武士訓 / 卷一・第7段
人生五十年。わづかに一萬八千日なり。そのうち十歲以前までは。書をよみても曉し難し。十歲以後書をよむの日。いとすくなし。君につかふるのいとま。たま〳〵書をよまむとすれども。世務しげく。家事おほくして。こゝろにまかせず。しかりとて。こゝろざしをむなしくすることなかれ。いかにもしてつとめよむべし。たゞし書をよむは。心をたゞしくし。身をおさめんためなるに。目に見て。口に說ながら。忠孝のこゝろなき人は。數萬卷をそらんずとも。書肆にたくはえつみて。他にひさぐに異なるべからず。
新字:人生五十年。わづかに一万八千日なり。そのうち十歳以前までは。書をよみても暁し難し。十歳以後書をよむの日。いとすくなし。君につかふるのいとま。たま〳〵書をよまむとすれども。世務しげく。家事おほくして。こゝろにまかせず。しかりとて。こゝろざしをむなしくすることなかれ。いかにもしてつとめよむべし。たゞし書をよむは。心をたゞしくし。身をおさめんためなるに。目に見て。口に説ながら。忠孝のこゝろなき人は。数万巻をそらんずとも。書肆にたくはえつみて。他にひさぐに異なるべからず。
書き下し
人生五十年。わづかに一萬八千日なり。そのうち十歲以前までは。書をよみても曉し難し。十歲以後書をよむの日。いとすくなし。君につかふるのいとま。たま〳〵書をよまむとすれども。世務しげく。家事おほくして。こゝろにまかせず。しかりとて。こゝろざしをむなしくすることなかれ。いかにもしてつとめよむべし。たゞし書をよむは。心をたゞしくし。身をおさめんためなるに。目に見て。口に說ながら。忠孝のこゝろなき人は。數萬卷をそらんずとも。書肆にたくはえつみて。他にひさぐに異なるべからず。
現代語訳
人生五十年といっても、わずかに一万八千日です。そのうち十歳以前は、書を読んでも理解しがたい。十歳以後も、書を読む日はたいへん少ない。主君に仕える暇に、たまたま書を読もうとしても、世の務めが忙しく、家の事も多くて、心にまかせません。だからといって、志を空しくしてはなりません。何とかして努めて読みなさい。ただし書を読むのは、心を正しくし、身をおさめるためなのに、目で見て、口で説きながら、忠孝の心がない人は、数万巻をそらんじていても、書店に書を蓄え積んで、他に売るのと変わりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』文訓上ここを以て、いとけなくわかき年、早く書をよむべし。もろもろの芸は、年たけてもならひやすし。只、書を読むことは、年たけては、おぼえよわく、気力すくなく、ひますくなし。このゆゑに、いとけなき時より、まづ、芸などのことわざはおろそかにしても、もはらつとめて書を読みならふべし。是、一生の身のたからとなるなり。書を読まざれば、道にくらきのみならず、万の事にくらし。書を読まざる人は、わがくらき事を知らず。はかなしといふべし。弓馬の芸をならひても、文字なければ、芸の理にくらくして其芸いやし。次に六芸をならふべし。もののふは、つるぎ、はこ、拳法などの術ならひ知るべし。文学は本なり、文武の芸は末なり。本なければ人の道立たず、末なければ人のわざ行はれず。
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『武士訓』卷一・第6段凡天地の際にあらゆるところの生類。はかりがたき程おほき中に。萬物の長たる人倫とうまれ。四民の首たる兵士となれるは。はなはだしき幸ならずや。此とき道をしらずして一生を終なんは。醉生夢死なりといきどほりて。書をよみ。道をさとし。忠孝をはげますべし。俗間に。我は不氣根なり。我は病身なりなどいひて。書をよまず。藝をならはず。さりとおもへば。己が渡世の爲か。すき好むことには。晝夜心をつくしても。うみつかれたる躰少も見へざるものあり。是我執ありて。正しきをきらふ遁辭なり。たとひ多病孱弱なりとも。其こゝろざしあらば。ならざることなし。程子の語に陽氣所發。金石亦透。精神一到。何事不成とあり。俗間いやしき歌に。「何事もならぬといふはなきものをならぬといふはなさぬなりけり」ともよめり。
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『武士訓』卷一・第3段士たらんものは。特更おさなきより。まづ文學を專にすべし。學問は人の人たる道なれば。朝夕わするべからず。この故に。蒲宗孟が子孫をいましむる語にも。さむきに衣はなかるべし。飢に食はなかるべし。書をよむことは。一日も失すべからずといへり。學問といへば。ひろきことのやうなれども。つゞむるところ。忠と孝とのふたつにいでず。其他は二つの理にこもれり。いにしへの聖賢の御ことばによりて。心をおさめ。身におとなふ工夫のためなれば。四書。小學近思錄をよみ。師につきて。孝弟忠信禮義廉恥の理をたづね知べし(たゞし專ら程朱の說によりて。學ぶべし。)かくして餘力もあらば。五經にも及び。諸家にもわたるべし。たゞ一言半句にても。今日の上にひきうけて。修行とするを。學問の本意とするなり。たとひもゝとせのよはひをたもつとも。道をしらずして。空しく年月をすごすは。人の人たるにはあらざるなり。古語に腹不飽詩書謂之餒。目不接聖賢謂之瞽。耳不聞善言謂之聾。身不遠聲色謂之窄。行不脫凡俗謂之痼と有。もつともいましめとすべし。
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『文武訓』文訓上文学をつとめずして時をうしなふ人は、一生をむなしく過して身ををはる、をしむべし。芸なければ人事にうとし。一生の間事欠くること多し。わかき時つとめて知るべし。凡はじめにつとむれば、後に楽多し。わかき時まなばざれば、老いて悔ゆれども益なし。智ある人は、一紙のふみを読みても益あり、やがて用にかなふ。愚なれば、百千巻を読んでも用なし。益にたたずしてをはる。ここを以て、わがごとき輩は、宝の山に入りても、手を空しくしてかへりぬ。書をみる人も、崑山に入らば、たからをもとめ得てかへるはかりごとをなすべし。是、書をよむ人の必ず心得べき事なり。しかれども、近年は又、四書五経を読まずして、仮名がきわづかなる書をよみ、文盲なる師の、わづかなる教をききて、道を得たりとて、人にたかぶりほこりて、数十年経伝を見たる学者をもないがしろにす。
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『文武訓』文訓下一凡世の中のこと、すべてわが心にまかせがたく、我ままならぬ事のみぞおほかる。只読書の一事のみ、わがなさんと思ふ志だにあれば、つとめて思ふやうにせんも、我が心のままなり。それだにおこたりてなさず、いたづらに月日をつひやせば、いふかひなくてまことに惜むべし。
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『文武訓』文訓上一わかき時は、書を読むに三のよきことあり。気つよくして、書を多く読んでもつかれず、是一なり。いとま多く妨なくて、書を多く読みやすし、是二なり。わかく気さかんなれば、記臆つよくしておぼえやすし、是三なり。此三の事、書を読むによし。又年たけて後書をよむに、あしきこと三あり、一には、すでに君につかうまつりて、つかさどることあり。人のまじはりしげくなり。家の事又おほくしては、書を読むにいとまなし。二には、としやうやく長けぬれば、気よわくなりて、つとめて書を多く読むことかたし。三には、三十より後は、としどしにおぼえよわくなりもてゆけば、少年の時、一たび読んでおぼゆるほどの事を、年たけぬれば、十たび読んでもおぼえず。
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