宋名臣言行録 / 前集巻八・包拯
公知天長縣有訴盗割牛舌者公使歸屠其牛鬻之既而有告私殺牛者公曰何爲割某家牛舌而又告之盗者驚伏徙知端州州嵗貢硯前守縁貢率數十倍以遺權貴人公命製者纔足貢數嵗滿不持一硯歸
新字:公知天長県有訴盗割牛舌者公使帰屠其牛鬻之既而有告私殺牛者公曰何為割某家牛舌而又告之盗者驚伏徙知端州州歳貢硯前守縁貢率数十倍以遺権貴人公命製者纔足貢数歳満不持一硯帰
書き下し
公、天長縣を知る。盗の牛の舌を割くを訴うる者有り。公、歸りて其の牛を屠りて之を鬻ぐを使む。既にして私かに牛を殺すを告ぐる者有り。公曰く、何爲れぞ某家の牛の舌を割きて、又た之を告ぐるやと。盗、驚き伏す。徙りて端州を知る。州、歳に硯を貢す。前の守、貢に縁りて數十倍を率いて以て權貴人に遺る。公、製する者に命じて纔かに貢の數を足らしむ。歳滿ちて、一硯をも持ち歸らず。
現代語訳
公は天長県の長官となった。賊が牛の舌を切ったと訴える者があった。公は、帰ってその牛を屠って売るようにさせた。ほどなく、ひそかに牛を殺したと訴え出る者があった。公は言った。「どうして某の家の牛の舌を切っておいて、そのうえそれを訴え出るのか」。賊は驚いて罪に服した。移って端州の長官となった。この州は毎年、硯を献上した。前任の長官は献上にかこつけて数十倍を集め、それで権勢のある人に贈った。公は職人に命じて、ちょうど献上の数だけ作らせた。任期が満ちて、硯を一つも持ち帰らなかった。
解説
犯人を、自分から出てこさせた条です。牛の舌を切るのは私怨です。帰ってその牛を屠って売れと言いました。当時、牛を勝手に殺すのは罪です。恨んでいる者なら、必ず訴え出る。どうして某の家の牛の舌を切っておいて、そのうえそれを訴え出るのか。後半は硯の話。前任者は献上にかこつけて数十倍を集めていました。ちょうど献上の数だけ作らせ、任期が満ちて硯を一つも持ち帰らなかった。
この章句が説くこと
公帰りて其の牛を屠りて之を鬻ぐを使む何為れぞ某家の牛の舌を割きて又た之を告ぐるや公製する者に命じて纔かに貢の数を足らしむ歳満ちて一硯をも持ち帰らず捜査誘い清廉
関連する章句
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『智囊』詰奸・包拯・秦檜・慕容彥超包孝粛、天長県に知たり。牛の舌を盗み割る者を訴うる有り。公は帰りて其の牛を屠りて鬻がしむ。既にして此の人の牛を盗み殺せしを告ぐる者有り。公曰く、「何為れぞ其の家の牛の舌を割きて、而も又之を告ぐるや」と。盗む者驚き伏す。秦檜は相と為り、都堂の左揆の前に石榴一株有り、実を著くる毎に、檜は黙して之を数う。,其の二を亡えども、檜は佯りて問わず。一日、馬を排せんとして、忽ち左右を顧みて斧を取りて樹を伐らしむ。親吏の旁に在る有り、倉卒に対えて曰く、「実は佳なること甚し、之を去るは惜しむべし」と。檜は反顧して曰く、「汝は吾が榴を盗み食らえり」と。吏は叩頭して服す。新櫻を慕容彦超に献ずる者有り。俄かにして給役の人に盗み食らわれ、主者之を白す。彦超は給役の人を呼び、偽りて之を慰めて曰く、「汝らは豈に敢て新物を盗まんや。蓋し主者の誣いて執るのみ。憂懼を懐くこと勿れ」と。各おの賜うに酒を以てし、潜かに左右をして「藜蘆散」を入れしむ。既に飲めば、立ちどころに皆嘔吐し、新櫻は在り。是に於て罪に伏す。
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『宋名臣言行録』前集巻八・包拯公、京を尹め、明察と號と爲す。編民の法を犯して當に脊を杖たるべき有り。吏、賕を受け、之と約して曰く、今、尹に見えば必ず我に責狀を付せん。汝、第だ呼號して自ら辨ぜよ。我、汝と此の罪を分かたん。汝、杖を决せられ、我も亦た杖を决せられんと。既にして包、囚を引きて問い畢わる。果たして吏に責狀を付す。囚、吏の言の如くし、分辨して巳まず。吏、大聲もて之を訶して曰く、但だ脊杖を受けて出で去れ。何ぞ多言を用いんやと。包、其の權を市うと謂い、吏を捽して之を杖つこと十七。特に囚の罪を寛くして止だ從杖に坐す。以て吏の勢いを沮む。知らず、乃ち賣らるる所と爲るを。卒に素約の如し。小人の姦を爲すは、固より防ぎ難きなり。公の天性は峭嚴なり。未だ嘗て笑容有らず。人、包希仁の笑いは黄河の清むに比すと謂う。
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『智囊』狡黠・猾吏奸官包孝粛の京に尹たる日、民の法を犯して当に脊を杖たるべき者有り。吏は賕を受け、与に約して曰く、「今尹に見ゆれば必ず我に責状を付さん、汝は第だ呼号して自ら弁ぜよ、我は汝と此の罪を分かたん」と。既にして包は囚を引きて問い畢り、果たして吏に責状を付す、囚は吏の教えの如くして分辯して已まず、吏は大声に之を呵して曰く、「但だ杖を受けて出で去れ、何ぞ多言を用いん」と。包は其の権を市るを謂い、吏を庭に捽え、之を杖つこと七十、特に囚の罪を寛くして以て吏の勢を抑う、知らず売らるる所と為るを。〔議〕「包鉄面」すら尚お爾り、況んや他人をや。県令の用印を監視する有り。暗に数うるに已に一顆多く、検するも得ず、厳しく吏を訊すも、亦た承けず。令は乃ち好く謂いて曰く、「我は明らかに汝が印を盗むを知る、今汝を罪せず、第だ我が為に蔵する処を言え」と。此の令は素より言を食まざる者なり、是に於いて吏は叩頭して罪を謝し曰く、「実に之有り、即ち折りて印匣内に置き、後の開印の時を俟ちて方に取り出さんとするのみ」と。又た聞く、某按院は一吏書の途中に賄を受くるを疑い、親ら簡査するも、跡無くして止む。蓋し按院は止だ其の通身の行李を捜すのみにして、串鈴と馬鞭、大帽は明らかに案前に置かれ、賄は即ち内に在るも、察するに及ばざるなり。吏の奸弊、何の至らざる所あらんや。
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