武士訓 / 卷二・第15段
たゞ人は。善を日々になさんとを思ふべし。これは小しき善なれば。なすにたらずとて。やむことなかれ。これは小しき惡なれば。くるしからじとてなすことなかれ。すべて俗人は。他の善を手本とせずして。他の惡を手本とする也。善人あれば。そのごとくに善をなさんと思ふ心はなくして。いろ〳〵にそしりて惡人といひなすなり。惡人あれば。かれはこれほどの惡をなしぬれども。一生つゝがなし。我はまだそれほどにはなし。たやすく通るべしなどゝ。私にゆるしを出すなり。この故に古人も心の師とはなれ。心を師とすることなかれといへり。
新字:たゞ人は。善を日々になさんとを思ふべし。これは小しき善なれば。なすにたらずとて。やむことなかれ。これは小しき悪なれば。くるしからじとてなすことなかれ。すべて俗人は。他の善を手本とせずして。他の悪を手本とする也。善人あれば。そのごとくに善をなさんと思ふ心はなくして。いろ〳〵にそしりて悪人といひなすなり。悪人あれば。かれはこれほどの悪をなしぬれども。一生つゝがなし。我はまだそれほどにはなし。たやすく通るべしなどゝ。私にゆるしを出すなり。この故に古人も心の師とはなれ。心を師とすることなかれといへり。
書き下し
たゞ人は。善を日々になさんとを思ふべし。これは小しき善なれば。なすにたらずとて。やむことなかれ。これは小しき惡なれば。くるしからじとてなすことなかれ。すべて俗人は。他の善を手本とせずして。他の惡を手本とする也。善人あれば。そのごとくに善をなさんと思ふ心はなくして。いろ〳〵にそしりて惡人といひなすなり。惡人あれば。かれはこれほどの惡をなしぬれども。一生つゝがなし。我はまだそれほどにはなし。たやすく通るべしなどゝ。私にゆるしを出すなり。この故に古人も心の師とはなれ。心を師とすることなかれといへり。
現代語訳
ふつうの人は、善を日々になそうと思うべきです。これは小さな善だからするには足りないと言ってやめてはなりません。これは小さな悪だから差し支えないと言ってしてはなりません。すべて俗人は、他人の善を手本とせず、他人の悪を手本とするものです。善人がいれば、同じように善をなそうと思う心はなく、いろいろにそしって悪人と言いなします。悪人がいれば、あの者はこれほどの悪をなしたが一生無事だ、自分はまだそれほどではない、たやすく通るだろう、などと、私に許しを出すのです。この故に古人も、心の師となれ、心を師とするなと言いました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』卷四・第4段人にまじはるに他の善のみをあげて。他の惡をいはざれ。我不善をあらためて。他の不善をとがむべからず。すべて他のことをいふものは。身の上はかつてしらざるものなり。張南軒語。工於論人者。察巳常疎といへるごとし。ある人いはく不實なるものは。其こゝろ内になくして外にある故。他の非をよく知てかたるなり。是不善をこのめばなり。實なる人は其心内にあつて外になさゆへ。他の非をしらずして語らぬなり。不善をきらへばなり。
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『武士訓』卷二・第6段古語に。衣垢つきたるをあらはず。器かけたるを補ざるをば。人に見することをはづれども。行あかつきたるをあらはず。德かけたるを補ずして。天に對しても。恥ることなきはなんぞやといへり。おもふに世に刀をためし。甲をためすものありといへども。いまだ心をためし。身をためすものをきかず。外をしつて內をわきまへず。本をすてゝ末をとる。まどえるにふらずや。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一人の善を見ては、我もまた此善あらんことを思ひ、是を学び行ふべし。人の不善を見ては、我もまた此不善ありやと、身をかへりみおそれて、もしあらば改むべし。如此すれば、見聞する所の善悪、皆わが助となる。老子の、善人は不善人の師、不善人は善人の資といへるも、此意なり。
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『五常訓』巻之三・仁之下一人は貴き賤しき、唯つねに仁心を存して、日々に、人に利益あることを行ふべし。忿をこらへ、慾をおさへて、日々善行をなすべし。いかりと慾をこらへざれば、善を行ひがたし。唯いかりをおさへ、慾をこらゆる人、善をよく行ふ。わが身を利して、人に損ある事を行ふべからず。我が力にしたがひて、人を救ふべし。仁心をだにたもちなば、日々に善行多かるべし。少しは財をつひやし、少しは心をつかひ、少しは隙をつひやしても、人の利益になる事を行ふべし。人のために益ある事をせずして、我が身に利ある事のみするは、小人の心なり。日々善にならへば、善心日々にさかんになる。日々悪にならへば、悪心日々にさかんになる。善にならへば、日々に楽み、悪にならへば日々に苦む。善悪共にならひによれり。されども悪にはおもむき易し。故におそるべし。善には進みがたし。故につとむべし。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一善も悪も、かならず小をつみて大にいたる。故に善は小なりとて棄つべからず、悪は小なりとて行ふべからず。一古語に、忠臣は二君につかへず、烈女は両夫に更めずといへり。君子の道、節義を守るをおもしとす。節義とは、臣の君につかへ、婦の夫につかふるに、一すぢに忠節義理ありて二心なく、二君につかへず、両夫にあらためず。もし不幸にして、わが身艱難にくるしむとも、君をすて、夫にそむきて、身命ををしむべからず。命を失ふと忠貞の志を改めざるを、節義と云ふ。万の事いみじく、才能ありてうるはしき人も、節義をうしなひて、君にそむきて難をのがれ、夫をすてて人にしたがはば、其余は見るにたらず。一たび節義をうしなひて、利ある方につき、害ある方をのがれ、或は死ぬべき時に死なざれば、一生の名をけがすのみならず、後代までも、ながき悪名をながす。
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『和俗童子訓』巻之二・総論下一幼き時より、善を好んで行ひ、悪を嫌ひて去る、此志専一なるべし。此志なければ、学問しても益をなさず。小児の輩第一にここに志あるべし。此事、前にもすでに言ひつれども、幼年の人々のために、又返す返す丁寧に告ぐるなり。人の善を見ては、我も行はんと思ひ、人の不善を見ては、我が身を顧みて、其ごとくなる不善あらば改むべし。此の如くすれば、人の善悪を見て、皆我が益となる。もし人の善を見ても、我が身に取りて用ひず、人の不善を見ても、我が身を顧みざるは、志なしと云ふべし。愚なるの至なり。
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