智囊 / 剖疑・孔季彥
梁人有季母殺其父者,而其子殺之,有司欲當以大逆,孔季彥曰:「昔文姜與弒魯桓,《春秋》去其姜氏,《傳》謂『絕不為親,禮也』。夫絕不為親,即凡人耳。方之古義,宜以非司寇而擅殺當之,不當以逆論。」人以為允。
新字:梁人有季母殺其父者,而其子殺之,有司欲当以大逆,孔季彦曰:「昔文姜与弒魯桓,《春秋》去其姜氏,《伝》謂『絶不為親,礼也』。夫絶不為親,即凡人耳。方之古義,宜以非司寇而擅殺当之,不当以逆論。」人以為允。
書き下し
梁人に季母の其の父を殺す者有り。而るに其の子、之を殺す。有司、当つるに大逆を以てせんと欲す。孔季彦曰く、「昔、文姜は魯桓を弑するに与かり、『春秋』は其の姜氏を去る。『伝』に謂う、『絶ちて親と為さざるは、礼なり』と。夫れ絶ちて親と為さざれば、即ち凡人のみ。古義に方ぶれば、宜しく司寇に非ずして擅に殺すに当つべく、逆を以て論ずべからず」と。人、以て允と為す。
現代語訳
梁の国に、継母が自分の父を殺したので、その子(継母から見れば継子)が継母を殺した者がいた。役人は大逆の罪に当てようとした。孔季彦は言った。「昔、文姜は魯の桓公を殺すことに関わりました。『春秋』は、その姜氏の氏を削りました。『伝』は『絶って親としないのは、礼である』と述べています。親として絶てば、ただの他人です。古い義に照らせば、司寇でないのに勝手に人を殺した罪に当てるべきで、大逆として論じるべきではありません」。人々はこれを妥当だと考えた。
解説
継母が夫を殺した事件で、子が継母を殺した場合、親殺しの大逆に当たるのか、という難題でした。孔季彦は、春秋の文姜の例から、夫を殺した親は親の資格を失うという論理を立て、通常の殺人の罪に当てることを主張しました。法の適用で重要なのは、事件の性質に応じて、どの規範が適用されるかの枠組みを正しく選ぶことです。管理職が規則を運用するとき、形式的に重い規定に当てはめると不公平になる場面があります。規則の趣旨と先例に立ち返って、適切な枠組みを選ぶ力は、公正な判断の基盤になります。
この章句が説くこと
季母文姜絶不為親大逆擅殺法の適用
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