論語 / 学而篇
子夏曰、「賢賢易色、事父母能竭其力、事君能致其身、與朋友交言而有信。雖曰未學、吾必謂之學矣。」
新字:子夏曰、「賢賢易色、事父母能竭其力、事君能致其身、与朋友交言而有信。雖曰未学、吾必謂之学矣。」
書き下し
子夏曰く、「賢を賢として色に易え、父母に事えて能く其の力を竭くし、君に事えて能く其の身を致し、朋友と交わるに言いて信有らば、未だ学ばずと曰うと雖も、吾は必ず之を学びたりと謂わん。」
現代語訳
子夏がおっしゃった。「賢者を賢者として敬い、色欲の心を改め、父母に仕えてはよくその力を尽くし、君主に仕えてはよくその身を捧げ、友人と交わるには言葉に信義があるならば、たとえまだ学問を修めていないと言っても、私は必ずその人を学んだ人と言うだろう。」
解説
子夏は、優れた人物を優れた人物として素直に敬い、うわべの魅力に惑わされず心を改め、親には力の限り尽くし、目上の人には身を捧げて仕えるように働き、友人との約束には嘘がない。そういう人であれば、たとえ学問をきちんと学んでいなくても、私はその人を「学んだ人」と呼びたい、と述べています。つまり、本を読んで知識を増やすことだけが学びではなく、身近な誠実な行いこそが本当の学びだということです。見た目の良さや肩書きに惹かれるのではなく、実際にその人がどう行動しているかを見て手本にする。親を大切にし、約束を守り、誠実に付き合う。こうした日々の振る舞いを積み重ねることこそが、どんな勉強よりも人を大きく育てるのです。
この章句が説くこと
賢賢易色孝忠信学問実践
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