武備和訓 / 卷一・劔術は小武、本心で芸を使い芸に使われるな
和奴(明朝より日本人をさして云言語也)の藝とするといへるを、或儒士是をいぶかりて曰、刀劔の術和奴のみ是を用ると云時は、中華其外の外國、なべて此藝なしといふものに似たり、恐くは是弟氏(武備志の作者)が見る處窄くして、博識ならざるかと難ぜり、愚謂ふに、中華と云とも、刀劔を用て罪ある者を誅する事、吾國に異なるべからず、盖し劔術は本一人を以て一人に捷つの義、大勇の人、さのみ心身を勞すべきには非ず、されば中華の武をいふもの、先づ王道の仁義節制の武を說て、次に覇者の道をいひ、陣法權略をのべて、專ら弓弩巧車火器等の道を說、唯三軍の勝を全ふする事を宗として、相手向ひの小武には泥ずと見へたり、最哉、其國に生れては、我劔術をしらざれば敵も又不知、只勇臆を以勝負に充つ、何ぞ弟氏が見る處せばくして、中華の事をしらずといふべけんや、已に博くしてよく本朝の事を記せり、武人爰を以悟れ、優劣は其人の鍛鍊にありて、流義にあらず、勝負は其人の心にありて、流義によるべからず、常に心を刀劔に置て、危き事を恐れ、威武を心に備ふるを、劔術の本意とせり、本心を以て藝をつかひて、藝の爲につかわるべからず、一劔術何流にもせよ、最初は竹刀を用て手法を傳へ、木刀を用て手先を利し、眞劔の刄引を用て奧義を鍛鍊し、竹刀木刀を用て擊闘すべし、只一ぺんにかたよるべからず候、學習しば〱して鍛鍊功つもる時は、生死の勝負目前に明なるべし、
新字:和奴(明朝より日本人をさして云言語也)の芸とするといへるを、或儒士是をいぶかりて曰、刀剣の術和奴のみ是を用ると云時は、中華其外の外国、なべて此芸なしといふものに似たり、恐くは是弟氏(武備志の作者)が見る処窄くして、博識ならざるかと難ぜり、愚謂ふに、中華と云とも、刀剣を用て罪ある者を誅する事、吾国に異なるべからず、盖し剣術は本一人を以て一人に捷つの義、大勇の人、さのみ心身を労すべきには非ず、されば中華の武をいふもの、先づ王道の仁義節制の武を説て、次に覇者の道をいひ、陣法権略をのべて、専ら弓弩巧車火器等の道を説、唯三軍の勝を全ふする事を宗として、相手向ひの小武には泥ずと見へたり、最哉、其国に生れては、我剣術をしらざれば敵も又不知、只勇臆を以勝負に充つ、何ぞ弟氏が見る処せばくして、中華の事をしらずといふべけんや、已に博くしてよく本朝の事を記せり、武人爰を以悟れ、優劣は其人の鍛錬にありて、流義にあらず、勝負は其人の心にありて、流義によるべからず、常に心を刀剣に置て、危き事を恐れ、威武を心に備ふるを、剣術の本意とせり、本心を以て芸をつかひて、芸の為につかわるべからず、一剣術何流にもせよ、最初は竹刀を用て手法を伝へ、木刀を用て手先を利し、真剣の刄引を用て奥義を鍛錬し、竹刀木刀を用て撃闘すべし、只一ぺんにかたよるべからず候、学習しば〱して鍛錬功つもる時は、生死の勝負目前に明なるべし、
書き下し
和奴(明朝より日本人をさして云言語也)の藝とするといへるを、或儒士是をいぶかりて曰、刀劔の術和奴のみ是を用ると云時は、中華其外の外國、なべて此藝なしといふものに似たり、恐くは是弟氏(武備志の作者)が見る處窄くして、博識ならざるかと難ぜり、愚謂ふに、中華と云とも、刀劔を用て罪ある者を誅する事、吾國に異なるべからず、盖し劔術は本一人を以て一人に捷つの義、大勇の人、さのみ心身を勞すべきには非ず、されば中華の武をいふもの、先づ王道の仁義節制の武を說て、次に覇者の道をいひ、陣法權略をのべて、專ら弓弩巧車火器等の道を說、唯三軍の勝を全ふする事を宗として、相手向ひの小武には泥ずと見へたり、最哉、其國に生れては、我劔術をしらざれば敵も又不知、只勇臆を以勝負に充つ、何ぞ弟氏が見る處せばくして、中華の事をしらずといふべけんや、已に博くしてよく本朝の事を記せり、武人爰を以悟れ、優劣は其人の鍛鍊にありて、流義にあらず、勝負は其人の心にありて、流義によるべからず、常に心を刀劔に置て、危き事を恐れ、威武を心に備ふるを、劔術の本意とせり、本心を以て藝をつかひて、藝の爲につかわるべからず、一劔術何流にもせよ、最初は竹刀を用て手法を傳へ、木刀を用て手先を利し、眞劔の刄引を用て奧義を鍛鍊し、竹刀木刀を用て擊闘すべし、只一ぺんにかたよるべからず候、學習しば〱して鍛鍊功つもる時は、生死の勝負目前に明なるべし、
現代語訳
和奴(明の時代に日本人を指して言った言葉)の芸とする、とあるのを、ある儒者が不審に思って言いました。「刀剣の術を和奴だけが用いるというのは、中華やその外の外国には、すべてこの芸がないと言うのに似ている。おそらく弟氏(『武備志』の作者)の見るところが狭く、博識ではないのだろう」と非難しました。私が思うには、中華といっても、刀剣を用いて罪ある者を誅することは、我が国と異なるはずがありません。思うに剣術はもともと一人で一人に勝つ義であり、大勇の人が、それほど心身を労するものではありません。ですから中華で武を論じる者は、まず王道の仁義・節制の武を説き、次に覇者の道を言い、陣法・権略を述べて、もっぱら弓・弩・巧みな車・火器などの道を説き、ただ三軍の勝ちを全うすることを宗として、相手と向き合う小さな武には拘泥しなかったと見えます。もっともなことです。その国に生まれては、我が剣術を知らなければ敵もまた知らず、ただ勇気と臆病で勝負が決まるのです。どうして弟氏の見るところが狭く、中華のことを知らないと言えるでしょうか。すでに博くて、よく我が国のことを記しています。武人はここから悟りなさい。優劣はその人の鍛錬にあって、流派にあるのではありません。勝負はその人の心にあって、流派によるものではありません。常に心を刀剣に置いて、危険を恐れ、威武を心に備えることを、剣術の本意とします。本心をもって芸を使い、芸のために使われてはなりません。一つ、剣術はどの流派であっても、最初は竹刀を用いて手法を伝え、木刀を用いて手先を利かせ、真剣・刃引を用いて奥義を鍛錬し、竹刀・木刀を用いて打ち合うべきです。ただ一つに偏ってはなりません。学び習うことをしばしば行い、鍛錬の功が積もるときは、生死の勝負が目の前に明らかになるでしょう。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『武備和訓』・卷一・流派の優劣を争わず鍛錬で勝負が決まる一劔術におゐては流義の勝劣を論ずべからず候、若此優劣を爭ふものは、たとへば甲冑の主意をしらずして鎧はあながちに弓鐵砲刀鎗を防ぐものとのみおもふがごとし、劔術は本小武小藝にして、假令刀劔の威武をおとさじとの敵なれば、己が心の信仰鍊磨の位によりて、勝負は心に備るべし、常に鍛鍊數〱するに、竹刀を用る流義あり、木刀を用る流あり、眞劔刄引を用る者あり、各々其主意ありて流義をたつ、たとへば刄引を用る流義より、竹刀を用て非を責、其虛間をせゝるがごときの事は、眞劔を用て勝負の時は難成もの也といふ、それ程の事を辨へざる疎き武士も又少かるべければ、况や竹刀の流義といふとも、其理をしらざる事はあるべからず、又竹刀の流義よりは、刄引を用てはおもふやうに打闘事ならず、若竹刀のごとく心に任せ力を奮ば立所に打殺すべし、竹刀を用るすら當處によりて絕入事もまゝ有之、其上少年の小腕のごときには、眞劔の刄引用難しと、互に水かけ論に鏡のしあひをなさば、つゞまる處眞劔の勝負を決するより外はなかるべし、是其本、我佛尊しとするより事起れり、武備志に、本朝の眞影流の手法を載て、刀劔の術を以、
-
『武備和訓』・卷一・刀は鞘の中に威があり、師を敬う一刀劔術の本意は、鞘の中にある時、威功靈明にして、鞘をはづす事は、威武の德おとろへたるなれば、百たび鞘を發し、百たび利を得るとも、刀術の本意にあらず、乍然血氣の人々は、其主意少ちがふ樣に脇より見ゆるも在之候、必ずつゝしむべし、爰に又往々の劔術者を見るに、師に事へて其藝を精熟し、或は奧義を殘して不傳かと、惑のうたがひを起し、或は己が未熟にして師に不及事を辱ず、却て簒奪の心を逞ふして、終に其師を殺し、自貴からん事を求る者、獨り刀劔の藝に多し、誠に其心禽獸にひとし、聖賢の道には、師は君父とひとしく、三年の喪をうくるといへり、必刀劔の術を習ふ人、其祖師を貴んで手法を習ふとも、心に取捨あらん事肝要成べし、其藝をば貴ぶとも、道に戻る心法をば、かならず貴むべからず、非道の操に少もうつる事あらば、武運に盡ん事必然たるべし、刀劔の術を習ふ事は、靈劔の德をおとさず、義理に死む爲の修行なり、其虎狼の心あらんよりは、習ざらんむかしこそ、ひとり神武の勇なるべけれ、
-
『武備和訓』・卷二・居合は劔術の本、常を知って変を知る一居合は、習ふ事尤劔術より先にすべし、是則劔術と一術なるべきを、別て敎を異にする事心得がたし、劔術の惣躰、居合を以本とし、起合を以て、末とすべし、必本をしらずしては、末治るべからず、居合を知て起合を知らざる刻は、步行事を知て走る事ならざるがごとし、又劔術を知て居合を知らざる刻は、よく走れども徐に步む事ならざるがごとし、徐に行事は常、走る事は變なり、抑居合の鞘に在て、其意味の深き事、たとへば大極の靜なるがごとし、劔さやを潛るの間に、一理陰陽とならんとするの理あり、其鯉口をはなるゝ處、始て天地位し、劔敵の身に中て勝を我に得たる處、神明始て其中に在が如し、鋒鯉口を放れば、敵已に二ッになれり、天地位すれば、神明已に其中にあり、惣て劔術の雌雄は、鞘をはなれずして、勝負我にあり、若鞘をはづして勝事を敵に求むるものは必危し、能居合の道理と、孫武の兵法と、大武小武符合する事あり、武備の治世における、刀劔の鞘における、武の武たる事を察すべし、武人刀劔の藝を鍛鍊せんとおもはゞ、先づ居合の事理を致て、其後劔術を習ふべし、
-
『武備和訓』・卷五・兵書を学び、武芸の的を見失わない一武士は、十三四歳より必軍旅の藝を習ふべし、孔孟の書のみを熟讀して道を行ふ則は、軍道素より其中にありと云人あれども、尤聖賢のはだへある人は、天理の大道を統て、陰陽とともに進退すれば、何事をか爲ざるべけんや、平人の心は常に天道と齟齬たれば、豫して天理を察するといへども、天道の變化を識事ならず、經書の常理を致るといへども、聖敎の變理に通る事難し、吾國千古より、孔孟の道を學得て、孫吳の道を推て識ほどの人、未有能之なり、しかれば、武家必兵書を學びずんば家業を知とはいふべからず、兵法を知らずしては、其餘の武藝に精妙なりとも、的なくして、射る如くなるべし、前にもいふがごとく、たとへば射人堂を射て、通矢の多きを以天下無雙の名人とすれども、心ある武士是を譽ず、それ弓は軍陣の長器なり、大矢數のごときは戰陣の用樞にあらずして、唯名聞の利のみにかゝわる、射人弓を射る的のみを的とは思ふべからず、武藝は戰陣勝利の的こそ大事なれ、勝利の的のはづるゝをば武藝の達人とは仕がたし、是皆其大本兵法の道不立して、其末を學ぶ故なり、本を不齊して、末治らざる事は、聖人の敎也、兵法の道に精しからずとも、達人にむかひて其大意を尋問ひ、我好む所の藝の得失利害を致め、其藝の藝たる事を精熟すべし、
-
『武備和訓』・卷五・鞘と居合、道具は本意を失わず取捨する鞘は忍の胴がねをいれてぬりかくすべし、鯉口の方に入るは惡し、刀にかへり角を不可用と云人あり、然れども世上なべて用之、決而不用と云は鑿なり、かへり角有て利ある事あり、害ある事あり、其角の甚高さものは利少し、さるに依て蛭がへりを用る人あり、是にも一利一失あり、惣而武用の事は其人の好所にしたがふべし、一德一損は天地の常理なれば二ッながら全き事はなきもの也、就中三尺已上の長刀、其搾に秘事あり、是は居合の術よりいふ處にして、長刀を拔に足を組み拔刀膝にては四尺の刀も拔べけれども、或は步行中に拔之、走步うちに拔之、起身にて拔之に三尺五七寸の刀は輙はぬけがたし、其秘事を用る時は三尺五寸の刀は三尺を拔が如く、三尺の刀は二尺五寸を拔が如し、武士居合を拔く者不少して、蹲踞ては皆よく拔之ども起身にて能拔者少し、尤鍛鍊すべし、又刀劔の仕立によりて大物ぎれも切れず、腕つかれて大害あれば尤吟味すべきの甚きもの也、杷輕く鍔うすく小くしては、鋒重く權惡敷して用に立がたし、とかく大事にすべきものは杷と釣合なるべし、惣而武事は家々流々其人々の器量によりて主意かはり、取舍する事尤也、鑿には云がたし、つゞまる處は本意を失ざる事を要とすべし、
-
『武備和訓』・卷五・刀脇指の吟味は斬れ味と折れにくさ一刀脇指吟味の事は、武士たる者晝夜身腰を離ざる器なれば、尤其道に精しからずんば有べからず、然るに皆其實理を正し本源の利害を糺明して用る人の少き事は何ぞや、先刀劔の物切を好み心がくる人、古身は細く末枯て殆しと云、新身の重厚きを好む、大に然るべからず、是其用を知て主を知らざるもの也、刀は斬るを以主とせり、折る處に心を用るものは用なり、予斬罪の者千人迄斬たる男に委細を聞事あり、それ新身は鐵練ざるにより、いかなる名鍛のうちたるも、物に觸て折る事速なり、折ざる程に重厚ければ極めてきれず、又古身は少厚くても鐵鍊たるを以能斬る、物に觸てまがりはするとも、折斷に不至、新身は一度きれて再びきれざる物あり、きれても其音大に高し、然ればよく斬るといふものは、最上の鐵を以名鍛のうちたる古身のひらりとしてうすき物に極れり、又鉢割と云物あり、よく首を割に、二ッに斬割て頤に至る、尋常の刀にてたとい二ッ胴は截るとも首の鉢は割ざるもの也、然るに此首のよく割るものは胴躰を截るによく不斬、又胴躰のよく切るものは首を割に利あらず、是其鍛冶の鐵の鍛ひに異あり、首も胴も倶に用て利あるものは其中間を採るに如事なし、大亂の焼刄劔脊まで通りたるは折るに早し、碑は截にかまひて害あり、瑾はシナイ刄ギレを避べし、右二ッのきずある物は必ず用べからず、其外シミ地アレ等は戰鬪の爲にさまで妨なし、又當代の新身は鍛おろして其儘截る事を本意とするにより、鐵柔くして、後世かならず役に立べからず、唯何事も簡易を主として本意を失ふにより、論るに足ざるもの也、心あらん人丈夫なるをよしとして、必新身を刺事なかれ、況や當世の鍛冶のうちたる麁相なるをや、