不哀,且与傷者共席而襦無血汚,是以知之。」
書き下し
江寧の推官元絳、上元の令を摂す。甲と乙と酒を被りて相い毆つ。甲は帰りて臥し、夜に盗に足を断たる。妻は乙と称し、乙を執えて県に詣れば、甲は已に死せり。絳は其の妻に敕して曰く、「帰りて夫の喪を治めよ。乙は已に服せり」と。陰かに謹信なる吏を遣わして其の後を跡けしむれば、一僧の迎え笑い、切切として私語するを望む。絳は命じて取りて廡下に係がしめ、妻に奸の状を詰ぬれば、即ち実を吐く。人其の故を問うに、絳曰く、「吾れ妻の哭して哀しまず、且つ傷つけられし者と席を共にして襦に血の污れ無きを見る。是を以て之を知る」と。
現代語訳
江寧の推官(裁判官)の元絳が上元県の知事を代行していたときのことです。甲と乙が酒に酔って殴り合いになりました。甲は家に帰って寝ましたが、夜に盗賊に足を切られました。甲の妻は乙の仕業だと言い、乙を捕らえて県に連れてきましたが、そのときには甲はもう死んでいました。元絳は甲の妻に告げました。「帰って夫の葬式を営みなさい。乙はもう罪を認めた」。そして、ひそかに慎み深く信頼できる役人にあとをつけさせました。すると一人の僧が迎えて笑い、ひそひそと話し込むのが見えました。元絳は命じて僧を捕らえ、廂の下に縛りつけ、妻に不倫の事情を問いただしたところ、すぐに真相を語りました。人々がどうして分かったのかと尋ねると、元絳は言いました。「わたしは、妻が泣きながら哀しんでいないこと、また、傷を負った者と同じ席にいたのに着物に血のよごれがないことに気づいたのだ。それで分かったのだ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』詰奸・張升張升、潤州に知たりし日、婦人の夫出でて数日帰らざる有り。,忽ち人の報じて菜園の井中に死人有りと言う者有り。婦人驚き往きて之を視、号哭して曰く、「吾が夫なり」と。遂に以て官に聞こゆ。公は属官をして鄰里を集め、井に就きて其の夫なるや否やを験せしむ。皆以えらく、井深くして弁ずべからず、請う屍を出して験せんと。公曰く、「衆皆弁ずること能わず、婦人は独り何を以て是れ其の夫なるを知るか」と。所司に収付して鞫問すれば、果たして奸人の其の夫を殺し、婦人は謀に与る者なり。
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『智囊』詰奸・陸雲陸雲、濬儀の令と為る。殺さるる者有り、主名立たず。雲は其の妻を録して問う所無し。十許日にして、遣わし出だし、密かに人をして後ろに随わしめて、之に謂いて曰く、「其の去ること遠からず十里にして、当に男子の之を候つ有るべし。与に語れば、便ち縛して至れ」と。既にして果たして然り。之に問えば具に服す。云う、此の妻と通じ、共に其の夫を殺す。妻の出づるを得しを聞き、与に語らんと欲すれども、近県を憚り、故に遠く相い伺候せりと。是に於て一県称して神明と為す。
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『智囊』詰奸・范純仁参軍宋儋年、暴かに死す。范純仁は子弟をして喪を視しむるに、小斂するとき口鼻より血出づ。純仁は其の非命なるかと疑い、按じて其の妾の小吏と姦するを得たり。因りて会するに、毒を鱉肉中に置く。純仁問う、「肉を食らいしは第幾巡に在りしか」と。曰く、「豈に既に毒に中りて尚お能く席を終うる者有らんや」と。再び之を訊せば、則ち儋年は素より鱉を食らわず。其の曰く、「肉」とは、蓋し妾と吏と変獄の張本を為して以て死を逃れんと欲するのみ。実は儋年の酔いて帰るに、酒に毒して之を殺せしなり。遂に其の罪を正す。
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『智囊』詰奸・錢藻銭藻、兵を密雲に備う。二京軍有り、人を通州に劫かす。之を獲たるも服せず、州以て藻に白す。二賊は京軍なるを恃み、出語無状なり。藻乃ち甲を大門の外に移し、独り乙を留めて鞫問すること数四、声色甚だ厲し。已にして筆を握りて百許字を作り、乙の口語を録するが若き状にして、遣り去らしむ。隨いて甲を以て入らしめ、之を紿きて曰く、「乙は已に実を吐けり。事は汝に由る。乙は当に生くべし。汝は当に死すべし」と。甲は其の紿くを意わず、忿然として曰く、「乙は本と首事なり。何ぞ我に委ねんや」と。乃ち尽く乙の首事の状を白す。藻、乙を出だして之に証し、遂に法の如くに論ず。
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『智囊』詰奸・子產・嚴遵鄭の子産、晨に出で、束匠の閭を過ぎ、婦人の哭するを聞き、其の御の手を撫でて之を聴く。有間にして、吏を遣わして執えて問わしむれば、則ち手ずから其の夫を絞めし者なり。異日、其の御問いて曰く、「夫子は何を以て之を知れるか」と。子産曰く、「其の声は懼れたり。凡そ人は其の親愛に於けるや、始め病みては憂い、死に臨みては懼れ、已に死しては哀しむ。今夫の哭は已に死して哀しまずして懼る。是を以て其の奸有るを知る」と。厳遵は揚州の行部と為り、道旁の女子の哭して哀しまざるを聞く。之に問えば、云う、夫火に遭いて死せりと。遵は屍を輿し到らしめ、人をして之を守らしめて曰く、「当に物の往く有るべし」と。日を更えて、蠅の頭の所に聚まる有り。遵は披き視せしむれば、鉄椎頂を貫けり。考問すれば、乃ち淫を以て夫を殺せし者なり。〔馮注〕韓滉冑の潤州に在りしも事は同じ。
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『智囊』詰奸・某郡從事人の他に適きて回るに因り、其の妻の家に殺され、但だ其の首を失うを見る有り。奔りて妻の族に告ぐ。妻の族は婿の女を殺せしを以て郡主に訟え、刑掠既に厳しく、遂に自ら誣いて服す。独り一従事のみ之を疑い、使君に謂いて曰く、「人命至って重し。須く緩くして之を窮むべし。且つ夫為る者、誰か妻を殺すに忍びん。縦い隙有りて之を害すとも、必ず禍を脱するの計を為し、或いは病殞に推し、或いは暴亡に托さん。今屍を存して首を棄つるは、其の理甚だ明らかなり。請う、為に更に讞せん」と。使君之を許す。従事は乃ち別室に遷し係ぎ、仍りて酒食を給す。然る後に遍く城に在る仵作行人を勘し、各おの近来人家の与に墳墓を安厝せし多少の文状を供せしむ。既にして一一面詰して曰く、「汝ら人家の与に事を挙ぐるに、還って疑う可き者有りや」と。中の一人曰く、「某は一豪家に於て事を挙ぐるに、共に言う、一奶子を殺却し、牆上より舁ぎ過ぐ。兇器の中は甚だ物無きに似たり。見在某坊にあり」と。之を発けば、果たして一婦人の首を得たり。訴者をして験認せしむれば、則ち「是に非ず」と云う。遂に豪家を収めて鞫すれば、豪家は款伏す。乃ち是れ婦と私に好し、一奶子を殺し、函して首を葬り、婦の衣を以て奶子の身屍に衣せしめ、婦に易えて以て帰り、私室に畜えしなり。其の獄遂に白らかなり。
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