武士訓 / 卷五・第1段
武術おの〱異なれども。勝負の理はいづれもひとし。しばらく管見をしるして。後人にしめすのみ。文學をなすには無我なれ。無我ならずしては。道を得ることなし。武術をまなぶには。有我なるがごとくすべし。初學より無我にしては。勇をやしなふことあたはざるなり。勇氣を人にゆづらざれ。姑息の愛をおもふことなかれ。
新字:武術おの〱異なれども。勝負の理はいづれもひとし。しばらく管見をしるして。後人にしめすのみ。文学をなすには無我なれ。無我ならずしては。道を得ることなし。武術をまなぶには。有我なるがごとくすべし。初学より無我にしては。勇をやしなふことあたはざるなり。勇気を人にゆづらざれ。姑息の愛をおもふことなかれ。
書き下し
武術おの〱異なれども。勝負の理はいづれもひとし。しばらく管見をしるして。後人にしめすのみ。文學をなすには無我なれ。無我ならずしては。道を得ることなし。武術をまなぶには。有我なるがごとくすべし。初學より無我にしては。勇をやしなふことあたはざるなり。勇氣を人にゆづらざれ。姑息の愛をおもふことなかれ。
現代語訳
武術はそれぞれ異なるが、勝負の理はどれも同じである。しばらく私見を記して、後の人に示すだけである。学問をするには無我であれ。無我でなければ、道を得ることはない。武術を学ぶには、有我であるかのようにせよ。初学から無我では、勇を養うことができない。勇気を人に譲るな。姑息な愛情を思うな。
解説
巻五の冒頭で、学問と武術とで心の構えを使い分けよと説く段です。学問は無我でなければ道を得られませんが、武術は初学から無我では勇を養えないので、あえて有我であるかのように臨めと言います。そのうえで、勇気は人に譲らず、姑息な愛を思うなと続けます。ここでの「姑息」は、その場しのぎの甘さを指す語です。どの場面にも同じ心構えを求めず、段階と場に応じて構えを変える考え方は、今の育成にも当てはまります。新人に最初から無私や謙虚さを求めるより、まず自分の力を信じて踏み込む経験を積ませるほうが、後の成長につながると読めます。
この章句が説くこと
勝負の理無我有我勇気姑息武士訓
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