智囊 / 迎刃・汪應軫
軫計中人陰懦,可懾以威,乃率壯士百人,列舟次,呼諾之聲震遠近,中使錯愕,不知所為。軫麾從人速牽舟行,頃刻百里,遂出泗境。後有至者,方斂戢不敢私,而公復禮遇之。於是皆咎前使而深德公。武宗至南都,諭令泗州進美女善歌吹者數十人,蓋中使銜軫而以是難之也。軫奏「泗州婦女荒陋,且近多流亡,無以應敕旨。臣向所募桑婦若干人,倘蒙納之宮中,俾受蠶事,實於王化有裨。」詔且停止。
新字:軫計中人陰懦,可懾以威,乃率壮士百人,列舟次,呼諾之声震遠近,中使錯愕,不知所為。軫麾従人速牽舟行,頃刻百里,遂出泗境。後有至者,方斂戢不敢私,而公復礼遇之。於是皆咎前使而深徳公。武宗至南都,諭令泗州進美女善歌吹者数十人,蓋中使銜軫而以是難之也。軫奏「泗州婦女荒陋,且近多流亡,無以応勅旨。臣向所募桑婦若干人,倘蒙納之宮中,俾受蠶事,実於王化有裨。」詔且停止。
書き下し
軫は中人が陰懦であり、威を以て懾せることができると計り、そこで壮士百人を率いて、舟次に列し、呼諾の声は遠近に震った。中使は錯愕し、為す所を知らなかった。軫は従人に麾いて速やかに舟を牽いて行かせ、頃刻に百里、遂に泗の境を出た。後に至る者は、方に斂戢して敢えて私せず、公はまた礼してこれを遇した。ここにおいて皆は前の使いを咎めて公に深く徳とした。武宗が南都に至ると、泗州に諭して美女で歌吹に善い者数十人を進めさせた。蓋し中使が軫を銜んで、これを以て難じたのである。軫は奏した、「泗州の婦女は荒陋であり、かつ近ごろ流亡も多く、敕旨に応じる術がありません。臣が先に募った桑婦若干人を、もし宮中に納めて蚕事を受けさせて下されば、実に王化に裨益が有るでしょう」と。詔して暫く停めた。
現代語訳
汪応軫は、宦官の使者は内心が陰険で気が弱く、威圧すれば怯むと見て、壮士百人を率いて船着き場に並べ、掛け声の唱和が遠く近くに響き渡るようにした。使者は驚き慌てて、どうしてよいか分からなかった。汪応軫は従者に手を振って、急いで船を引いて行かせ、あっという間に百里を進み、泗州の境を出てしまった。その後に来た使者たちは、自ら慎んで勝手なことをせず、汪応軫もまた礼をもって遇した。こうして皆は先の使者を非難し、汪応軫に深く感謝した。武宗が南京に着くと、泗州に命じて美しく歌や楽器の巧みな女を数十人差し出させようとした。これは宦官の使者が汪応軫を恨み、それで彼を困らせようとしたのである。汪応軫は上奏した。「泗州の女は粗野で、近ごろは流亡する者も多く、お言いつけに応じられません。私が以前募集した桑婦何人かを、もし宮中に納めて養蚕の仕事を授けて下されば、まことに皇帝の徳化の助けになりましょう」。詔が出て、この件は一旦止められた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『智囊』迎刃・汪應軫汪応軫は武宗の南巡に当たり、同館の舒芬らを率いて抗疏して諫め、廷杖で幾んど斃れかかり、出て泗州を守った。泗州の民は惰けて、農桑を知らなかった。軫は至ると、まず耕すことを勧め、帑金を出し、桑を湖南に買い、これを植えることを教えた。桑婦若干人を募り、これに蚕事を教えた。郵卒が馳せて報じた、武宗の駕がまもなく至ると。他邑は彷徨して勾攝し供具を整えさせ、民は戸を塞いで逃げ隠れるに至った。軫はひとり凝然として動かない。或るひとがその故を問うと、軫は曰く、「私は士民と素より相い信じている。即ち駕が果たして至っても、費用は旦夕に貸して集めることができる。今駕の来るはなお期が有らず、倉卒に措辦して、科派が四方に出れば、吏胥は奸を為し易い。もし費が集まって駕が果たして至らなければ、どうするのか」と。他邑は炬を執る夫役を用いること千を以て計え、伺候すること弥月、凍え餓えて死ぬ者もあった。軫は命じて炬を榆柳の間に縛り、一夫に十炬を掌らせた。駕が夜に境を歴るに及ぶと、炬の列は整っており、他所よりも優れていた。時に中使は道路に絡繹し、恣に索めて飽くことがなかった。
-
『智囊』權奇・楊璡楊璡、丹徒の知県を授かる。会たま中使、浙に如き、至る所、守令を縛して舟中に置き、賂を得て始めて釈く。将に丹徒に至らんとす。璡、善く泅ぐ者二人を選び、耆老の衣冠を著せしめ、先に馳せて以て迎えしむ。中使、怒りて曰く、「令は安くにか在る。汝、敢えて来たりて我に謁するか」と。左右に令して之を執らしむ。二人、即ち江中に躍り入り、潜遁して去る。璡、徐に至り、紿きて曰く、「聞くならく、公、二人を江中に駆りて溺死せしむと。方今、聖明の世、法令は森厳なり。人命を如何せん」と。中使、懼れ、礼謝して去る。他所を歴ると雖も、亦た復た放恣せずと云う。
-
『智囊』通簡・張永張永、蕪湖の令を授けられる。蕪は孔道に当たり、使客の厨伝は日に給するに暇あらず、民は坐ろに困憊す。章聖の梓宮の南に祔するや、過ぐる所の都邑は綺紈の帳殿を設け、供器は金を冶して之を為り、又た閹宦は厚く賂遺を索め、一も意に当たらざれば、輒ち官司を辱め、官司は敢えて誰何する莫し。永は江に瀕する仏寺に於いて、其の棟宇を堊して帳殿に代え、供器を飾るに箔金を以て冶に代え、省く費は貲らず、而して調度に方有り、卒に境上に歓呶する者無し。
-
『智囊』識斷・辛企李辛参政企李、福州を守る。主管応天啓運宮の内臣・武師説有り、平日群中にて之を待つこと監司と等し。企李、初めて事を視し、謁入す。客将に謂いて曰く、「此れ特だ監璫のみ。待つに通判を以てするも、已に過礼たり」と。乃ち通判と同に見えしむ。明日、郡官、神御を朝拝す。企李、足を病み、必ず扶掖されて乃ち拝す。既に入り、庭下に至る。師説、忽ち候卒を叱して退かしめて曰く、「此れ神御殿なり」と。企李動かず、卒を顧みて曰く、「但だ扶けよ。自ら当に具奏すべし」と。雍容として礼を終う。既に退き、遂に自ら劾して罪を待つ。朝廷、為に師説を降して泉州兵官と為すと云う。
-
『智囊』迎刃・張瀚張瀚は廬州府に知たり、再び大名に補された。庚戌に虜が都門に薄ろうとし、詔して司馬郎一人を遣わし、節を持って四郡の兵を徴して入衛させた。使者が真定に馳せ至ると、諸守相は錯愕し、かつ庭謁の礼を難しとして、躊躇すること久しかった。瀚は報を聞き、募召した游食は、飢えれば附き飽けば颺り、用いるべからずと考えた。所属の編籍を披き、丁壮の三十分の一を選び、三十人をして一人の餉を治めさせ、精鋭八百人を得た。馳せて諸守に謂う、「これは何の時か。而るに使者と苛礼を争うのか。司馬郎は誠に二千石より尊くはないが、顧みるに《春秋》の義は、王人を以て諸侯に先んず。要は令を行い威を振るわせることにある。もし傲然として使者を格むならば、それでも勤王と言えようか」と。諸守は色を動かし、遂に倶に入謁した。瀚は首に使者に請うて師を閲させた。使者は卉然として曰く、「何と速いことか」と。閲師するに及ぶと、人々は精鋭で、望外に絶出していた。使者はこれにより歎服し、守の文武の才を称えた。
-
『智囊』迎刃・崔祐甫徳宗即位し、淄青節度李正己は表して銭三十万緡を献ぜんとす。上は受けんと欲すれども欺かるるを恐れ、之を却くれば則ち詞無し。宰相崔祐甫は使を遣わして淄青の将士を慰労し、因りて正己の献ずる所の銭を以て之に賜わんことを請う。将士をして人人上の恩を戴かしめ、諸道は朝廷の貨財を重んぜざるを知らんと。上は之に従い、正己は大いに慚服す。神策軍使王駕鶴は、久しく禁兵を典り、権は中外を震わす。徳宗は将に之に代えんとし、其の変を懼れ、以て崔祐甫に問う。祐甫曰く、「是れ慮るに足る無し」と。即ち駕鶴を召し、留めて語ること時を移し、而して代わる者白志貞は已に軍中に入れり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る