呻吟語 / 外篇・治道・既にして軍驕る
嘉靖間,南京軍以放糧過期,減短常例,殺戶部侍郎,散銀數十萬,以安撫之。萬曆間,杭州軍以減月糧,又給以不通行之錢,欲殺巡撫不果,既而軍驕,散銀萬餘乃定。後嚴火夫夜巡之禁,寬免士夫而繩督市民,既而民變,殺數十人乃定。
新字:嘉靖間,南京軍以放糧過期,減短常例,殺戸部侍郎,散銀数十万,以安撫之。万暦間,杭州軍以減月糧,又給以不通行之銭,欲殺巡撫不果,既而軍驕,散銀万余乃定。後厳火夫夜巡之禁,寛免士夫而縄督市民,既而民変,殺数十人乃定。
書き下し
嘉靖の間、南京の軍糧を放つに期を過ぎ、常例を減短するを以て、戶部侍郎を殺す。銀數十萬を散じて、以て之を安撫す。萬曆の間、杭州の軍月糧を減じ、又た給するに通行せざるの錢を以てするを以て、巡撫を殺さんと欲して果たさず。既にして軍驕り、銀萬餘を散じて乃ち定まる。後に火夫夜巡の禁を嚴にし、士夫を寬免して市民を繩督す。既にして民變じ、數十人を殺して乃ち定まる。
現代語訳
嘉靖年間、南京の軍が糧の支給が期日を過ぎ、通例より減らされたことで、戸部侍郎を殺しました。銀数十万を配って鎮めました。万暦年間、杭州の軍が月々の糧を減らされ、そのうえ通用しない銭で支給されたことで、巡撫を殺そうとして果たしませんでした。その後に軍は驕り、銀一万余を配ってようやく収まりました。後に火番の夜回りの禁を厳しくし、士大夫は大目に見て市民を取り締まりました。その後に民が変を起こし、数十人を殺してようやく収まりました。
解説
三つの事件を並べます。どれも、減らしたことや偏った取り締まりが引き金になり、金を配るか人を殺すかで収めています。注目すべきは、鎮めた後に軍が驕ったという一句で、金で収めることが次の要求を育てています。三つ目は士大夫を大目に見て市民だけを取り締まった例で、偏りが原因です。記録として淡々と並べられ、判断は次の段に譲られています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
兵変民変減額偏り鎮め方
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