智囊 / 遠猶・趙鼎
劉豫揭榜山東,妄言御醫馮益遣人收買飛鴿,因有不遜語。知泗州劉綱奏之,張濬請斬益以釋謗,趙鼎繼奏曰:「益事誠曖昧,然疑似間,有關國體,然朝廷略不加罰,外議必謂陛下實嘗遣之,有累聖德,不若暫解其職,姑與外祠,以釋眾惑。」上欣然,出之浙東。濬怒鼎異己,鼎曰:「自古欲去小人者,急之,則黨合而禍大;緩之,則彼自相擠,今益罪雖誅,不足以快天下,然群閹恐人君手滑,必力爭以薄其罪,不若謫而遠之,既不傷上意,彼見謫輕,必不致力營求;又幸其位,必以次窺進,安肯容其人耶?若力排之,此輩側目吾人,其黨愈固而不破矣。」濬始歎服。
新字:劉予掲榜山東,妄言御医馮益遣人収買飛鴿,因有不遜語。知泗州劉綱奏之,張濬請斬益以釈謗,趙鼎継奏曰:「益事誠曖昧,然疑似間,有関国体,然朝廷略不加罰,外議必謂陛下実嘗遣之,有累聖徳,不若暫解其職,姑与外祠,以釈衆惑。」上欣然,出之浙東。濬怒鼎異己,鼎曰:「自古欲去小人者,急之,則党合而禍大;緩之,則彼自相擠,今益罪雖誅,不足以快天下,然群閹恐人君手滑,必力争以薄其罪,不若謫而遠之,既不傷上意,彼見謫軽,必不致力営求;又幸其位,必以次窺進,安肯容其人耶?若力排之,此輩側目吾人,其党愈固而不破矣。」濬始嘆服。
書き下し
劉豫、山東に榜を揭げ、妄りに御医馮益、人を遣わして飛鴿を収買せしめ、因って不遜の語有りと言う。知泗州劉綱、之を奏す。張濬、益を斬りて以て謗りを釈かんことを請う。趙鼎、継いで奏して曰く、「益の事は誠に曖昧なり。然れども疑似の間に、国体に関わる有り。然るに朝廷略ぼ罰を加えざれば、外議は必ず陛下実に嘗て之を遣わせしと謂い、聖徳を累わさん。暫く其の職を解き、姑く外祠を与え、以て衆惑を釈くに若かず」と。上、欣然として、之を浙東に出す。濬、鼎の己に異なるを怒る。鼎曰く、「古より小人を去らんと欲する者、之を急にすれば、則ち党合して禍大なり。之を緩にすれば、則ち彼自ら相い擠す。今益の罪は誅すと雖も、以て天下を快くするに足らず。然れども群閹は人君の手滑らんことを恐れ、必ず力争して以て其の罪を薄くせん。謫して之を遠ざけ、既に上意を傷つけず、彼の謫の軽きを見て、必ず力を営求に致さず、又其の位を幸いとして、必ず次を以て窺い進まんとするに若かず。安んぞ其の人を容れんや。若し力めて之を排せば、此の輩は吾が人を側目し、其の党愈々固くして破れざらん」と。濬、始めて歎服す。
現代語訳
偽斉の劉豫が山東に布告を出し、でたらめに、宋の侍医の馮益が人を使って伝書鳩を買い集めさせ、不遜な言葉を言ったと言いふらした。泗州知事の劉綱がこれを上奏した。張濬は、馮益を斬って非難を晴らすよう願い出た。趙鼎は続けて上奏した。「馮益の件は確かに曖昧です。しかし、疑わしい間に国の体面にかかわります。もし朝廷が少しも罰を加えなければ、世間は陛下が本当に遣わされたと思い、御徳を損なうでしょう。しばらく彼の職を解き、外の祠官の役に就かせて、人々の疑いを解くのがよいでしょう」。皇帝は喜んで、彼を浙東に出した。張濬は趙鼎が自分と異なる意見を出したことに怒った。趙鼎は言った。「古来、小人を取り除こうとする者は、事を急げば、仲間が結束して禍が大きくなります。緩やかにすれば、彼らは自分たちで互いに押しのけ合います。今、馮益の罪は誅殺しても天下を満足させるに足りません。それに宦官たちは君主が手慣れて癖になることを恐れ、必ず力を尽くして罪を軽くしようとします。左遷して遠ざけるのが、君主の意を損なわず、彼らも軽い罰を見て必死に工作せず、その地位を狙って順番に昇進しようとするため、馮益を庇う余裕などなくなります。もし力ずくで排除すれば、彼らは我々を警戒し、仲間がますます固くなり破れなくなります」。張濬は初めて感服した。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・談道・人事は就ち是れ天命人事は就ち是れ天命なり。
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『韓非子』外儲説右下第三十五是に於て燕王因りて国を挙げて之に属す、子之大いに重し。一に曰く、潘寿は、隠者なり。燕人をして之を聘せしむ。潘寿燕王に見えて曰く、「臣子之の益の如くならんことを恐るるなり」と。王曰く、「何の益ぞや」と。対へて曰く、「古者禹死し、将に天下を益に伝へんとす、啓の人因りて相与に益を攻めて啓を立つ。今王子之を信愛し、将に国を子之に伝へんとす、太子の人尽く印を懐き、子之の人為る者一人の朝廷に在る者無し。王不幸にして羣臣を弃てなば、則ち子之も亦益ならん」と。王因りて吏の璽を収め、三百石より以上皆之を子之に効す、子之大いに重し。夫れ人主の鏡照とする所以の者は、諸侯の士徒なり、今諸侯の士徒は皆私門の党なり。人主の自ら浅娋する所以の者は、巌穴の士徒なり、今巌穴の士徒は皆私門の舎人なり。是れ何ぞや。奪褫の資子之に在ればなり。故に呉章曰く、「人主は佯りて人を憎愛せず。佯りて人を愛すれば、復た憎むを得ざるなり。佯りて人を憎めば、復た愛するを得ざるなり」と。一に曰く、燕王国を子之に伝へんと欲するや、之を潘寿に問ふ、対へて曰く、「禹益を愛して天下を益に任じ、已にして啓の人を以て吏と為す。老ゆるに及びて、啓を以て天下に任ずるに足らずと為す、故に天下を益に伝ふ、而して勢重尽く啓に在るなり。已にして啓友党と益を攻めて之が天下を奪ふ、是れ禹名は天下を益に伝へて、実は啓をして自ら之を取らしむるなり。此れ禹の堯・舜に及ばざること明らかなり。今王之を子之に伝へんと欲す、而して吏太子の人に非ざる者無きなり、是れ名は之を伝へて実は太子をして自ら之を取らしむるなり」と。燕王乃ち璽を収め、三百石より以上皆之を子之に効す、子之遂に重し。
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『墨子』尚同中今、王公大人の刑政を為すは則ち此を舉ぐ。政、以て便辟を屬し、父兄故舊に宗りて、以て左右と為し、置きて以て正長と為す。民、上の正長を置くの、正しく以て民を治むるに非ざるを知る。是を以て皆な比周隠匿して、肯えて其の上に尚同すること莫し。是の故に上下、義を同じくせず。若し茍くも上下、義を同じくせざれば、賞譽も以て善を勸むるに足らずして、刑罰も以て暴を沮むるに足らず。
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