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正法眼蔵随聞記 / 巻四

むかし趙の藺相如と云ひし者は、下賤の人なりしかども、賢なるにまりて、趙王にめしつかはれて、天下の事を行ひき、趙王の使として、趙璧と云玉を秦の國へつかはさしめたまふ、彼の壁を十五城にかへんと秦王の云し故に、相如にもたせてつかはすに、餘の臣下議して云く、是れほどの寶を相如ごときの賤人に持たせてつかはすこと、國の人なきに似たり、餘臣のはぢなり、後代のそしりなるべし、途にて此の相如を殺して、壁を奪ひ取らんと議しけるを、ときの人ひそかに相如にかたりて、此のたびの使を辭して命を保つへしと云ひければ、相如云く、某がし敢て辭すべからず、相如王の使として、壁を持て秦にむかふに、侯臣の爲めに殺されたると後代に聞えんは、我ためによろこびなり、我が身は死すとも賢の名は殘るべしと云て、終にむかひぬ、餘臣も此の言ばを聽て、我れら此の人をうちうることあるへからずとてとゝまりぬ、

新字:むかし趙の藺相如と云ひし者は、下賤の人なりしかども、賢なるにまりて、趙王にめしつかはれて、天下の事を行ひき、趙王の使として、趙璧と云玉を秦の国へつかはさしめたまふ、彼の壁を十五城にかへんと秦王の云し故に、相如にもたせてつかはすに、余の臣下議して云く、是れほどの宝を相如ごときの賤人に持たせてつかはすこと、国の人なきに似たり、余臣のはぢなり、後代のそしりなるべし、途にて此の相如を殺して、壁を奪ひ取らんと議しけるを、ときの人ひそかに相如にかたりて、此のたびの使を辞して命を保つへしと云ひければ、相如云く、某がし敢て辞すべからず、相如王の使として、壁を持て秦にむかふに、侯臣の為めに殺されたると後代に聞えんは、我ためによろこびなり、我が身は死すとも賢の名は残るべしと云て、終にむかひぬ、余臣も此の言ばを聴て、我れら此の人をうちうることあるへからずとてとゝまりぬ、

書き下し

むかし趙の藺相如と云ひし者は、下賤の人なりしかども、賢なるにまりて、趙王にめしつかはれて、天下の事を行ひき、趙王の使として、趙璧と云玉を秦の国へつかはさしめたまふ、彼の壁を十五城にかへんと秦王の云し故に、相如にもたせてつかはすに、余の臣下議して云く、是れほどの宝を相如ごときの賤人に持たせてつかはすこと、国の人なきに似たり、余臣のはぢなり、後代のそしりなるべし、途にて此の相如を殺して、壁を奪ひ取らんと議しけるを、ときの人ひそかに相如にかたりて、此のたびの使を辞して命を保つへしと云ひければ、相如云く、某がし敢て辞すべからず、相如王の使として、壁を持て秦にむかふに、侯臣の為めに殺されたると後代に聞えんは、我ためによろこびなり、我が身は死すとも賢の名は残るべしと云て、終にむかひぬ、余臣も此の言ばを聴て、我れら此の人をうちうることあるへからずとてとゝまりぬ、

現代語訳

昔、趙の藺相如という者は、身分の低い人であったけれども、賢いことによって趙王に召し使われて、天下の事を行った。趙王の使いとして、趙の璧という玉を秦の国へ遣わされた。その璧を十五城と換えようと秦王が言ったので、相如に持たせて遣わすところ、他の臣下が議して言った。これほどの宝を相如のような賤しい人に持たせて遣わすことは、国に人がいないのに似ている。他の臣の恥である。後代のそしりとなろう。途中でこの相如を殺して、璧を奪い取ろう、と議したのを、その時の人がひそかに相如に語って、このたびの使いを辞して命を保つべきだと言ったところ、相如は言った。わたくしはあえて辞退すべきではない。相如が王の使いとして璧を持って秦に向かうのに、佞臣のために殺されたと後代に聞こえるならば、わたしのためには喜びである。我が身は死んでも賢の名は残るであろう、と言って、ついに向かった。他の臣もこの言葉を聞いて、われらはこの人を討ち得ることはあるまいといってとどまった。

解説

身を忘れて道を思う例として、藺相如の三つの逸話が続けて語られる。その第一は、殺されると知りながら辞退しなかった場面である。死を恐れないのではなく、佞臣に殺されたと後代に伝わることを喜びとする、という立て方が独特で、相手の計画をそのまま無効にしてしまう。

この章句が説くこと

身を忘る覚悟使命佞臣藺相如

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