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智囊 / 經務・張肖甫

浙故有幕府親兵四千五百人,分為九營,歲以七營防海汛,汛畢乃歸。其餉頗厚。萬曆十年間,吳中丞善言奉新例減餉三之一,又半給新錢,錢法壅不行,訴之不聽,遂為亂。其魁馬文英、楊廷用實倡之,擁吳公至營所,窘辱備至,迫書朘削狀,以庫金二千為酒食資,姑縱之。明日二魁陽自縛詣吳及兩台,言:「我實首事,請受法,他無與也。」眾皆匣刃以俟,諸公懼稔禍,姑好言慰遣,而具其事上聞。少司馬張肖甫奉便宜命撫浙代吳,未至而民變復作。初,杭城諸柵各設役夫司乾掫,應役者自募遊手充之。前二歲始嚴其法,必親受役。憚役者相率倚豪有力以免,而遊手遂失募利,亦怨望。上虞人丁仕卿僑居,素舞文,與市大猾相結,假利便言之監司守令,俱不聽,意忿忿,且謂「官無如亂兵何,而如我何?」以此挑諸大猾。會仕卿坐他法荷校,諸大猾遂鼓眾劫之,響應至千人,於是焚劫諸豪有力家以快憾,遂破台使者門,監司而下悉竄匿。

新字:浙故有幕府親兵四千五百人,分為九営,歳以七営防海汛,汛畢乃帰。其餉頗厚。万暦十年間,呉中丞善言奉新例減餉三之一,又半給新銭,銭法壅不行,訴之不聴,遂為乱。其魁馬文英、楊廷用実倡之,擁呉公至営所,窘辱備至,迫書朘削状,以庫金二千為酒食資,姑縦之。明日二魁陽自縛詣呉及両台,言:「我実首事,請受法,他無与也。」衆皆匣刃以俟,諸公懼稔禍,姑好言慰遣,而具其事上聞。少司馬張肖甫奉便宜命撫浙代呉,未至而民変復作。初,杭城諸柵各設役夫司乾掫,応役者自募遊手充之。前二歳始厳其法,必親受役。憚役者相率倚豪有力以免,而遊手遂失募利,亦怨望。上虞人丁仕卿僑居,素舞文,与市大猾相結,仮利便言之監司守令,倶不聴,意忿忿,且謂「官無如乱兵何,而如我何?」以此挑諸大猾。会仕卿坐他法荷校,諸大猾遂鼓衆劫之,響応至千人,於是焚劫諸豪有力家以快憾,遂破台使者門,監司而下悉竄匿。

書き下し

浙には故より幕府の親兵四千五百人有り、分かちて九営と為し、歳ごとに七営を以て海汛を防ぎ、汛畢わりて乃ち帰る。其の餉は頗る厚し。万暦十年の間、呉中丞善言は新例を奉じて餉の三の一を減じ、又た半ば新銭を給するも、銭法は壅がりて行われず。訴うるも聴かず、遂に乱を為す。其の魁の馬文英、楊廷用は実に之を倡え、呉公を擁して営所に至り、窘辱は備さに至り、迫りて削減の状を書かしめ、庫金二千を以て酒食の資と為し、姑く之を縦つ。明日、二魁は陽り自ら縛りて呉及び両台に詣り、言う、「我れ実に首事す、請う法を受けん、他は与る無し」と。衆は皆な刃を匣して以て俟つ。諸公は禍を稔らすを懼れ、姑く好言もて慰遣し、而して其の事を具して上聞す。少司馬の張肖甫は便宜の命を奉じて浙を撫して呉に代わるも、未だ至らずして民変復た作る。初め、杭城の諸柵は各おの役夫を設けて乾掫を司らしめ、役に応ずる者は自ら遊手を募りて之に充つ。前二歳に始めて其の法を厳にし、必ず親ら役を受けしむ。役を憚る者は相い率いて豪の力有る者に倚りて以て免れ、而して遊手は遂に募利を失い、亦た怨望す。上虞の人丁仕卿は僑居し、素より文を舞わし、市の大猾と相い結び、利便を仮りて之を監司守令に言うも、俱に聴かず。意は忿忿として、且つ謂う、「官は乱兵を如何ともする無し、而して我を如何せん」と。此を以て諸大猾を挑む。会ま仕卿は他の法に坐して校を荷い、諸大猾は遂に衆を鼓して之を劫し、響応するもの千人に至る。是に於いて諸豪の有力の家を焚劫して以て憾みを快くし、遂に台使者の門を破り、監司より下は悉く竄匿す。

現代語訳

浙江にはもともと幕府直属の親兵四千五百人がおり、九つの営に分けられ、毎年七つの営を海上の警備に当て、警備が終われば帰営した。その給与はかなり手厚かった。万暦十年のころ、巡撫の呉善言は新しい規則に従って給与の三分の一を減らし、さらに半分を新しい銭で支給したが、貨幣制度が滞って通用しなかった。訴えても聞き入れられず、とうとう乱を起こした。その首謀者の馬文英と楊廷用が実際に唱え、呉公を担いで営所に連れて行き、あらゆる辱めを加え、削減の書状を書かせ、庫の金二千を酒食の費用とさせ、ひとまず放した。翌日、二人の首謀者はわざと自分を縛って呉と両台のもとに赴き、言った。「私が実際に首謀しました。法による処罰を受けたい。ほかの者は関係ありません。」兵たちはみな刃を鞘に収めて待っていた。諸公は禍が育つことを恐れ、ひとまず優しい言葉で慰めて帰し、その事情を詳しく上聞した。少司馬の張肖甫は便宜の裁量権を命じられて浙江を治め、呉の後任となったが、着任しないうちに民の暴動がまた起こった。もともと杭州城の各柵は、それぞれ役夫を置いて夜警を担当させ、役に当たる者は自分で遊び人を雇って充てていた。二年前にその法を厳しくし、必ず本人が役を受けるようにした。役を嫌う者は互いに連れ立って有力な豪族に頼って免れ、遊び人は雇われる利を失って、これも恨んだ。上虞の人丁仕卿は寄留していて、もとより文書を巧みにあやつり、市の大悪党と結び、都合のいい名目で監司や守令に言ったが、みな聞き入れなかった。内心は腹立たしく、「官は乱兵をどうにもできない、まして私などどうにもできまい」と言い、これで大悪党たちをそそのかした。ちょうど仕卿は別の法に触れて枷をはめられ、大悪党たちは群衆をあおって彼を奪い、呼応した者は千人に達した。そこで有力な豪族の家を焼き奪って恨みを晴らし、さらに巡察使の門を破り、監司以下はみな逃げ隠れた。

解説

この話は、浙江で兵の反乱と市民の暴動が重なる経緯を、二つの原因から描いています。兵の方は、給与の三分の一削減に、通用しない新銭の半額払いが重なって怒りを買い、訴えも聞かれなかったので爆発しました。民の方は、夜警の義務を厳格化したことで、金持ちが免れる一方、代行で稼いでいた遊び人が収入を失ったことが火種でした。政策の変更は、実行する側には小さな調整でも、影響を受ける人には生活の死活問題になります。現代でも、報酬や制度を改めるときは、誰の収入や特権が変わるかを丁寧に点検し、訴えを聞く窓口を絶やさないことが必要です。

この章句が説くこと

餉の三の一を減ず新銭遊手乾掫訴えを聴かず制度変更

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