驢鞍橋 / 卷上
師の近付何某、事かゝぬ町人等には金銀を取らせ、內の者共にはしわき人あり。師去る和尙を以て異見ありければ、彼人道心者の樣にはならすと云つて受けられす。師聞て曰、惡き心得かな、役人と云ふ者は、何としても垢たまる物也。其たまる物は必ず一度は責むる物也。總して役人等は、不辨する程なるが好き也。
新字:師の近付何某、事かゝぬ町人等には金銀を取らせ、内の者共にはしわき人あり。師去る和尚を以て異見ありければ、彼人道心者の様にはならすと云つて受けられす。師聞て曰、悪き心得かな、役人と云ふ者は、何としても垢たまる物也。其たまる物は必ず一度は責むる物也。総して役人等は、不弁する程なるが好き也。
書き下し
師の近付何某、事かゝぬ町人等には金銀を取らせ、内の者共にはしわき人あり。師去る和尚を以て異見ありければ、彼人道心者の様にはならすと云つて受けられす。師聞て曰、悪き心得かな、役人と云ふ者は、何としても垢たまる物也。其たまる物は必ず一度は責むる物也。総して役人等は、不弁する程なるが好き也。
現代語訳
師の知人の某は、事欠かない町人たちには金銀を与え、身内の者たちにはけちな人であった。師はある和尚を通して意見されたが、その人は、道心者のようにはなれない、と言って受け入れなかった。師は聞いて言われた。悪い心得だな。役人というものは、どうしても垢がたまるものだ。そのたまったものは、必ず一度は責められるものである。おおよそ役人などは、不便するくらいがよいのである、と。
解説
裕福な町人には金品を配りながら、身内には吝嗇だった役人に、正三は人を介して意見したが、聞き入れられなかった。そこで正三は、役人には必ず垢がたまり、それはいつか必ず責められる、役人は不便するくらいでちょうどよい、と言う。権限を持つ者には、便宜や見返りが自然と集まってくる。その蓄積が、やがて身を滅ぼす。公職やその他の権限を持つ立場にある人への、率直で今日的な警告である。
この章句が説くこと
役人清廉癒着便宜戒め公職
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上一日人来て曰く、去る大名の奥方、我むさき事をなして、人にさらえさする事恐れ也と云ふて、雪隠をさらゆる者に銭をくれ給ふと云ふ。師聞て曰く、扨々有難人哉、尤もの事也。我も衆聚りたらは片廻りにさらえさすべし。後世を願ふ者はさなき事にさへ人を使ふは悪き也。是れは好き事を聞きたり。
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『驢鞍橋』卷上夜話の次で去る者、何某殿は大名に似合はぬ欲深き人なりと云ふ。師聞て曰く、其方は我耻を云ひありく人哉。人を欲深い抔と云ふは、必ず人に用有る者の云ふ事也。我は終に今迄人を欲深しと思ひたる事なし。只世の中には我独り欲深き者と思ふ也。又彼者何某は大国の執権に似合はぬ無さばきなる人なりと云ふ。師曰、扨も非を知らぬ人哉。其方に大国をさばかせたらば、あの百分が一も成るべからす。我々の百石二百石の中さへ道らしくさばき得ぬ人々か、他の上計りを云はるゝは疎なる事也。只我を知らぬ物也。我は毎物扨ても成るまい事哉と思はるゝ也。然る間終に人を悪いと思ひたる事なし。只世の中には我独り悪き者と計り思はるゝ也。
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『驢鞍橋』卷上一日人来り語て曰く、此比或る山の学頭、去る方より施物金三百両給はるを、十五両づゝ下人共に皆取らせ、我処には一銭も畜へ給はす。師聞て曰、無欲の心は有り難し、然れども理の暗き人なり。下人どもの奉公して、施しの成程二分一両の事は然るべし。大事の施物を非分にくるゝ事は、道理なき事也。時に去る者曰、乍去其も増しかと存ず、今時の後世願ひは欲深く成ると人の批判有り。師曰、費厭ふを欲と見る者も有るべし。乍去世の費を深く厭ふ事は、仏の成し給ふ処也。扨欲深きは悪敷事也、畢竟は我為めに物をほしからぬかよき也。
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『驢鞍橋』卷上或る人来り去る貧僧の処に大分の金を借用に来る人有りと語る。師聞て云、総して人は考なき物也。金銀は我乏き物と知らば、余所も然るべしと知るべきに、左は無くして只余所の金をば、石か土かなとを取来るやうに思ふ物也。
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『驢鞍橋』卷上一日源長老曰く、何某は師の意を得たりと存す、弥方便有るへし。師曰く、よう心得めされよ、あれはくつとぽつ籠んで置く計り也。能き処は我と持て居る也。始終召しあげぬ一つ也。長老は人を損ひめされんず人哉と也。
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『驢鞍橋』卷下一老兄の曰く、師元より一人なりとも好く成るを悅ひ給へども、畢竟は国王大臣に移し、普く万民を度せんとの所存たりし也。又相随ふ者をも指して、一人を親み玉ひ愛見の慈なし。只法界を憐み給ふ機也。殊に衆を我者にし給ふことなし。随ひ居る小僧共をも、天然と同輩に思ひ給ふ位有り。故に何十年随ひ居ても、初参の時の如しと也。