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武士訓 / 卷三・第16段

役をつとめて米銀をつかさどらば。うたがはれざるようにすべし。むかし余靖といふもの。廣西の安撫となりて。北にかへるとき。南方の物をひとつものせず。又向文簡公廣州をおさめしとき。一物をかはず。是其ところにて。人より得たりといはれんことを。おもんぱかりてなり。晉吳隱之が廣州石門貪泉に題する詩に。古人云此水。一歃懷千金。試使夷齊飲。終當不易心と賦せり。是士たるものゝわけてたしなむべきことなり。後漢の光武帝のとき。馬援といふ者。交趾を征するとき。薏苡を得て。たねにせんとて。車にのせてかへりしに。時の人たからを得たりと云て。光武に讒せしといへり。これをもつて思へば。よく〱嫌疑をさくべきことなり。

新字:役をつとめて米銀をつかさどらば。うたがはれざるようにすべし。むかし余靖といふもの。広西の安撫となりて。北にかへるとき。南方の物をひとつものせず。又向文簡公広州をおさめしとき。一物をかはず。是其ところにて。人より得たりといはれんことを。おもんぱかりてなり。晋呉隠之が広州石門貪泉に題する詩に。古人云此水。一歃懐千金。試使夷斉飲。終当不易心と賦せり。是士たるものゝわけてたしなむべきことなり。後漢の光武帝のとき。馬援といふ者。交趾を征するとき。薏苡を得て。たねにせんとて。車にのせてかへりしに。時の人たからを得たりと云て。光武に讒せしといへり。これをもつて思へば。よく〱嫌疑をさくべきことなり。

書き下し

役をつとめて米銀をつかさどらば。うたがはれざるようにすべし。むかし余靖といふもの。廣西の安撫となりて。北にかへるとき。南方の物をひとつものせず。又向文簡公廣州をおさめしとき。一物をかはず。是其ところにて。人より得たりといはれんことを。おもんぱかりてなり。晉吳隱之が廣州石門貪泉に題する詩に。古人云此水。一歃懷千金。試使夷齊飲。終當不易心と賦せり。是士たるものゝわけてたしなむべきことなり。後漢の光武帝のとき。馬援といふ者。交趾を征するとき。薏苡を得て。たねにせんとて。車にのせてかへりしに。時の人たからを得たりと云て。光武に讒せしといへり。これをもつて思へば。よく〱嫌疑をさくべきことなり。

現代語訳

役を務めて米や銀をつかさどるなら、疑われないようにしなさい。昔、余靖という者は、広西の安撫となって北へ帰るとき、南方の物を一つも載せませんでした。また向文簡公は、広州を治めたとき、一物も買いませんでした。これは、その土地で人から得たと言われることを案じたからです。晋の呉隠之は、広州の石門にある貪泉に題する詩に、「古人は言う、この水を一口すすれば千金を思うと。試みに夷・斉に飲ませても、ついには心を変えないだろう」と詠みました。これは士たる者が、とりわけ嗜むべきことです。後漢の光武帝のとき、馬援という者が交趾を征したとき、薏苡を得て種にしようと車に載せて帰ったところ、当時の人は宝を得たと言って、光武帝に讒言したといいます。これを思えば、よくよく嫌疑を避けるべきです。

解説

この段は、金銭や物資を扱う役目の者は、疑われない行いを心がけよ、と説きます。余靖は任地の品を一つも持ち帰らず、向文簡公は一物も買わず、土地の人から得たと言われることを避けました。呉隠之の詩は、貪泉の水を飲んでも心を変えまいという決意を詠みます。馬援の薏苡の話は、種にするつもりのものが宝と疑われて讒言を受けた例で、疑いは身の潔白とは別に降りかかることを示します。ここは清廉の話にとどまらず、疑われない形を作ることまで求めています。会計や購買、取引先との関係を持つ現代の管理職にとっては、規程や記録で説明できる状態を日頃から保つことが、自分と組織を守ります。

この章句が説くこと

清廉嫌疑余靖呉隠之馬援武士訓

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