智囊 / 經務・賀盛瑞
都城重城根腳下,為雨水沖激,歲久成坑,齧將及城,名曰「浪窩」。監督員外受部堂旨,議運吳家村黃土填築,去京城二十里而遙,估銀萬一千餘兩。公建議:「但取城壕之土以填塞,則浪窩得土而築之固,城壕去土而濬之深,銀省功倍,計無便此。」比完工,止費九百有奇。〔馮按〕兩宮之役,賀公為政,事例既開:凡通狀到日即給帖,銀完次日即給咨。事無留宿,吏難勒掯,赴者雲集,得銀百萬兩。公每事核實,裁去浮費,竟以七十萬竣役。所省九十萬有奇。工甫完,反以不職論去。冤哉!然餘覽公之子仲軾所輯《冬官紀事》,如抑木商、清窯稅,往往必行其意,不辭主怨,宜乎權貴之側目也!夫有用世之才,而必欲使絀其才以求容於世,國家亦何利焉?吁,可歎已!
新字:都城重城根脚下,為雨水沖激,歳久成坑,齧将及城,名曰「浪窩」。監督員外受部堂旨,議運呉家村黄土填築,去京城二十里而遥,估銀万一千余両。公建議:「但取城壕之土以填塞,則浪窩得土而築之固,城壕去土而濬之深,銀省功倍,計無便此。」比完工,止費九百有奇。〔馮按〕両宮之役,賀公為政,事例既開:凡通状到日即給帖,銀完次日即給咨。事無留宿,吏難勒掯,赴者雲集,得銀百万両。公毎事核実,裁去浮費,竟以七十万竣役。所省九十万有奇。工甫完,反以不職論去。冤哉!然余覧公之子仲軾所輯《冬官紀事》,如抑木商、清窯税,往往必行其意,不辞主怨,宜乎権貴之側目也!夫有用世之才,而必欲使絀其才以求容於世,国家亦何利焉?吁,可嘆已!
書き下し
都城の重城の根脚下は、雨水に沖激せられ、歳久しくして坑と成り、齧りて将に城に及ばんとす。名づけて「浪窩」と曰う。監督員外は部堂の旨を受け、吳家村の黄土を運びて填築せんと議す。京城を去ること二十里にして遥か、估銀は万一千余両。公は建議す、「但だ城壕の土を取りて以て填塞すれば、浪窩は土を得て之を築くこと固く、城壕は土を去りて之を濬うこと深し。銀を省き功倍す。計、此より便なるは無し」と。完工に比し、止だ九百有奇を費やすのみ。〔馮按〕両宮の役、賀公が政を為す。事例既に開く。凡そ通状の到る日に即ち帖を給し、銀完りて次日に即ち咨を給す。事に留宿無く、吏は勒掯し難く、赴く者は雲集し、銀百万両を得たり。公は毎事に核実し、浮費を裁去し、竟に七十万を以て役を竣う。省く所は九十万有奇。工甫めて完れるに、反って不職を以て論じて去らる。冤なるかな。然れども余、公の子仲軾の輯むる所の『冬官紀事』を覧るに、木商を抑え、窯税を清むるが如き、往々にして必ず其の意を行い、主怨を辞せず。宜なるかな、権貴の側目するや。夫れ用世の才有りて、而も必ず其の才を絀して以て世に容れられんことを求めしむ。国家は亦た何の利あらんや。吁、歎ずべきのみ。
現代語訳
都の城壁の外側の根元は、雨水に打たれ続けて、年月がたつとくぼみができ、城壁をかじって今にも城に及びそうになる。これを「浪窩」と呼ぶ。監督員外は部の長官の意向を受け、吳家村の黄土を運んで埋め築こうと議論した。そこは京城から二十里余り遠く、見積もりは銀一万一千余両であった。公は提案した。「ただ城壕の土を取ってそれで埋めふさげば、浪窩は土を得て固く築かれ、城壕は土を取られて深く浚えます。銀を節約し、効果は倍になります。これより便利な策はありません」。工事が終わってみると、費用は九百余両に過ぎなかった。〔馮夢龍の注〕両宮の工事では、賀公が政務を取った。事例が一度できると、訴状が届いた日にすぐ許可書を出し、銀が完納された翌日にすぐ公文書を出した。事に宿滞がなく、役人は脅して金品をねだることができず、赴く者は雲のように集まり、銀百万両を得た。公は事ごとに実態を確かめ、無駄な費用を削り、とうとう七十万両で工事を完了した。節約した額は九十万両余りであった。工事が終わったばかりなのに、かえって職務に適さないとして論じられて去った。何と無実なことか。しかし私は公の子の仲軾が編んだ『冬官紀事』を読むと、材木商を抑え、窯の税を整えるなど、往々にして必ず意図を貫き、主君の恨みを辞さなかった。権力者に睨まれたのは当然である。そもそも世を治める才がありながら、その才を抑えてでも世に容れられることを求めさせるのでは、国家に何の利益があろうか。ああ、嘆かわしいことである。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』經務・賀盛瑞献陵の山溝の両岸は、旧は磚を用いて砌く(山水暴発すれば、磚は御ぐ能わず。年ごとに修して年ごとに圮れ、徒らに金銭を耗す)。督工主事賀盛瑞は石を用いんと欲するも、中貴は歳ごとに冒被を利とし、旧に仍るを主とす。賀は乃ち工の上作官を呼びて之に謂いて曰く、「此の溝岸は何を以てか能く久しからん」と。対えて曰く、「宜しく黒城磚を用い、灰漿を灌ぐべし」と。公曰く、「黒城磚は多甚し。内官は何ぞ二三万を折して用いざる」と。作官は「畏れて敢えてせず」と対う。公曰く、「第だ之を言え、我は査せず」と。作官は言の如く以て内監に告ぐ。中官は疑いを懐き、公の意を解せず。然れども利は其の心を動かし、遂に二万を折す。久しく言わず。一日、同じく溝岸の尽きる処に至り、中官に謂いて曰く、「此の処は旧と黒城磚を用いしか」と。中官曰く、「然り」と。公曰く、「山水暴発すれば、磚は御ぐ能わず。之を砌くも何の益あらん。石を用いるに如かず」と。中官曰く、「陵山の石は、誰人か敢えて動かさん」と。公は笑いて曰く、「溝内の浮石は、之を去りて以て流水を疏さんと欲する者にあらずや」と。中官は既に其の餌に中り、復た言う敢えず。是に於いて毎日五鼓に点卯し、夫匠は各おの三十斤の一石を帯び、日ならずして山を成す。原の估は磚二十万、既に石を用い、費は五万に過ぎず。墳頂の石は重さ万余斤、石工は言う、「五百人に非ざれば秤り起こす能わず」と。公は、夫を京より取れば、遠きこと五十余里にして、用は止だ片時なるに、人をして往返百里せしむるは、価を給せば公に難く、給せざれば私に難しと念い、乃ち近村の壮丁に片時を借り、人ごとに銭三文を給す。費は千余銭ならず、而して石は已に筍に合う。
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『智囊』經務・賀盛瑞金剛牆は実土にして、在工の夫は止だ二十余名。二人一筐にして、三五日に非ざれば不可なり。公、令を下して曰く、「多く土を抬ぐること一筐ごとに、銭二文を加う。朱木屑を以て記と為す」と。各夫は飛走し、日を終えずして畢る。錦衣衛、鹵簿を修せんことを題し、費を計ること万金。公は其の濫なるを嫌い、監工の内臣が毁壊せる者を持ち、俱に司に送る。公は之を閲し、謂いて曰く、「此れ諸弁が公の精明を畏れ、此の伎倆を作して以て題中の疏語を実にするのみ。然らずんば、駕閣庫に未だ火を聞かず、而して銅帯は胡ぞ由りて焦げん。旧は宜しく腐るべきに、胡ぞ直ちに断ずること切るが如きや」と。内臣は言の如く以て諸弁を詰め、且つ参せんと言う。諸弁は跪き泣きて免を求め、工完りて敢えて嘩する無し。用いること千に及ばずして、鹵簿は已に煥然たり。永寧長公主の挙殯あり。例として席殿・群房等、約三百余間を搭ぐ。内使は臨行の時に俱に拆去す。公は令して隙地を擇びて搭蓋せしめ、揪棍を以て杉木の纜眼の下に横穿して之を埋め、席は麻繩を用いて連合せしむ。在工の人は、公の作の無益なるを笑わざる無し。殯を訖わるや、内官は果たして来たりて木を取らんとす。木根は牢固にして、席は復た連合し、即ち力を以て繩を断ちて之を取るも易からず、遂に舍てて去る。公は夫匠を呼びて謂いて曰く、「山中に風雨暴至すれど、屋の避くべき無し。大殿の拆つ外、余の小房は汝の輩に留めて宿食を作さしめん。何如」と。眾は僉な曰く、「便なり」と。公曰く、「毎一席の官価は一分五釐なるも、今は只だ七釐を作り、工価に抵てん。拆棚の日には、悉く爾らの将ち去るに聴す。麻を断ちて麻筋に作り、木は回料に作せ。何如」と。眾は又た曰く、「便なり」と。
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『智囊』經務・賀盛瑞公は初年の税入を査するに、歳ごとに千金を下らず。該局の轄する窯座は、京師及び通州・昌平・良・涿等の処より、歳の磚瓦に税するもの百万に近し。後に工部が商を招きて買弁せしめしより、局には片瓦も無し。公は既に其の事に任ずるや、稍や稽査するに、即ち木商王資の一項ですら漏銀一百零九両なり。他は知るべし。嗣いで窯税を査するに、中貴の王明が梗を為す。公は、中貴は制すべからざるも販戸は制すべしと謂い、即ち通衢に出示し、巡軍・軍民人等に厳論す。「敢えて王明の磚瓦を買い販ぐこと有らば、漏税を以て論ず。官吏・軍餘の売放する者は、諸人の詳告を許し、即ち漏出の磚瓦を以て賞に充てん」と。王明の窯は三十余座、月余にして片瓦も售れず、哀求して報税す。諸勢要は風を聞きて税を輸し、即ち一季の収むる所は二十余万を逾え、一歳の積む所は、勳戚の祭葬の取用を除くの外、該局の積みは隙地無し。各衙門の小修は、五月にして取給す。
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『智囊』經務・賀盛瑞嘉靖中、三殿を修す。中道の階石は長さ三丈、闊さ一丈、厚さ五尺。順天等八府の民夫二万を派し、旱船を造りて拽運す。府県の佐二官を派して之を督せしめ、里ごとに一井を掘り、以て旱舡を澆ぎ、渴飲を資け、二十八日にして京に到るを計る。官民の費は総計して銀十一万両有奇。万暦中、鼎建の両宮の大石も、御史亦た五城の人夫を僉用するの議あり。工部郎中賀盛瑞は、主事郭知易の議を用い、十六輪の大車を造り、騾一千八百頭を用いて拽運し、二十二日にして京に到るを計る。費は七千両に足らず。又た四輪の官車百輛を造り、殷実の戸を召募して之を領せしめ、木石を拽運し、毎日騾を計りて直を給す。其の車価は輛ごとに百金、毎年その運価二十両を扣し、五年を以て率と為し、官銀は固より在り、一民も擾がず。慈寧宮の石礎二十余あり、公、令して工所に運入せしむ。内監は嘩然として旧しと言う。公曰く、「石、安んぞ旧しと言うを得ん。一鑿すれば便ち新たなり。事あらば我自ら当たらん。爾の累ならざるなり」と。
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『智囊』經務・賀盛瑞神宮監の修造は、例として板瓦を用う。然れども官瓦は黒くして悪く、毎片の価は一分四釐。民瓦は白くして堅く、毎片の価は止だ三釐。諸閹は陰かに官窯に耗食すること久しく、民瓦は利する莫し。盛公、事を督するや、躬ら監に至り、諸閹に謂いて曰く、「監の修すること幾年か」と。老成者は応えて曰く、「三十余年」と。公曰く、「三十余年にして漏ること此の若きは、瓦の薄く悪しきを以ての故にあらざるか」と。曰く、「然り」と。公は乃ち陰かに官・民の瓦を各おの一千運び、記するに字を以てして之を参聚せしむ。是に於いて監工の本陵掌印と合陵の中官を邀えて瓦の所に至り、公は謂いて曰く、「瓦は唯だ衆に択ばしめて可なる者を取れ」と。僉な曰く、「白き者は佳し」と。取りて之を験するに、民瓦なり。公曰く、「民瓦は既に佳く且つ賤し。何を苦しんで官窯を用いんや」と。監者曰く、「此れ祖宗の旧制なり。誰か敢えて之に違わん」と。公曰く、「祖制が官窯を用いるは、官が民に勝るが為なり。豈に錢糧を冒被し、此に至るまで堪えざるを謂わんや。餘は正に疏を具し、監官を借りて証と為さんと欲するのみ」と。遂に去る。監者は隨いて寓に至り、気を下して公に謂いて曰く、「此の端、一たび開かば、官窯は用無く、且つ罪を得ん。旧の如くせんことを請う」と。公は可とせず。官・民各半ばを用いんことを請うも、復た可とせず。監者は奪うべからざるを知り、乃ち曰く、「唯だ公の命ぜんとするままに。第だ幸いに他の監工者に泄らす勿かれ」と。是に於いて民瓦二十万を用い、帑金二千余を省く。
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『智囊』謬數・賀儒珍両宮の工完り、積む所の銀は猶お門工の費に足る。戸・兵二部の原題の協済銀は各々三十万にして、通じて未だ用いず。西河王、疏して開礦と採木とを請い、並びに部に奏す。久しく覆せず。一日、文書房、口伝して、工部に不覆の故を詰問し、立ちどころに回話を待つ。部は査するに此の疏無く、久しくして方に戸部に停閣せるを知る。戸部は倉皇として咨稿を具す。工堂は猶お累を見んことを恐る。郎中賀儒珍曰く、「易きのみ」と。首に叙して「某月日、戸部の咨を准く」云云とし、咨の到る日を即ち覆する日と為す。復た疏して曰く、「照得するに、両宮の鼎建は事宸居に関す。即ち一榱一角も、純ら香楠・杉木を用うれども、猶お臣らの崇奉の意を尽くすに足らず。沿辺の不過の油松の雑木は、工に用うる所無し。相応に停めて採る勿かるべし」と。〔按〕此の事は辺防西河に関し、特に大工を借りて名と為すのみ。爾の時、事は必ず行うに在り、公は激して之を成さんことを恐れ、故に従容として覆を具し、但だ其の用うる所無きを言いて、与に争わず。事遂に寝む。
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