智囊 / 通簡・吳履・葉南岩
國初,吳履為南康丞。民王瓊輝仇里豪羅玉成,執其家人笞辱之。玉成兄子玉汝不勝恚,集少年千餘人,圍瓊輝家,奪之歸。縛瓊輝,道箠之,瀕死,乃釋去。瓊輝兄弟五人庭訴,斷指出血,誓與羅俱死。履念,獄成當連千餘人,勢不便,乃召瓊輝,語之曰:「獨羅氏圍爾家耶?」對曰:「千餘人。」曰:「千餘人皆辱爾耶?」曰:「數人耳。」曰:「汝憾數人,而累千餘人,可乎?且眾怒難犯,倘不顧死,盡殺爾家,雖盡捕伏法,亦何益於爾?」瓊輝悟,頓首唯命。履乃捕箠者四人,於瓊輝前杖數十,流血至踵。命羅氏對瓊輝引罪拜之。事遂解。〔馮述評〕此等和事老該做,以所全者大也。
新字:国初,呉履為南康丞。民王瓊輝仇里豪羅玉成,執其家人笞辱之。玉成兄子玉汝不勝恚,集少年千余人,囲瓊輝家,奪之帰。縛瓊輝,道箠之,瀕死,乃釈去。瓊輝兄弟五人庭訴,断指出血,誓与羅倶死。履念,獄成当連千余人,勢不便,乃召瓊輝,語之曰:「独羅氏囲爾家耶?」対曰:「千余人。」曰:「千余人皆辱爾耶?」曰:「数人耳。」曰:「汝憾数人,而累千余人,可乎?且衆怒難犯,倘不顧死,尽殺爾家,雖尽捕伏法,亦何益於爾?」瓊輝悟,頓首唯命。履乃捕箠者四人,於瓊輝前杖数十,流血至踵。命羅氏対瓊輝引罪拝之。事遂解。〔馮述評〕此等和事老該做,以所全者大也。
書き下し
国初、呉履は南康の丞たり。民の王瓊輝、里豪の羅玉成を仇とし、其の家人を執らえて笞辱す。玉成の兄の子の玉汝は恚りに勝えず、少年千余人を集め、瓊輝の家を囲み、之を奪いて帰る。瓊輝を縛り、道に之を箠ち、瀕死にして乃ち釈し去る。瓊輝兄弟五人は庭に訴え、指を断ちて血を出だし、羅と倶に死せんことを誓う。履は念うに、獄成らば当に千余人を連ぬべく、勢いは便ならずと。乃ち瓊輝を召して之に語りて曰く、「独り羅氏のみ爾の家を囲みしや」と。対えて曰く、「千余人なり」と。曰く、「千余人は皆な爾を辱しめしや」と。曰く、「数人のみ」と。曰く、「汝は数人を憾みて千余人を累ぬ、可ならんや。且つ衆怒は犯し難し。倘し死を顧みずして、尽く爾の家を殺さば、尽く捕らえて法に伏せしむと雖も、亦た爾に何の益あらん」と。瓊輝は悟り、頓首して命を唯う。履は乃ち箠ちし者四人を捕らえ、瓊輝の前に杖すること数十、血を流して踵に至る。羅氏をして瓊輝に対して罪を引き之を拝せしむ。事は遂に解く。〔馮述評〕此等の和事老は做すべし。全うする所の者大なればなり。
現代語訳
明の初め、呉履は南康の県丞であった。民の王瓊輝は、村の豪族の羅玉成を恨んで、その家人を捕らえて鞭打って辱めた。玉成の兄の子の玉汝は怒りに耐えられず、若者千人余りを集めて瓊輝の家を取り囲み、家人を奪い返した。さらに瓊輝を縛って、道で鞭打ち、死にかけたところで放した。瓊輝の兄弟五人が役所に訴え出て、指を切って血を流し、羅氏とともに死ぬことを誓った。履は考えた。裁判を進めれば千人余りが連座することになり、情勢が好ましくないと。そこで瓊輝を呼んで語った。「羅氏だけがあなたの家を囲んだのか」。答えた。「千人余りです」。「千人余りがみなあなたを辱めたのか」。「数人だけです」。「あなたは数人を恨んで千人余りを巻き込むのは、よいことか。しかも大勢の怒りは犯しがたい。もし彼らが死を顧みず、あなたの家を皆殺しにしたら、たとえ全員を捕らえて法に処しても、あなたに何の益があろうか」。瓊輝は悟り、額を地につけて命に従った。履はそこで鞭打ちを行った者四人を捕らえ、瓊輝の目の前で数十回杖で打ち、血が踵まで流れるようにした。羅氏の者たちには瓊輝に対して罪を認めて拝礼させた。事はこうして解決した。〔馮夢龍の評〕このような仲裁役は務めるべきである。守られるものが大きいからだ。
解説
この章句が説くこと
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