武士訓 / 卷五・第11段
俗間劔術をもつて。人にてらふものあり。其劔術の祖何某といふ者。いづかたの神祉にまうでゝ。藝をいのるに。其神あらはれて。つたえ給ふといひ。あるひは夢想をうけて。覺えたりといふ。禪法をまなんで。劔術を得たりといひ。又はいづくの山にて。天狗にならひたりといふ。是皆大なるいつはりなり。神明は。一明德をさす。こゝろまことゝなるときは。心裏の神舍。たちまちひらけて。自得するのみ。神明やしろのうちより出たまふにはあらず。もしかたちをあらはし給はゞ。神にはあらずして野狐なるべし。又禪法をまなんで。劔術を得たりといふは非なり。禪學者にも。劔術師ありとはいふべし。又天狗は畜類なり。萬物の靈たる人倫。何のかけたることあつて。天狗金花猫などをまなばんや。人より人につたえたるこそたゞしき道なれども。それはめづらしげなしとて。かゝる事を妄作し。愚昧をたぶらかし。米錢をむさぼるはかりごとをなす。にくむべきのはなはだしきなり。
新字:俗間剣術をもつて。人にてらふものあり。其剣術の祖何某といふ者。いづかたの神祉にまうでゝ。芸をいのるに。其神あらはれて。つたえ給ふといひ。あるひは夢想をうけて。覚えたりといふ。禅法をまなんで。剣術を得たりといひ。又はいづくの山にて。天狗にならひたりといふ。是皆大なるいつはりなり。神明は。一明徳をさす。こゝろまことゝなるときは。心裏の神舎。たちまちひらけて。自得するのみ。神明やしろのうちより出たまふにはあらず。もしかたちをあらはし給はゞ。神にはあらずして野狐なるべし。又禅法をまなんで。剣術を得たりといふは非なり。禅学者にも。剣術師ありとはいふべし。又天狗は畜類なり。万物の霊たる人倫。何のかけたることあつて。天狗金花猫などをまなばんや。人より人につたえたるこそたゞしき道なれども。それはめづらしげなしとて。かゝる事を妄作し。愚昧をたぶらかし。米銭をむさぼるはかりごとをなす。にくむべきのはなはだしきなり。
書き下し
俗間劔術をもつて。人にてらふものあり。其劔術の祖何某といふ者。いづかたの神祉にまうでゝ。藝をいのるに。其神あらはれて。つたえ給ふといひ。あるひは夢想をうけて。覺えたりといふ。禪法をまなんで。劔術を得たりといひ。又はいづくの山にて。天狗にならひたりといふ。是皆大なるいつはりなり。神明は。一明德をさす。こゝろまことゝなるときは。心裏の神舍。たちまちひらけて。自得するのみ。神明やしろのうちより出たまふにはあらず。もしかたちをあらはし給はゞ。神にはあらずして野狐なるべし。又禪法をまなんで。劔術を得たりといふは非なり。禪學者にも。劔術師ありとはいふべし。又天狗は畜類なり。萬物の靈たる人倫。何のかけたることあつて。天狗金花猫などをまなばんや。人より人につたえたるこそたゞしき道なれども。それはめづらしげなしとて。かゝる事を妄作し。愚昧をたぶらかし。米錢をむさぼるはかりごとをなす。にくむべきのはなはだしきなり。
現代語訳
世間で、剣術を使って人に見せびらかす者がいる。その剣術の祖の何某という者が、どこかの神社に参って芸を祈ったところ、その神が現れて伝えてくださったと言い、あるいは夢のお告げを受けて覚えたと言い、禅法を学んで剣術を得たと言い、またはどこかの山で天狗に習ったと言う。これはみな大いなる偽りである。神明とは、一つの明徳を指す。心がまことになるとき、心の内の神舎がたちまち開いて、自得するだけである。神明が社の内から出たもうわけではない。もし姿を現されたなら、神ではなく野狐であろう。また、禅法を学んで剣術を得たというのは誤りである。禅を学ぶ者にも剣術師がいる、とは言えるだろう。また天狗は畜類である。万物の霊長たる人間に、何の欠けたことがあって、天狗や金花猫などを学ぼうか。人から人に伝えたのこそ正しい道なのに、それは珍しくないといって、こういうことを妄作し、愚かな者をたぶらかし、米や銭をむさぼる計略をなす。憎むべきことの甚だしさである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』卷五・第13段世に劔術をおしゆるもの。少きしなびをこしらえ。敵とあいだをへだてゝ。間合をうつといひ。せゝりをなすといふことあり。眞劔にてさやうにこまかなることとなるものにあらず。たとひ仕合よくて一二寸きりたればとて。ものゝかずとせんや。いはんや甲冑を着。着込をかさねたるものは。すこしもきずつくべからず。こゝろあらん人は。かゝるつたなき術をならふべからず。
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『武士訓』卷五・第5段世俗の說に。正直の頂に神やどるといふを。武術になぞらへていへば。我胸中に。高天原といふ廣博の地あり。其地に。固有の神明をやどしたてまつる。其神明にうつたへて。邪穢をはらひ。精明をいたし。理非を決斷して。善惡を差別し。泰然とたちて。寂然とうごかず。頭より腰にいたるまで。たゞちにしてすこしもまがらず。心眼をひらいて眸子をまじろかざるところ。正直の頭に神やどるの理に比すべし。儒書に頭容直ければ。心も又直しとあるにひとし。たゞし言句にてはさとしがたきものあり。つとめまなんで默識すべし。古歌に「奥山にこゝろをいれてたづねずばふかきもみぢのいろを見ましや」とよめるごとし。先をとるといふは。わざをもつていふにあらず。かゝるにあらず。まつにもあらず。氣の位をさしていへり。
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五輪書・地の巻漢土(かんど)和朝までも、此の道を行なふ者を兵法の達者と云ひ伝へたり。武士として此の法を学ばずと云ふ事有るべからず。近代、兵法者と云ひて世を渡る者、是れは剣術一通りの事なり。常陸国かしま・かんとりの社人ども、明神の伝へとして流々をたてて国々を回り、人に伝ふる事、近き頃の儀なり。古(いに)しへより十能七芸と有るうちに、利方(りかた)と云ひて芸にわたると云へども、利方と云ひ出すより、剣術一通りにかぎるべからず。剣術一へんの利までにては、剣術も知りがたし。勿論、兵の法には叶ふべからず。世の中を見るに、諸芸を売り物にしたて、我身を売り物のやうに思ひ、諸道具につけても売り物にこしらへる心、花・実の二ツにして、花よりも実のすくなき所なり。とりわき此の兵法の道に色をかざり花をさかせて術をてらひ、或は一道場、或は二道場など云ひて、此の道を教へ、此の道を習ひて利を得んと思ふ事、誰か云ふ、なまひやうはふ大疵(おほきず)のもと、まことなるべし。凡(およ)そ人の世を渡る事、士農工商とて四ツの道なり。(中略)三ツには士の道、武士に於てはさまざまの兵具をこしらへ、兵具しなじなの徳を弁へたらんこそ武士の道なるべけれ。兵具をもたしなまず、其の具々の利をも覚えざる事、武家は少々たしなみのあさきものか。(中略)兵法を大工の道にたとへて云ひあらはすなり。(中略)兵の法を学ばんと思はば、此の書を思案して、師ははり、弟子は糸と成りて、たえず稽古有るべき事なり。
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五輪書・風の巻兵法の事に於て、何れを表(おもて)といひ、何れを奥と云はん。芸によりことにふれて、極意・秘伝などいひて、奥口あれ共、敵と打ち合ふ時の理に於ては、表にて戦ひ、奥をもつて切るといふ事に非ず。我が兵法のをしへ様は、始めて道を学ぶ人には、其のわざのなりよき所をさせ習はせ、合点の早くゆく理を先に教へ、心の及びがたき事をば、其の人の心をほどくる所を見分けて、次第次第に深き所の理を後に教ふる心なり。され共、大形(おほかた)は其の事に対したる事様(ことざま)を覚えさするによつて、奥口と云ふ所なき事なり。されば世の中に、山の奥を尋ぬるに、猶奥へ行かんと思へば、又口に出るものなり。何事の道に於ても、奥の出合ふ所も有り、口を出してよき事も有り。此の戦の理に於て、何をかかくし、何をか顕さん。然(しか)るによつて、我が道を伝ふるに、誓紙・罰文(せいし・ばつぶん)など云ふ事を好まず。此の道を学ぶ人の智力をうかがひ、直(すぐ)なる道を教へ、兵法の五道・六道の悪しき所をすてさせ、おのづから武士の法の実の道に入り、うたがひなき心になす事、我が兵法の教への道なり。能々(よくよく)鍛錬有るべし。
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『文武訓』武訓上前にいへる兵術者の教の如きは、仁義の道を捨て、文武の法に背き、君臣、朋友、およそ人倫に対し偽を行ひ、人の功名をうばひてわが物とし、利を得るを以て日本の武道とす。しかれども、まことの文武の道よりいはば、是を名づけて盗賊といふ。利欲を専にして義理を捨つるは、是国を乱すのわざにして、乱をしづむる武の道にはあらず。上を犯し乱をおこす、乱臣賊子のしわざなり。日本の武道を以て、盗賊のしわざと同じく心得ること、むげにあさまし。少し心あらん人は其非を知るべし、詳に弁ずるにたらず。夫仁義の道、正直にしていつはりなき、是信なり。信なければ、からもやまとも古も今も、人道たたず。人道立たざれば武道も行はれず。主将たる人信なければ、士卒万民の心を得がたし。
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『兵法家伝書』活人劔「妄心は邪、本心に叶えば名人」妄心は何事をなせども邪也、此邪の心が出たらば、兵法も負べし、弓もあたるべからず、鐵炮もはづるべし、馬ものらるまじ、能も見ぐるしかるべし、舞もきゝぐるしかるべし、云事もあやまりあらはるべし、一切皆たがふべし、本心に叶ば、何事も皆よろしかるべし、僞をかまへて、僞りなきと云、其言葉妄心なる故に、早く其僞りあらはるゝ也、心まことなれば、ことわりに不及して聞く人やがて知る、本心にことわり不入物也、妄心は心の病なり、此妄をさるを、病氣を去ルと云也、此病氣をされば、無病の心也、卽此無病の心を、本心と云、本心にかなはゞ、兵法は名人なるべし、ありとあらゆる程の事一も此道理にはづるべからず
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