長短経 / 量才
曹公曰、「吾知之、紹為人志大而智小、色厲而膽薄、忌剋而少威、兵多而分畫不明、將驕而政令不一、土地雖廣、糧食雖豐、適所以為吾奉也。」楊阜曰、「袁公寛而不斷、好謀而少決。不斷則無威、少決則後事。今雖强、終為所擒。曹公有雄才逺畧、決機無疑、法一而兵精、必能濟大事也。」〕
新字:曹公曰、「吾知之、紹為人志大而智小、色厲而胆薄、忌剋而少威、兵多而分画不明、将驕而政令不一、土地雖広、糧食雖豊、適所以為吾奉也。」楊阜曰、「袁公寛而不断、好謀而少決。不断則無威、少決則後事。今雖強、終為所擒。曹公有雄才遠略、決機無疑、法一而兵精、必能済大事也。」〕
書き下し
曹公曰く「吾れ之を知る。紹の人と為り、志は大にして智は小、色は厲しくして胆は薄く、忌み克ちて威少なく、兵は多くして分画明らかならず、将は驕りて政令一ならず。土地は広しと雖も、糧食は豊かなりと雖も、適ま吾が奉と為る所以なり」と。楊阜曰く「袁公は寛にして断ぜず、謀を好みて決少なし。断ぜざれば則ち威無く、決少なければ則ち事に後る。今は強しと雖も、終に擒にせらる。曹公は雄才遠略有り、機を決して疑い無く、法一にして兵精なり。必ず能く大事を済さん」と。〕
現代語訳
曹操は言った。「私もそれは分かっている。袁紹の人柄は、志は大きいが知恵は小さく、顔つきは厳しいが肝は薄く、人を妬み押さえつけるわりに威厳がなく、兵は多いが部隊の区分が明確でなく、将は驕って命令系統が一つになっていない。領地が広くても、兵糧が豊かでも、かえって私への貢ぎ物になるだけだ」。楊阜は言った。「袁公は寛大だが決断せず、謀るのを好むが決めることが少ない。決断しなければ威はなく、決めることが少なければ事に遅れる。今は強くても、いずれ捕らえられる。曹公は雄才と遠大な計略を持ち、機を決して迷わず、法が一つで兵が精鋭である。必ず大事を成しとげるだろう」。〕
解説
志大而智小、色厲而胆薄という八字は、人物評の古典として繰り返し引かれてきました。大きなことを言うが中身が小さく、顔は怖いが度胸がない。さらに兵は多いが区分が不明、将は驕って命令が一本化していない。多いことが弱さになるという指摘です。楊阜は決断の欠如だけを取り出して、決断しなければ威がなく、遅れる、と二重の損失を示します。決めないことは中立ではなく、それ自体が損なのです。
この章句が説くこと
決断人物鑑識曹操袁紹志大智小統率
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『長短経』量才紹は礼繁く儀多し、公は体して自然に任す。此れ道の勝、一なり。紹は兵強しと雖も、紹は逆を以て動く。公は順を奉じて以て天下を率う。此れ義の勝、二なり。漢末、政は寛に失す。紹は寛を以て済う、故に懾れず。公は之を糾すに猛を以てす、而して上下制を知る。此れ治の勝、三なり。紹は外は寛にして内は忌む。人を用いて旋ち之を疑う。任ずる所は唯だ親戚子弟のみ。公は外は簡易にして内は機明なり。人を用いて疑い無く、唯だ才能の宜しき所、遠近を問わず。此れ度の勝、四なり。紹は計多くして決少なし、失は事に在り。後に公は策得れば輒ち行い、変に応じて窮まり無し。此れ謀の勝、五なり。
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『長短経』量才将は孰れか能有る。〔袁紹、大衆を率いて許を攻む。都の孔融、荀彧に謂いて曰く「袁紹は地広く兵強し。田豊・許攸は智計の士なり、之が謀を為す。審配・逢紀は忠を尽くすの臣なり、其の事に任ず。顔良・文醜は勇三軍に冠たり、其の兵を統ぶ。殆ど克ち難からんか」と。
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