武士訓 / 卷五・第6段
古語に眼をひらけば。すなはちあやまるとあり。これは見るところに着するをいふ。たとえば左をみれば右をわすれ。右をみればひだりをわする。敵の手をみれば心手にかたより。足をみれば心あしにかたよる。かたよりたるあとはひとえに空宅の如し。空宅には盜賊いれりとも。あるじなき故に。ふせぐことならざるに同じ。爰をもつて大觀すべし。偏見すべからず。わざをつくしてわざをすつべし。わざをはなれざれば。藝を得たる人にはあらず。我巳發をもつて敵の未發をおさゆ。これわざをいはず。氣の位をいへり。
新字:古語に眼をひらけば。すなはちあやまるとあり。これは見るところに着するをいふ。たとえば左をみれば右をわすれ。右をみればひだりをわする。敵の手をみれば心手にかたより。足をみれば心あしにかたよる。かたよりたるあとはひとえに空宅の如し。空宅には盗賊いれりとも。あるじなき故に。ふせぐことならざるに同じ。爰をもつて大観すべし。偏見すべからず。わざをつくしてわざをすつべし。わざをはなれざれば。芸を得たる人にはあらず。我巳発をもつて敵の未発をおさゆ。これわざをいはず。気の位をいへり。
書き下し
古語に眼をひらけば。すなはちあやまるとあり。これは見るところに着するをいふ。たとえば左をみれば右をわすれ。右をみればひだりをわする。敵の手をみれば心手にかたより。足をみれば心あしにかたよる。かたよりたるあとはひとえに空宅の如し。空宅には盜賊いれりとも。あるじなき故に。ふせぐことならざるに同じ。爰をもつて大觀すべし。偏見すべからず。わざをつくしてわざをすつべし。わざをはなれざれば。藝を得たる人にはあらず。我巳發をもつて敵の未發をおさゆ。これわざをいはず。氣の位をいへり。
現代語訳
古語に「眼を開けばたちまち誤る」とある。これは見る所に着することをいう。たとえば、左を見れば右を忘れ、右を見れば左を忘れる。敵の手を見れば心が手に偏り、足を見れば心が足に偏る。偏ったあとはまるで空き家のようである。空き家には盗賊が入っても、主人がいないので防ぐことができないのと同じである。ここをもって大観せよ。偏見してはならない。技を尽くして技を捨てよ。技を離れなければ、芸を得た人ではない。わが已発をもって敵の未発を押さえる。これも技を言うのではない。気の位を言うのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』卷五・第1段武術おの〱異なれども。勝負の理はいづれもひとし。しばらく管見をしるして。後人にしめすのみ。文學をなすには無我なれ。無我ならずしては。道を得ることなし。武術をまなぶには。有我なるがごとくすべし。初學より無我にしては。勇をやしなふことあたはざるなり。勇氣を人にゆづらざれ。姑息の愛をおもふことなかれ。
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五輪書・水の巻目の付様は、大きに広く付くる目なり。観・見二ツの事、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見る事、兵法の専なり。敵の太刀を知り、聊(いささ)かも敵の太刀を見ずと云ふ事、兵法の大事なり。工夫有るべし。此の目付、ちひさき兵法にも、大きなる兵法にも同じ事なり。目の玉動かずして、両脇を見る事肝要なり。箇様(かやう)の事、いそがしき時、俄(にはか)には弁へがたし。此の書付を覚え、常住此の目付になりて、何事にも目付の替らざる所、能々(よくよく)吟味有るべきものなり。
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五輪書・風の巻目付(めつけ)と云ひて、其流により、敵の太刀に目を付るも有り。又は手に目を付る流も有り。或は顔に目を付け、或は足などに目を付るも有り。其ごとくとりわけて目を付んとしては、まぎるる心有りて、兵法のやまひといふ物になるなり。其子細は、鞠をける人は、鞠に能(よ)く目を付けねども、びんずりをけおひ、まりをしながしても、けまはりても、ける事、物になるると云ふ所あれば、慥(たし)かに目に見るに及ばず。又はうかなどするものの、わざにも、其道になれては、戸びらを鼻にたて、刀を幾腰もたまなどにとる事、是れ皆、慥かに目付とはなけれども、不断(ふだん)手にふれぬれば、おのづから見ゆる所なり。兵法の道に於ても、其敵其敵としなれ、人の心の軽重を覚え、道を行ひ得ては、太刀の遠近・遅速迄も、皆見ゆる儀なり。兵法の目付は、大形(おほかた)其人の心に付たる眼(まなこ)なり。大分の兵法に至りても、其敵の人数の位に付たる眼なり。観(くわん)・見(けん)二ツの見やう、観の目つよくして、敵の心を見、其場の位を見、大きに目を付て、其戦のけいきを見、其折ふしの強弱を見て、まさしく勝つ事を得る事、専なり。大小兵法に於て、ちひさく目を付る事なし。前にもしるす如く、濃(こまや)かにちひさく目を付るによつて、大きなる事をとりわすれ、まよふ心出できて、慥かなる勝をぬかすものなり。此利、能々(よくよく)吟味して、鍛錬有るべきなり。
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