論語 / 学而篇
子曰、「弟子入則孝、出則弟、謹而信、汎愛衆而親仁、行有餘力、則以學文。」
新字:子曰、「弟子入則孝、出則弟、謹而信、汎愛衆而親仁、行有余力、則以学文。」
書き下し
子曰く、「弟子、入りては則ち孝、出でては則ち弟、謹みて信、汎く衆を愛して仁に親しみ、行いて余力有らば、則ち以て文を学ぶ。」
現代語訳
先生(孔子)がおっしゃった。「若者たちは、家に帰っては親に孝行し、外に出ては目上の人に従順であり、言動を慎んで誠実であり、広く人々を愛して仁徳のある人に親しみ、これらを実行してまだ余力があるならば、学問を修めなさい。」
解説
孔子は、若い人にまず身につけてほしいこととして、家では親を大切にし、外では年上の人を立て、言動を慎んで誠実であり、多くの人を分け隔てなく思いやり、人格者と進んで付き合うことを挙げています。そして、それらを実践してなお余裕があれば、そこで初めて書物や学問を学びなさい、と説いています。順番が大事だという教えです。知識を詰め込むより先に、人として当たり前のことができているか。挨拶ができる、約束を守る、人を思いやれる。こうした基本が身についていない人が、いくら勉強や仕事の技術だけ優れていても、周りからは信用されません。子育てや後輩の指導においても、まず人としての土台を育てることを優先し、勉強や専門的なことはその後についてくるものだと考えると、教える順番が見えてきます。
この章句が説くこと
弟子孝弟謹信汎愛
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歎異抄・第六条専修念仏の輩の、「わが弟子、ひとの弟子」という相論の候らんこと、もってのほかの子細なり。 親鸞は弟子一人ももたず候。 そのゆえは、わが計らいにて人に念仏を申させ候わばこそ、弟子にても候わめ、ひとえに弥陀の御もよおしにあずかりて念仏申し候人を、「わが弟子」と申すこと、極めたる荒涼のことなり。
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呂氏春秋・當務③楚に直躬なる者有り。其の父羊を竊みて之を上に謁ぐ。上執えて將に之を誅せんとす。直躬なる者之に代らんことを請う。將に誅せんとして、吏に告げて曰く、「父羊を竊みて之を謁ぐ、亦た信ならずや。父誅せられんとして之に代る、亦た孝ならずや。信且つ孝にして之を誅せば、國將た誅せられざる者有らんや。」荊王之を聞き、乃ち誅せざるなり。孔子之を聞きて曰く、「異なるかな直躬の信為るや。一父にして載び名を取る。」故に直躬の信は、信無きに若かず。
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