智囊 / 詰奸・包拯・秦檜・慕容彥超
包孝肅知天長縣,有訴盜割牛舌者,公使歸屠其牛鬻之,既有告此人盜殺牛者,公曰:「何為割其家牛舌,而又告之?」盜者驚伏。秦檜為相,都堂左揆前有石榴一株,每著實,檜默數焉。,亡其二,檜佯不問。一日將排馬,忽顧左右取斧伐樹,有親吏在旁,倉卒對曰:「實佳甚,去之可惜?」檜反顧曰:「汝盜食吾榴。」吏叩頭服。有獻新櫻於慕容彥超,俄而為給役人盜食,主者白之。彥超呼給役人,偽慰之曰:「汝等豈敢盜新物耶,蓋主者誣執耳!勿懷憂懼。」各賜以酒,潛令左右入「藜蘆散」。既飲,立皆嘔吐,新櫻在焉,於是伏罪。
新字:包孝粛知天長県,有訴盗割牛舌者,公使帰屠其牛鬻之,既有告此人盗殺牛者,公曰:「何為割其家牛舌,而又告之?」盗者驚伏。秦檜為相,都堂左揆前有石榴一株,毎著実,檜黙数焉。,亡其二,檜佯不問。一日将排馬,忽顧左右取斧伐樹,有親吏在旁,倉卒対曰:「実佳甚,去之可惜?」檜反顧曰:「汝盗食吾榴。」吏叩頭服。有献新桜於慕容彦超,俄而為給役人盗食,主者白之。彦超呼給役人,偽慰之曰:「汝等豈敢盗新物耶,蓋主者誣執耳!勿懐憂懼。」各賜以酒,潜令左右入「藜蘆散」。既飲,立皆嘔吐,新桜在焉,於是伏罪。
書き下し
包孝粛、天長県に知たり。牛の舌を盗み割る者を訴うる有り。公は帰りて其の牛を屠りて鬻がしむ。既にして此の人の牛を盗み殺せしを告ぐる者有り。公曰く、「何為れぞ其の家の牛の舌を割きて、而も又之を告ぐるや」と。盗む者驚き伏す。秦檜は相と為り、都堂の左揆の前に石榴一株有り、実を著くる毎に、檜は黙して之を数う。,其の二を亡えども、檜は佯りて問わず。一日、馬を排せんとして、忽ち左右を顧みて斧を取りて樹を伐らしむ。親吏の旁に在る有り、倉卒に対えて曰く、「実は佳なること甚し、之を去るは惜しむべし」と。檜は反顧して曰く、「汝は吾が榴を盗み食らえり」と。吏は叩頭して服す。新櫻を慕容彦超に献ずる者有り。俄かにして給役の人に盗み食らわれ、主者之を白す。彦超は給役の人を呼び、偽りて之を慰めて曰く、「汝らは豈に敢て新物を盗まんや。蓋し主者の誣いて執るのみ。憂懼を懐くこと勿れ」と。各おの賜うに酒を以てし、潜かに左右をして「藜蘆散」を入れしむ。既に飲めば、立ちどころに皆嘔吐し、新櫻は在り。是に於て罪に伏す。
現代語訳
包孝粛(包拯)が天長県の知事だったとき、牛の舌を切られたと訴え出た者がありました。包拯は、帰って牛を屠殺して売るよう命じました。するとほどなく、この男が牛を盗んで殺したと告発する者が現れました。包拯は言いました。「どうして自分の家の牛の舌を切っておいて、また告発するのか」。盗んだ者は驚いて罪を認めました。秦檜が宰相になったとき、政務の庁舎の左側の前に石榴の木が一本あり、実がなるたびに、檜は黙ってその数を数えていました。あるとき二つなくなっていましたが、檜はそしらぬふりをして何も言いません。ある日、馬の行列を整えようとして、突然左右に斧を取らせて木を伐らせようとしました。傍らにいた腹心の役人があわてて、「実がとても見事です。伐るのは惜しいことです」と答えました。檜は振り返って言いました。「お前がわたしの石榴を盗み食いしたな」。役人は叩頭して罪を認めました。新しいさくらんぼを慕容彦超に献上した者がありました。やがて下働きの者に盗み食いされ、世話係が報告しました。彦超は下働きの者を呼び、偽って慰めました。「お前たちが新物を盗んだりするはずがない。世話係が誤って告げただけだ。心配するな」。そして全員に酒を与え、こっそり左右の者に「藜蘆散」(吐剤)を混ぜさせました。飲むとみな吐き出し、中から新しいさくらんぼが出てきました。こうして罪を認めました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻八・包拯公、天長縣を知る。盗の牛の舌を割くを訴うる者有り。公、歸りて其の牛を屠りて之を鬻ぐを使む。既にして私かに牛を殺すを告ぐる者有り。公曰く、何爲れぞ某家の牛の舌を割きて、又た之を告ぐるやと。盗、驚き伏す。徙りて端州を知る。州、歳に硯を貢す。前の守、貢に縁りて數十倍を率いて以て權貴人に遺る。公、製する者に命じて纔かに貢の數を足らしむ。歳滿ちて、一硯をも持ち歸らず。
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『智囊』得情・孫寶・李惠・游顯沿孫宝、京兆尹と為る。饊を売る者有り、今の餅なり。都市に於いて一村民と相逢い、擊ちて落とし皆砕く。村民は五十枚を賠するを認め、売る者は三百枚と堅く称して、以て証する無し。公、別に一枚を買いて之を称らしめ、乃ち砕けたる者を都べて秤り、細かに分両を拆かしむれば、売る者乃ち服す。魏の李恵、雍州刺史と為る。薪を負う者、塩を負う者有り、同じく擔を弛めて樹陰に憩う。将に行かんとして、一つの羊皮を争い、各おの背に藉く物と言う。恵曰く、「此れ甚だ弁じ易し」と。乃ち羊皮を席上に置かしめ、杖を以て之を擊てば、塩屑出ず。薪を負う者乃ち罪に服す。江浙省の游平章顕沿は、政を為すこと清明なり。城中の銀店に一つの蒲団を失う者有り、後に隣家に於いて認め得たるも、隣は服せず、争い詈りて置かず。遊、馬を行らせて至り、其の故を問い、歎じて曰く、「一蒲団の直は幾何ぞ、二家の好みを失う。蒲団を杖つこと七十、棄てて可なり」と。杖つに及びて銀星を得たり。遂に其の隣を罪す。
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『智囊』詰奸・總轄臨安に人家の土庫の中に盗まるる者有り。蹤跡は人の出入りに類せず。総轄、其の徒に謂いて曰く、「恐らくは是れ市上の猢猻を弄する者ならん。試みに往きて之を脅せ。伏せざれば則ち之を執え、又伏せざれば則ち掌中に唾せしめよ」と。其の言の如くにするに、其の人、良や久しくして唾の吐くべきなきを覚え、色変じて倶に伏す。乃ち猢猻をして天窓より内に入り物を取らしめしなり。或ひと総轄に謂う、「何を以て之を知るや」と。曰く、「吾も亦た敢えて必を取らず。但だ人の驚懼する者は、必ず唾の吐くべき無し。姑く以て之を卜せしに、幸いにして中れるのみ」と。又一総轄、壩頭の茶坊内に坐す。熟水を売る人、両つの銀杯を持つ有り。一客、衣服は済然として巨商の若き者、行きて過ぎ、就きて飲む。総轄遙かに見て、呼びて謂いて曰く、「吾此に在り。手段を弄するを得ず。将に汝を執えんとす」と。客慚悚して罪を謝して去る。人其の故を問う。曰く、「此れ盗魁なり。適たま湯を飲むとき、両手を以て盂を捧げ、蓋し陰かに其の広狭を度り、将に偽りを作して以て之を易えんとするのみ」と。比に韓王府中に忽ち銀器数件を失い、掌器の婢は叫呼して賊の傷つくる所と為る。趙従善、京を尹む。総轄に命じて府中に往かしめ、測り試すこと良や久しくして、一親僕を執えて訊すに、立ちどころに服す。帰りて趙に白して云う、「適に婢の瘡口を視るに左手に在り。蓋し僕と私有り、器を竊みて之に与え、刃を以て自ら傷つけ、謬りて賊有りと称す。而して此の僕の意思は衆と異なる有り、是を以て之を得たり」と。
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『智囊』詰奸・王愷・李亨王愷、平原の令と為る。麦商の夜に村寺を経て劫わるる有り、牒を県に陳ぶ。愷は故らに其の事を匿し、陰かに豆を販ぐ者をして、少しく熟豆を其の中に和え、夜に寺門を過ぎしむ。復た劫い去られ、捕兵をして服を易えしめ、寺僧に就きて豆を貨らしむるに、中に熟したる者有り。遂に収捕すれば、訊を待たずして服す。是より群盗は跡を屏む。李亨、鄞の令と為る。民に圃を業とする者有り、茄初めて熟す。隣人窃みて市に鬻ぐ。民追いて之を奪い、両つながら県に訴う。亨は命じて其の茄を庭に傾けしめ、笑いて隣人に謂いて曰く、「汝は真に盗なり。果たして汝の茄ならば、肯て初めて熟する時に並びに其の小なる者をも摘まんや」と。遂に罪に伏す。
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