牧民忠告 / 拜命
普天率土,生人無窮也,然受國寵靈而為民司牧者,能幾何人?既受命以牧斯民矣,而不能守公廉之心,是自不愛也,寧不為世所誚耶!況一身之微,所享能幾,厥心溪壑,適以自賊。一或罪及,上孤國恩,中貽親辱,下使鄉鄰朋友蒙詬包羞,雖任累千金,不足以償一夕縲紲之苦。與其戚於已敗,曷若嚴於未然。嗟爾有官,所宜深戒。
新字:普天率土,生人無窮也,然受国寵霊而為民司牧者,能幾何人?既受命以牧斯民矣,而不能守公廉之心,是自不愛也,寧不為世所誚耶!況一身之微,所享能幾,厥心渓壑,適以自賊。一或罪及,上孤国恩,中貽親辱,下使鄉鄰朋友蒙詬包羞,雖任累千金,不足以償一夕縲紲之苦。与其戚於已敗,曷若厳於未然。嗟爾有官,所宜深戒。
書き下し
普天率土(ふてんそっと)、生人窮まり無きなり、然れども国の寵霊(ちょうれい)を受けて民の司牧(しぼく)と為る者、能(よ)く幾何(いくばく)の人ぞ。既に命を受けて以て斯の民を牧すれば、而(しか)も公廉の心を守る能わざれば、是れ自ら愛せざるなり、寧(なん)ぞ世の誚(そし)る所と為らざらんや。況んや一身の微、享(う)くる所能く幾ばくぞ、厥(そ)の心溪壑(けいがく)にして、適(まさ)に以て自ら賊(そこな)う。一たび罪及べば、上は国恩を孤(そむ)き、中は親を辱めに貽(のこ)し、下は郷鄰朋友をして詬(はじ)を蒙り羞(はじ)を包ましむ、千金を任(にな)うと雖も、一夕縲紲(るいせつ)の苦しみを償うに足らず。其の已に敗るるを戚(うれ)うるよりは、曷(なん)ぞ未然を厳にするに若かんや。嗟(ああ)爾(なんじ)官有る者、宜しく深く戒むべき所なり。
現代語訳
天下広しといえども、人の数は限りないが、国の恩寵を受けて民の統治者となる者は、いったいどれほどいるだろうか。すでに命を受けてこの民を治める身となりながら、公平廉潔の心を守れないならば、それは自分自身を大切にしていないということであり、世の非難を受けないはずがあろうか。まして一身の分際で享受できるものはどれほどのものか。それなのに心が谷のように貪欲であれば、それはまさに自分自身を損なうことになる。ひとたび罪が及べば、上は国の恩に背き、中は親に恥をもたらし、下は郷里の隣人や友人にまで恥辱を負わせることになる。たとえ千金を蓄えたとしても、一夜の獄中の苦しみを償うには足りない。すでに身を滅ぼしてから憂えるより、事が起こる前に自分を厳しく戒めるほうがよい。ああ、官職にある者は、深く戒めるべきである。
解説
この章句が説くこと
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牧民忠告・上任官に居りて清白なる能わざる所以の者は、率(おおむ)ね家人の奢を喜び侈(し)を好むに由りて然らしむるなり。中既に給せざれば、其の勢い必ず当に人に取るべし、或いは利を営みて以て民を侵し、或いは訟に因りて賄(まかない)を納れ、或いは仮貸(かたい)と名づけ、或いは姻属(いんぞく)に托し、宴饋(えんき)征逐(せいちく)、通室(つうしつ)禁ずる無く、以て動(やや)もすれば相掣肘(せいちゅう)し、威施す所無きに致る。己は日に昌(さか)んなりと雖も、民は則ち日に瘁(つか)れ、己は日に歓ぶと雖も、民は則ち日に怨む。是に由りて坐(そぞ)ろに敗辱する者は、蓋し駢首(へんしゅ)驪踵(れいしょう)たり。嗚呼、妻妾の為に之を為さしむれば、則ち妻妾我を救う能わざるなり。子孫の為に之を為さしむれば、則ち子孫我を救う能わざるなり。朋友の為に之を為さしむれば、則ち朋友我を救う能わざるなり。妻妾・子孫・朋友皆我を救う能わざるなり、曷(なん)ぞ廉勤を乃(すなわ)ち職として、自ら之を為すの愈(まさ)れるに若かんや。蓋し自ら為せば闔門(こうもん)恒に淡泊なりと雖も、安栄子孫に及ぶ。人の為にすれば歓然として楽しむべきが如しと雖も、禍患幾席(きせき)に生ず。二者の間、真に知り深く悟る者に非ざれば、未だ与(とも)に言い易からず。官有るの君子、其れ審らかに択べ。
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牧民忠告・拜命命下るの日、則ち心を拊(う)ちて自ら省みる、何の勛閥(くんばつ)行能ありてか、茲の異数に膺(あた)る、と。苟(いやし)くも其の廩禄(りんろく)を要(もと)め、其の威権を仮(か)り、惟(ただ)己が私を済(な)し、報国を思う靡(な)くんば、天監(てんかん)伊(こ)れ邇(ちか)く、将に汝を容れざらんとす。夫れ人の直(ね)を受けて其の工(こう)を怠り、人の爵を儋(にな)いて其の事を曠(むな)しくせば、己は則ち逸するも、公道を如何(いかん)せん、百姓を如何せん。
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牧民忠告・上任官を治むるは家を治むるが如し、古人嘗(かつ)て是の訓(おし)え有り。蓋し一家の事、緩急巨細と無く、皆当に知るべき所なり。知らざる所有れば、則ち治めざる所有るなり。況んや民を牧するの長は、百責の叢(あつ)まる所、庠序(しょうじょ)の若き、伝置(でんち)の若き、倉廥(そうかい)の若き、囹圄(れいご)の若き、溝洫(こうきょく)の若き、橋障(きょうしょう)の若き、凡そ司(つかさど)る所の者甚だ衆(おお)し。時を相(み)力を度(はか)り、弊るる者は之を葺(ふ)き、汚るる者は之を潔くし、堙(うず)もるる者は之を疏(とお)し、缺くる者は之を補い、旧(もと)より無き所の者は之を経営す。若し曰わく、「彼の修めざる、何ぞ我が事に預(あずか)らん、瞬夕代(か)わり去らば、自ら苦しむこと奚(なん)為れぞ」と。此の念一たび萌さば、則ち庶務皆墮(おこた)らん。前輩謂う、「公家の務め、一毫も其の心を尽くさざれば、即ち苟禄(こうろく)と為り、罪を天に獲(う)」と。
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牧民忠告・御下小にしては一邑(いちゆう)と為り、大にしては天下と為るも、賞罰明らかなれば、則ち声色を煩わさずして威令自(おのずか)ら行わる。人徒(ただ)民を治むるの難きを知りて、吏を治むるの尤(もっと)も難きを知らず。蓋し吏は官と比(ひ)し、詭詐(きさ)生じ易し。民は官に遠く、理法を知る能わず、誤(あやま)って然(しか)して犯す、宜(むべ)なるかな矜(あわれ)む可きがごとし。吏は則ち日(ひび)法律の中に処り、知らざるに非ざるなり、小過懲(こ)らさざれば、必ず大患を為し、忌憚(きたん)する所無からん。嘗て聞く、「民を治むるは目を治むるが如し、撥触(はっしょく)すれば則ち益々昏(くら)し。吏を治むるは歯牙(しが)を治むるが如し、剔漱(てきそう)すれば則ち益々利(と)し」と。《伝》に曰わく、「威其の愛に克てば允(まこと)に済(な)る、愛其の威に克てば允に罔(あやま)る」と。功(こう)此れに法(のっと)りて行わば、断じて治め難きに至らじ。
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牧民忠告・拜命今官を選ぶ者は大率(おおむ)ね内を重んじて外を軽んず、殊に知らず漢の宣帝の民を富ます所以、唐の太宗の家給し人足るる所以は、皆民を牧するの長を重んずるに由るが故なるを。嗚呼、民を牧するの長、其の重きこと此くの若し、乃ち泛焉(はんえん)として選び、懵焉(ぼうえん)として授く、奚(なん)為れぞ是れを慮らざるや。
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牧民忠告・救荒天の人に富と貴とを畀(あた)うる所以の者は、其の自ら裕(ゆたか)ならんと欲するに非ず、蓋し将に有る所を推して以て人の及ばざるを済(すく)わしめんとするなり。饑うる者は之に食わしめ、寒ゆる者は之に衣せしむ、斯れ天の畀うる富に負かざるなり。直き者は之を挙げ、枉(ま)がれる者は之を錯(お)く、斯れ天の畀うる貴に負かざるなり。然れども富貴にして能く是くの若くなる者は、其の恵みは人に在れども、善は則ち己に在り、名づけて人を恵むと為すも、実は自ら恵むなり。故に古人の民社(みんしゃ)を有する者は、或いは不幸にして凶荒夭紮(きょうこうようさつ)の変に値えば、其の軽重を視て、必ず術ありて以て之に処す。或いは私帑(したく)を分ち、或いは公廩(こうりん)を発し、或いは工役を興し、或いは山沢を仮すを以てし、或いは已(すで)に負を蠲(ゆる)し徴を蠲して糴(てき)を募り糶(ちょう)を勧め、或いは民をして其の遺穉(いち)を収めしめ、或いは医をして其の疹疾を療せしむ、凡そ以て其の生を拯(すく)う可き者は、微も至らざる靡(な)し。蓋し古人は民を視ること子の如し、天下未だ子難に在りて父母坐視して救わざるの理あらざるなり。嗚呼、凡そ民を牧する者は、其れ古の人を以て法と為すべし。庶(ねが)わくは彼我の間を元(もと)にせんことをや。