武士訓 / 卷三・第15段
いにしへの周公は。武王の弟。成王の叔父なれども。人來れば。髮をあらひ給ふときは。髮を手ににぎりて出あひ。食し給ふ時は。口にある食を吐て。出合給へり。いきほひをもわすれ。かたちにもかゝはり給ぬを見るべし。わが方に來る人あらば。貴賤にかぎらず。おなじごとくにあひしらひ。人にあける風情をなすべからず。
新字:いにしへの周公は。武王の弟。成王の叔父なれども。人来れば。髪をあらひ給ふときは。髪を手ににぎりて出あひ。食し給ふ時は。口にある食を吐て。出合給へり。いきほひをもわすれ。かたちにもかゝはり給ぬを見るべし。わが方に来る人あらば。貴賤にかぎらず。おなじごとくにあひしらひ。人にあける風情をなすべからず。
書き下し
いにしへの周公は。武王の弟。成王の叔父なれども。人來れば。髮をあらひ給ふときは。髮を手ににぎりて出あひ。食し給ふ時は。口にある食を吐て。出合給へり。いきほひをもわすれ。かたちにもかゝはり給ぬを見るべし。わが方に來る人あらば。貴賤にかぎらず。おなじごとくにあひしらひ。人にあける風情をなすべからず。
現代語訳
昔の周公は、武王の弟で成王の叔父という立場でしたが、人が来れば、髪を洗っているときは髪を手に握ったまま出会い、食事をしているときは口の中の食べ物を吐き出して出会ったということです。勢いも忘れ、体裁にもこだわらなかったことが見て取れます。自分のところに来る人があれば、身分の高い低いにかかわらず同じように応対し、人にうんざりしたような様子を見せてはなりません。
解説
この段は、周公の逸話で、訪ねてくる人への構えを語ります。周公は武王の弟で成王の叔父という高い立場にありながら、髪を洗う最中も食事の最中も、手を止めて人に会ったとされます。本文はそこに、勢いも体裁も忘れた姿を見ています。そのうえで、来る人には身分にかかわらず同じように応対し、うんざりした風を見せるなと戒めます。立場が上がるほど人は会う相手を選びたくなりますが、取り次ぎの先で態度を変えれば、そこから情報も信頼も遠のきます。上司の部屋の戸を叩きやすくしておくことは、組織の風通しを保つ手立てでもあります。肩書で応対を変えていないか、振り返る材料になります。
この章句が説くこと
周公応対来客貴賤謙虚武士訓
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