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武士訓 / 卷二・第11段

めしこめらるゝははぢにあらず。無緣のものなれども。あながちにねがふべき婿にあらず。ましてやかれにあはれみをもとめんは。勇士の耻るところなりとて。返辭しけるは。御使よろこび候ぬ。まことに傍輩として。とふらせたまふこと。御こゝろざし謝しがたく候。たゞしたしくならせ給ふとはいぶかしく侍る。番はひとり身にて候へば。御ゆかりになり申べき事候はずとあからかにいひたりければ。遠景大にいきどほり。かへつて讒したりける故。いよ〳〵おもくなりにけり。さるほどに。大將。康衡退治のため。兵を汰らるゝとき。番をめして。汝とくにいとまとらすべかりしかども。おもふところ有て。けふまで生て置たるなり。身の安否は。此たびの合戰によるべしとて。鎧馬鞍など賜けるに。番悦ことかぎりなく。奥州討手の勢にくはゝり。粉骨して。高名をきはめければ。勘氣をゆるされ。本領を賜りて。古郷に歸けりと。古記に見えたり。思ふに今の俗ならば。かゝる緣を得ば。甚だよろこぶべきに。番がこゝろいと殊勝なり。古語に。寧爲玉碎。勿爲瓦全と。これにかなへり。

新字:めしこめらるゝははぢにあらず。無縁のものなれども。あながちにねがふべき婿にあらず。ましてやかれにあはれみをもとめんは。勇士の耻るところなりとて。返辞しけるは。御使よろこび候ぬ。まことに傍輩として。とふらせたまふこと。御こゝろざし謝しがたく候。たゞしたしくならせ給ふとはいぶかしく侍る。番はひとり身にて候へば。御ゆかりになり申べき事候はずとあからかにいひたりければ。遠景大にいきどほり。かへつて讒したりける故。いよ〳〵おもくなりにけり。さるほどに。大将。康衡退治のため。兵を汰らるゝとき。番をめして。汝とくにいとまとらすべかりしかども。おもふところ有て。けふまで生て置たるなり。身の安否は。此たびの合戦によるべしとて。鎧馬鞍など賜けるに。番悦ことかぎりなく。奥州討手の勢にくはゝり。粉骨して。高名をきはめければ。勘気をゆるされ。本領を賜りて。古郷に帰けりと。古記に見えたり。思ふに今の俗ならば。かゝる縁を得ば。甚だよろこぶべきに。番がこゝろいと殊勝なり。古語に。寧為玉砕。勿為瓦全と。これにかなへり。

書き下し

めしこめらるゝははぢにあらず。無緣のものなれども。あながちにねがふべき婿にあらず。ましてやかれにあはれみをもとめんは。勇士の耻るところなりとて。返辭しけるは。御使よろこび候ぬ。まことに傍輩として。とふらせたまふこと。御こゝろざし謝しがたく候。たゞしたしくならせ給ふとはいぶかしく侍る。番はひとり身にて候へば。御ゆかりになり申べき事候はずとあからかにいひたりければ。遠景大にいきどほり。かへつて讒したりける故。いよ〳〵おもくなりにけり。さるほどに。大將。康衡退治のため。兵を汰らるゝとき。番をめして。汝とくにいとまとらすべかりしかども。おもふところ有て。けふまで生て置たるなり。身の安否は。此たびの合戰によるべしとて。鎧馬鞍など賜けるに。番悦ことかぎりなく。奥州討手の勢にくはゝり。粉骨して。高名をきはめければ。勘氣をゆるされ。本領を賜りて。古郷に歸けりと。古記に見えたり。思ふに今の俗ならば。かゝる緣を得ば。甚だよろこぶべきに。番がこゝろいと殊勝なり。古語に。寧爲玉碎。勿爲瓦全と。これにかなへり。

現代語訳

召し籠められているのは恥ではない。縁のない者であるが、無理に願うほどの婿でもない。まして、あの者に憐れみを求めるのは、勇士の恥じるところである、と番は言い、返事をして言いました。お使いの方、ありがたく存じます。まことに傍輩としてお見舞いくださるお志は、お礼の申しようもありません。ただ、親しくなられるとは不審に思います。番は一人身でございますから、御縁になるようなことはございません、とあっさり言ったので、遠景は大いに怒り、かえって讒言したため、番の罪はいよいよ重くなりました。そうこうするうちに、大将が康衡を退治するために兵を集められたとき、番を召して、お前には早く暇を与えるべきであったが、思うところがあって、今日まで生かしておいたのだ。お前の身の安否は、このたびの合戦によるだろう、と言って、鎧や馬、鞍などを賜りました。番の喜びは限りなく、奥州討手の軍勢に加わり、骨身を惜しまず戦って高名を極めたので、勘気を許され、本領を賜って古郷に帰ったと、古い記録に見えます。思うに、いまの世の人ならば、このような縁を得れば大いに喜ぶはずですが、番の心はまことに立派です。古語に「むしろ玉となって砕けるとも、瓦となって全うするなかれ」とあるのは、これにかなっています。

解説

前段を受けて、番は囚われの身を恥とは考えず、憐れみを求めることこそ勇士の恥だとして縁談を断ります。その結果、遠景の讒言で罪は重くなりますが、のちの合戦で功を立て、勘気を許されて本領に帰ったと、本文は古記録に基づいて語ります。蟠龍は、いまの世なら喜んで縁を結ぶところだと述べ、「玉砕して瓦全するなかれ」の古語に重ねて番を称えます。ここから、目先の損を避けて筋を曲げるより、筋を通した結果を引き受ける姿勢が読み取れます。ただし、筋を通せば必ず報われるとは限りません。いまの職場でも、有力者との近づきを優先して自分の立場を曲げないことの重みを、考える材料になります。

この章句が説くこと

筋を通す玉砕と瓦全縁談を断る讒言名誉武士訓

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