智囊 / 迎刃・令狐鏐・李德裕
宣宗銜甘露之事,嘗授旨於宰相令狐公,公欲盡誅之,而慮其冤,乃密奏牓子云:「但有罪莫舍,有闕莫填,自然無類矣。」〔馮評〕今京衛軍虛籍糜餼,無一可用。驟裁之,又恐激變。若依此法,不數十年,可以清伍。省其費以別募,又可化無用為有用。先是諸鎮宦者監軍,各以意見指揮軍事,將帥不得專進退。又監使悉選軍中驍勇數百為牙隊,其在陣戰鬥者皆怯弱之士。所以比年將帥出征屢敗。李贊皇乃與樞密使楊鈞義、劉行深議,約敕監軍不得預軍政,每兵千人聽取十人自衛,有功隨例沾賞,自此將帥得展謀略,所向有功。
新字:宣宗銜甘露之事,嘗授旨於宰相令狐公,公欲尽誅之,而慮其冤,乃密奏牓子云:「但有罪莫舎,有闕莫填,自然無類矣。」〔馮評〕今京衛軍虚籍糜餼,無一可用。驟裁之,又恐激変。若依此法,不数十年,可以清伍。省其費以別募,又可化無用為有用。先是諸鎮宦者監軍,各以意見指揮軍事,将帥不得専進退。又監使悉選軍中驍勇数百為牙隊,其在陣戦鬥者皆怯弱之士。所以比年将帥出征屡敗。李賛皇乃与枢密使楊鈞義、劉行深議,約勅監軍不得預軍政,毎兵千人聴取十人自衛,有功随例沾賞,自此将帥得展謀略,所向有功。
書き下し
宣宗は甘露の事を銜み、嘗て旨を宰相令狐公に授く。公は尽く之を誅せんと欲すれども其の冤なるを慮り、乃ち密かに牓子を奏して云う、「但だ罪有れば舎す莫く、闕有れば填むる莫し。自然に類無からん」と。〔馮評〕今、京衛の軍は虚籍にして糜餼し、一も用う可き無し。驟かに之を裁すれば、又た変を激さんことを恐る。若し此の法に依らば、数十年ならずして、伍を清むる可し。其の費を省きて以て別に募れば、又た無用を化して有用と為す可し。先に是れ、諸鎮は宦者が軍を監し、各おの意見を以て軍事を指揮し、将帥は進退を専らにするを得ず。又た監使は悉く軍中の驍勇数百を選びて牙隊と為し、其の陣に在りて戦闘する者は皆な怯弱の士なり。所以に比年将帥の出征して屡ば敗る。李賛皇は乃ち枢密使楊鈞義、劉行深と議し、約して監軍をして軍政に預からざらしめ、兵千人毎に十人を取りて自衛することを聴し、功有れば例に隨いて賞に沾わしめ、此れ自り将帥は謀略を展ぶるを得て、向かう所に功有り。
現代語訳
宣宗は甘露の変の事を恨み、かつて宰相の令狐公に旨を授けた。公はすべての者を誅しようとしたが、冤罪を恐れ、そこで密かに上申書を奏上して言った。「ただ罪があれば許さず、欠員が出ても補充しないでください。そうすれば自然に残らなくなります」。〔馮評〕いま京衛の軍は名簿だけで実がなく、俸給を無駄に費やし、一人も使える者がいない。急にこれを削減すれば、また変事を引き起こす恐れがある。もしこの方法に従えば、数十年を待たずに、軍の編成を整理できる。その費用を省いて別に募集すれば、また無用を有用に変えられる。これより先、諸鎮では宦官が軍を監督し、それぞれの意見で軍事を指揮し、将帥は進退を自由にできなかった。また監軍使は軍中の勇猛な者数百人をすべて選んで親衛隊とし、陣で戦う者はみな臆病で弱い者であった。そのため近年、将帥は出征してたびたび敗れた。李賛皇(李徳裕)は枢密使の楊鈞義、劉行深と議し、約束して監軍が軍政に関わらないようにし、兵千人ごとに十人を取って自衛させることを許し、功があれば例に従って賞を受けさせ、これより将帥は謀略を展開でき、向かうところで功を立てた。
解説
この章句が説くこと
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