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智囊 / 知微・夏翁・尤翁

〔馮述評〕呂文懿公初辭相位,歸故里,海內仰之如山鬥。有鄉人醉而詈之,公戒僕者勿與較。逾年,其人犯死刑入獄,呂始悔之,曰:「使當時稍與計較,送公家責治,可以小懲而大戒,吾但欲存厚,不謂養成其惡,陷人於有過之地也。」議者以為仁人之言,或疑此事與夏、尤二翁相反,子猶曰:不然,醉詈者惡習,理之所有,故可創之使改;若理外之事,亦當以理外容之,智如活水,豈可拘一轍乎?」

新字:〔馮述評〕呂文懿公初辞相位,帰故里,海内仰之如山鬥。有郷人酔而詈之,公戒僕者勿与較。逾年,其人犯死刑入獄,呂始悔之,曰:「使当時稍与計較,送公家責治,可以小懲而大戒,吾但欲存厚,不謂養成其悪,陥人於有過之地也。」議者以為仁人之言,或疑此事与夏、尤二翁相反,子猶曰:不然,酔詈者悪習,理之所有,故可創之使改;若理外之事,亦当以理外容之,智如活水,豈可拘一轍乎?」

書き下し

〔馮述評〕呂文懿公が初めて相位を辞して、故里に帰ると、海内は仰ぐこと山斗の如くであった。郷人で酔ってこれを詈る者がいたが、公は僕者に較うことなかれと戒めた。年を逾えて、その人は死刑を犯して獄に入った。呂は始めて悔いて曰く、「もし当時、稍や計較して、公家に送って責め治めさせていれば、小懲を以て大戒とすることができた。吾はただ厚きを存しようと欲したが、悪を養成して、人を過ちの地に陥れるに至ろうとは思わなかった」と。議する者はこれを仁人の言とした。或いは疑うに、この事は夏・尤の二翁と相反する。子猶(馮夢龍)は曰く、不然である。酔って詈る者は悪習であり、理の有る所であるから、これを創して改めさせるべきである。理外の事のごときは、また理外を以て容れるべきである。智は活水の如く、どうして一轍に拘るべきであろうか。

現代語訳

〔馮夢龍の評〕呂文懿公は初めて宰相の位を辞して故郷に帰ったとき、天下から泰山北斗のように仰がれていた。ある郷里の人が酔って罵ったが、公は召使いに言い返さぬよう戒めた。一年を過ぎて、その人は死刑にあたる罪を犯して獄に入った。呂公は初めて悔いて言った。「あのとき、少しでも取り合って、役所に送って責め治めさせていれば、小さな懲らしめで大きな戒めとすることができた。私はただ寛大さを保とうとしたが、悪を育てて、人を過ちに陥れることになるとは思わなかった」。議論する人はこれを仁者の言葉とした。ある人は、この話が夏翁・尤翁の話と正反対ではないかと疑った。子猶(私、馮夢龍)は言う。そうではない。酔って罵るのは悪習で、道理の範囲にあることだから、懲らしめて改めさせるべきである。道理の外のことの場合は、同じく道理の外の寛容で受け入れるべきである。知恵は流れる水のようなもので、どうして一つの型に拘ってよいだろうか。

解説

呂文懿公は、酔って罵る郷人を許したことが、のちにその人を死刑に至らせたと悔やみました。馮夢龍はこれを前の夏翁・尤翁の話と対比し、道理の範囲で起こる悪習は小さなうちに懲らしめて改めさせ、道理の外の切迫した行動には寛容に対応すべきだと整理します。つまり、寛容か厳格かは固定の方針ではなく、状況を見て選ぶべきだということです。現代の管理職にとっても、部下の小さな逸脱を見逃すことが長期的には本人のためにならない場合があり、反対に追い詰められた相手には譲歩が有効な場合もあります。柔軟な判断力こそ、真の知恵だと再確認できます。

この章句が説くこと

酔詈養成其悪理外之事智如活水叱責と寛容使い分け

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