智囊 / 經務・顧玠
前此土官每石糧徵銀八九錢,余欲收其心,先申達上司,將該峒黎糧品搭見徵無徵,均照京價二錢五分徵收。示各黎俱親身赴納,因其來歸,人人撫諭,籍其名氏,編置十甲。辦糧除排年外,每排另立知數、協辦、小甲各二名,又總置、總甲、黎老各二名,共有百餘人,則掌兵頭目各有所事,樂於自專,不顧其主矣。日久寢向有司。余密察識其情,卻將諸首惡五十餘名,解至省獄二千里外,相繼牢死,大患潛消。後落窯峒黎聞風向化,亦告編版籍,糧差訖,州倉積存,聽徵糧斛准作本州官軍俸糧敷散,地方平安。
新字:前此土官毎石糧徴銀八九銭,余欲収其心,先申達上司,将該峒黎糧品搭見徴無徴,均照京価二銭五分徴収。示各黎倶親身赴納,因其来帰,人人撫諭,籍其名氏,編置十甲。辦糧除排年外,毎排另立知数、協辦、小甲各二名,又総置、総甲、黎老各二名,共有百余人,則掌兵頭目各有所事,楽於自専,不顧其主矣。日久寝向有司。余密察識其情,却将諸首悪五十余名,解至省獄二千里外,相継牢死,大患潜消。後落窯峒黎聞風向化,亦告編版籍,糧差訖,州倉積存,聴徴糧斛准作本州官軍俸糧敷散,地方平安。
書き下し
此より前、土官は每石の糧に銀八九銭を徴す。余は其の心を収めんと欲し、先ず上司に申達し、該峒の黎糧の品を将て搭見の徴無きと徴有るとを、均しく京価二銭五分に照らして徴収す。各黎に示すに俱に親身もて赴き納めしめ、其の来帰に因りて、人人撫諭し、其の名氏を籍し、十甲に編置す。糧を辦ずるに排年を除くの外、每排に別に知数、協辦、小甲各おの二名を立て、又た総置、総甲、黎老各おの二名、共に百余人有り、則ち掌兵の頭目は各おの事とする所有りて、自ら専らにすることを楽しみ、其の主を顧みず。日久しくして寢く有司に向かう。余は密かに其の情を察識して、却って諸首悪五十余名を将て、省獄二千里の外に解し、相い継いで牢死し、大患は潜かに消ゆ。後に落窯峒の黎、風を聞きて化に向かい、亦た版籍に編まんことを告げ、糧差訖わり、州倉に積存し、徴する糧斛を聴きて本州官軍の俸糧に准じて敷散し、地方は平安なり。
現代語訳
これより前、土官は一石の租税ごとに銀八、九銭を取り立てていた。私は彼らの心を収めようと考え、まず上役所に報告して、その洞の黎族の租税の品目について、徴収があるものもないものも、すべて京師の相場の二銭五分に照らして徴収することにした。各黎の人々には、みな自分自身で納めに来るよう示し、やって来たときには一人ひとりを慰め諭し、その名を帳簿に記録して、十甲に編成した。租税を扱うには年番の当番のほかに、各排ごとに別に知数・協辦・小甲をそれぞれ二名ずつ立て、さらに総置・総甲・黎老もそれぞれ二名ずつを置き、あわせて百余人となった。そうすると、兵を預かる頭目たちはそれぞれの役目を得て、自分の裁量でやることを楽しみ、かつての主人を顧みなくなった。日がたつにつれて、次第に役人の側に向かうようになった。私はひそかにその事情を見抜いて、そのうえで首悪の五十余名を、省の獄に二千里離れた所へ送り、相次いで牢死し、大きな禍は静かに消えた。のちに落窯峒の黎は、風聞を聞いて教化に従い、これも戸籍に編入してほしいと願い出て、租税の割り当てを終え、州の倉に蓄え、徴収した穀物は本州の官軍の俸給にあてて分配し、地方は平穏になった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『智囊』經務・顧玠顧玠『海槎余録』に云う、儋耳の七坊の黎峒は、山水険悪にして、其の俗は弓矢を閑習し、戦を好む。峒中に耕す可きの地多く、額糧は八百余石なり。弘治の末、徴求に困しみ、土官の符蚺蛇なる者は勇を恃みて寇を為し、屡しば官軍を敗る。後に蚺蛇は箭に中たりて死し、余党は招撫し訖わる。嘉靖の初め、従姪の符崇仁、符文龍は立つるを争い、兵を起こして仇殺し、因りて諸黎を扇動し、陰かに助けて逆を作す。余は適たま官に拝せられて其の境に蒞み、士民は額を蹙めて其の故を道う。余曰く、「徐に撫す可し」と。未だ幾ばくならずして、崇仁、文龍の弟男は相い継いで部を率いて来たり見ゆ。之を労遣す。余は二人の已に獲られて獄に繋がるるを知りて、故に問を発して曰く、「崇仁、文龍は何ぞ親ら至らざる」と。衆は戚然として曰く、「上司の収獄は正に厳し」と。余は答えて曰く、「小事なり、行く行く保して回して安生せしめん」と。衆は欣然として感謝す。郡の士民は之を聞きて駭然とし、曰く、「此の輩を寛仮せば、即ち我が民を魚肉にせん」と。余は答えず。既にして獄を閲し、繋囚二百人を縦つ。州人は咸な我が寛大の度を賞す。黎衆は之を見て、尽く首を闔せて天に祝りて曰く、「我が輩の冤業は当に散ずべし」と。余は随いて該峒の糧を査するに、俱に追納する無し。黎衆は保主を乞うに因り、余は之に諭して曰く、「事は当に徐徐たるべし。此の番は先ず各おの保して従いて糧を完せしめ、次に其の主を保せば何如」と。衆曰く、「諾」と。
-
『智囊』通簡・蒲宗孟・吳育賊は梁山濼に依り、県官に長梯を用いて蒲葦の間を窺う者有り。蒲恭敏は鄆州に知たり、令を下して禁ず、「小舟に乗りて濼中に出入りするを得る毋れ」と。賊は既に食を絶たれ、遂に散じ去る。呉正粛公は蔡州に知たり。蔡は故より盗多し。公は令に按じて民の為に伍保を立て、其の法を簡にす。民は之を便安とし、盗賊は為に息む。京師に妖賊の确山に聚まると告ぐる者有り、上は中貴人を遣わして馳せて蔡に至らしめ、名を以て捕らうる者十人あり。使者は兵を得て往きて取らんと欲す。公曰く、「使者は兵を借りて威を立てんと欲するか、抑も妖人を取りて以て還報せんとするか」と。使者曰く、「妖人を得んと欲するのみ」と。公曰く、「吾れ此に在り、不敏と雖も、然れども千人を境内に聚むるを、安んぞ知らざるを得ん。今、兵を以て往かば、是れ其の乱を為すを趣かすなり。此れ郷人の相い聚まりて仏事を為し、以て銭財を利するに過ぎず。手ずから召せば即ち致すべし」と。乃ち使者を館し、日々与に酒を飲み、密かに人を遣わして十人を召せば、皆な至る。京師に送りて鞫実し、告ぐる者は誣を以て罪を得たり。
-
『智囊』不戰・諸葛恪恪、府に至り、乃ち書を四郡の属城の長吏に遺り、各おの其の疆界を保ち、部伍を明立し、其の化に従う平民は、悉く屯居せしめ、乃ち分内の諸将に兵を幽阻に羅ねしめ、但だ藩籬を繕い、交鋒せず、其の谷の熟するを候ちて、輒ち兵を引きて芟刈し、遺種無からしめ、旧谷既に尽き、新田収められず、平民屯居して、略ぼ得る所無し。是に於いて山民飢窮し、漸く出でて降首す。恪乃ち復た敕下して曰く、「山民の悪を去り化に従う者は、皆な当に撫慰すべし、外県に徙出し、嫌疑して執拘する所有るを得ざれ」と。長吏胡伉、降民周遺を獲たり。遺は旧悪の民にして、困迫して暫く出で、内に叛逆を図る。伉執えて恪に送る。恪は伉の教に違うを以て、遂に斬りて以て徇う。民は伉の坐戮せらるるを聞き、官は唯だ之を出さんと欲するのみなるを知り、是に於いて老幼相い携えて出づ。歳期、人数は皆な本の規の如し。
-
『智囊』經務・張肖甫轅門の外に陳ね、而して使をして馳せて諸営に赦せしめて曰く、「天子は汝を僇し尽くすに忍びず。汝は自ら死に合うか否かを揣れ。今よりして後、当に力を尽くして国の為に御圉すべし」と。衆は尽く感泣す。〔馮評〕兵の変は、未だ朘削に因りて激成せざる者有らず。民の変は、未だ勢豪に因りて激成せざる者有らず。兵民一時に並びて変ずるに至りては、危うきかな浙や。幸いに群不逞は倉卒の烏合にして、本より大志無く、而して二魁は好言の慰遣を恃みて、自ら死せざるを幸いとす、故に合して一と為らざるに至る。此に於いて便ち個の題目の做す可き有り。張公の此の挙は、大いに機権有り、大いに此第有り。尤も妙は多く殺さざるに在り。若し功を貪る臣ならば、我は当に如何なるかを知らず。
-
『智囊』經務・張肖甫復た馬文英、楊廷用を召し、密かに之に謂いて曰く、「向に自ら縛して請いしは汝なるか」と。二魁は死罪を謝す。公曰く、「壮士は故より死を畏れず。然りと雖も、死するに法に名無し。汝は我が為に衆を帥いて乱を捕らえよ。詎ぞ贖を論ぜん、且つ賞せん。即ち不幸にして死すとも、寧ろ義に死せんか」と。二魁も亦た踊躍して命を聴く。公は乃ち徐景星を召して従う所の驍勇を出だして中軍と為し、営兵をして之に次がしめ、郡邑の土団は又た之に次ぎ、部伍を厳しくし、約束を明らかにし、遂に前みて乱民に薄り、連ねて之を敗り、縛すること百五十余人、而して仕卿も与る。公は訊いて其の倡謀を得たり。刃を挟みて金帛を腰にする者は凡そ五十余人、皆な之を斬梟して轅門に置き、余は悉く釈き去らしむ。是に於いて群不逞は皆な散ず。公は此の悍卒の猶お未だ法に伏せざるを念い、之を急にすれば或いは変を生ぜんとし、他事を仮りて之を罪すれば或いは密かに之を掩えば則ち法に非ず、因りて陽に二魁の功を奨め、之に冠帯を予う。営に榜し、復た其の餉を初めの如くし、咸な帖然たり。二魁の自ら縛せし時、衆に要して曰く、「吾は一死を以て若等を蔽わん、姑く我に棺殮を予え、妻子の費を給せよ」と。衆は為に金数百を斂む。既に免れて復た橐に反さず、衆は頗る恨む。又た各営の乱を倡えし者数十、公は俱に之を廉得す。明年の春汛に屆び、七営当に復た発すべし。公は誓師の時に密かに徐景星をして名捕営ごとに各おの一人を以て、其の首乱の罪を数えて之を斬らしむ。已後、馬、楊の二魁を捕らえ至り、曰く、「汝は故より自ら死を請う、今は晩し。且つ汝は既に乱を倡え、又た衆を欺きて其の資を攘む。我れ即ち汝を貸さんと欲すとも、衆怒を如何せん」と。又た之を斬り、凡そ九首なり。
-
『智囊』經務・曹瑋曹瑋は泰州に在りし時、環慶の属羌、田は多く辺人の市う所と為り、単弱にして自存する能わず、因りて彼の中に没す。瑋は尽く其の故に還さしめ、以後犯す者有らば、其の家を内地に遷さんとす。募る所の弓箭手は、馳射して強弱を較べ、勝つ者には田二頃を与う。再び秋獲を更ぬれば、一馬を市うことを課し、馬は必ず甲に勝りて、然る後に官は之を籍し、則ち五十畝を加う。三百人以上に至れば、因りて一指揮と為し、要害の処には為に堡を築き、自ら其の地に塹して方田を為り、之を環らしむ。馬社を立て、一馬死すれば、衆は皆銭を出して馬を市う。後に辺壕を開くに、悉く深広丈五尺ならしめ、山険にして塹す可からざる者は、其の峭絶に因りて之を治め、以て敵を限るに足らしむ。後に皆以て法と為せり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る