智囊 / 遠猶・徐達
大將軍達之蹙元帝於開平也,缺其圍一角,使逸去。常開平怒亡大功。大將軍言:「是雖一狄,然嘗久帝天下。吾主上又何加焉?將裂地而封之乎,抑遂甘心也?既皆不可,則縱之固便。」開平且未然。及歸報,上亦不罪。〔馮述評〕省卻了太祖許多計較。然大將軍所以敢於縱之者,逆知聖德之弘故也。何以知之?於遙封順帝、赦陳理為歸命侯而不誅知之。
新字:大将軍達之蹙元帝於開平也,欠其囲一角,使逸去。常開平怒亡大功。大将軍言:「是雖一狄,然嘗久帝天下。吾主上又何加焉?将裂地而封之乎,抑遂甘心也?既皆不可,則縦之固便。」開平且未然。及帰報,上亦不罪。〔馮述評〕省却了太祖許多計較。然大将軍所以敢於縦之者,逆知聖徳之弘故也。何以知之?於遥封順帝、赦陳理為帰命侯而不誅知之。
書き下し
大将軍達、元帝を開平に蹙むるや、其の囲みの一角を欠きて、逸れ去らしむ。常開平、大功を亡うを怒る。大将軍言う、「是れ一狄と雖も、然れども嘗て久しく天下に帝たり。吾が主上、又何をか加えん。将に地を裂きて之を封ぜんとするか、抑も遂に甘心せんとするか。既に皆不可なれば、則ち之を縦つこと固に便なり」と。開平、且つ未だ然りとせず。帰りて報ずるに及び、上も亦罪せず。〔馮述評〕太祖の許多の計較を省卻せり。然れども大将軍の敢えて之を縦てる所以の者は、聖徳の弘きを逆え知るが故なり。何を以て之を知る。遙かに順帝を封じ、陳理を赦して帰命侯とし誅せざるに於いて之を知る。
現代語訳
大将軍の徐達が元の皇帝を開平で追い詰めたとき、包囲の一角をわざと空けて逃がした。常開平(常遇春)は大功を取り逃がしたことに怒った。徐達は言った。「相手は一人の異民族とはいえ、かつて長く天下の皇帝だった者だ。わが主上は、彼にこれ以上何を加えられようか。領地を割いて封じるのか、それとも殺して満足するのか。どちらもよくないのだから、逃がすのが一番都合がよい」。常開平はなお納得しなかった。帰って報告すると、皇帝も罪に問わなかった。〔馮夢龍の評〕太祖が思い悩むあれこれを省いてやったのである。しかも大将軍が敢えて逃がしたのは、皇帝の徳の広さを見越していたからだ。なぜそれが分かるか。順帝を遥か遠くから王に封じ、陳理を赦して帰命侯とし誅殺しなかったことから分かる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 南越列伝使者皆東郷し、太后南郷し、王北郷し、相嘉・大臣皆西郷し、侍坐して飲む。嘉の弟将為り、卒を将ゐて宮外に居る。酒行はれ、太后嘉に謂ひて曰く、「南越の内属は、国の利なり、而るに相君苦だ便ならずとする者は、何ぞや」と。以て使者を激怒せしめんとす。使者狐疑して相杖り、遂に敢て発する莫し。嘉耳目の是に非ざるを見て、即ち起ちて出づ。太后怒り、嘉を鏦くに矛を以てせんと欲す、王太后を止む。嘉遂に出で、其の弟の兵を分かちて舎に就き、病と称し、王及び使者に見ゆるを肯ぜず。乃ち陰に大臣と乱を作さんとす。王素より嘉を誅するに意無し、嘉之を知る、故を以て数月発せず。太后淫行有り、国人附かず、独り嘉等を誅せんと欲するも、力又能はず。天子嘉の王に聴かず、王・王太后弱孤にして制すること能はず、使者怯えて決無きを聞く。又以為へらく王・王太后已に漢に附く、独り呂嘉乱を為す、以て兵を興すに足らずと、荘参をして二千人を以て往きて使ひせしめんと欲す。参曰く、「好を以て往かば、数人にて足れり。武を以て往かば、二千人以て為す足る無し」と。辞して可かず、天子参を罷む。郟の壮士、故の済北の相韓千秋奮ひて曰く、「区区たる越を以て、又王・太后の応ずる有り、独り相呂嘉害を為す、願はくは勇士二百人を得て、必ず嘉を斬りて以て報ぜん」と。是に於て天子千秋と王太后の弟樛楽とを遣はし二千人を将ゐて往かしめ、越の境に入る。呂嘉等乃ち遂に反し、令を国中に下して曰く、「王年少し。太后は、中国の人なり、又使者と乱し、専ら内属を欲し、尽く先王の宝器を持して入りて天子に献じて以て自ら媚び、多く人を従へ、行きて長安に至り、虜売して以て僮僕と為さんとす。自ら一時の利を脱するを取り、趙氏の社稷を顧み、万世の為に慮計するの意無し」と。乃ち其の弟と卒を将ゐて王・太后及び漢の使者を攻め殺す。
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