智囊 / 通簡・李元軌
霍王元軌為定州刺史時,突厥入寇。州人李嘉運與虜通謀,事泄,高宗令元軌窮其黨與。元軌曰:「強寇在境,人心不安,若多所逮係,是驅之使叛也。」乃獨殺嘉運,餘無所問,因自劾違制。上覽表大悅,謂使者曰:「朕亦悔之,向無王,則失定州矣。」
新字:霍王元軌為定州刺史時,突厥入寇。州人李嘉運与虜通謀,事泄,高宗令元軌窮其党与。元軌曰:「強寇在境,人心不安,若多所逮係,是駆之使叛也。」乃独殺嘉運,余無所問,因自劾違制。上覧表大悦,謂使者曰:「朕亦悔之,向無王,則失定州矣。」
書き下し
霍王元軌は定州刺史たりし時、突厥入寇す。州人李嘉運は虜と通謀し、事泄れたり。高宗は元軌をして其の党与を窮めしむ。元軌曰く、「強寇境に在りて、人心安からず。若し多く逮係する所あらば、是れ之を駆りて叛かしむるなり」と。乃ち独り嘉運を殺し、余は問う所無し。因りて自ら制に違うを劾す。上は表を覧て大いに悦び、使者に謂いて曰く、「朕も亦た之を悔ゆ。向に王無かりせば、則ち定州を失えり」と。
現代語訳
霍王の李元軌が定州刺史であった時、突厥が侵入してきた。州の人の李嘉運が敵と通じて謀り、事が露見した。高宗は元軌にその仲間を徹底的に調べるよう命じた。元軌は言った。「強敵が国境にいて、人心が落ち着かないときです。もし多数を逮捕すれば、彼らを追い立てて叛かせることになります」。そこで嘉運一人だけを殺し、他は問わなかった。そして自ら命令に違反したことを弾劾した。帝は上表を読んで大いに喜び、使者に言った。「朕もまたそれを後悔していた。もし王がいなければ、定州を失っていた」。
解説
外敵が迫るなかで内通者の仲間探しを命じられた李元軌は、多くを逮捕すれば人々を叛乱に追いやると判断し、首謀者の一人だけを処断して他を問いませんでした。しかも自分から命令違反を申し出ることで、責任を一身に引き受けています。のちに皇帝も命令を後悔したと述べ、現場の判断が国家を救ったと認めました。上の指示と現場の実情が食い違うとき、事前に相談できなければ、結果で示して責任を負う覚悟が必要になります。現代の管理職も、上からの一律の処分命令を、状況に応じて最小限にとどめる判断を迫られることがあります。
この章句が説くこと
強寇境に在り之を駆りて叛かしむるなり自ら制に違うを劾す責任危機管理判断
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