武士訓 / 卷一・第2段
內に私欲奸佞の心敵を滅し。外に邪惡暴逆の賊徒を誅し。身心政事にいたるまで。なべてたゞちにいさぎよく。おのづから威ありて。天が下を畏服せしめ給ふべしとのこゝろなり(もろこしにて智仁勇の三德といへるは其義一なり。仁智勇は五倫をおこなふ心の德なり。)和なければ人したしまず。この故によく柔なり。威なければ下あなどる。この故によく剛なり。まがればをしへおこなはれず。この故によく正直なり。かくのごとくならずしては。身をおさめ。家を齊え。國をおさめ。天下を平にすることあたはざるなり。上古は。書もなく。字もなければ。此三種をつくりて敎とし。皇孫にしめし。神器のたとえの三德をまもり給はゞ。寶祚の隆こと。まさに天壤ときはまりなかるべしとの御敎なり。(是神道皇道にして文武の兩道なり。)かくてのち皇孫天降らせ給ふに。天物部等二十五人兵仗を帶して供奉す。神武天皇東征のゝち。饒速日尊の子宇摩志麻治命武功すぐれたるによつて。軍士をぐして。內裏を守護せしむることを命ぜらる。其司るところを物部といふ。是等の事よりして。武士を。ものゝふと訓ずることはじまれり。
新字:内に私欲奸佞の心敵を滅し。外に邪悪暴逆の賊徒を誅し。身心政事にいたるまで。なべてたゞちにいさぎよく。おのづから威ありて。天が下を畏服せしめ給ふべしとのこゝろなり(もろこしにて智仁勇の三徳といへるは其義一なり。仁智勇は五倫をおこなふ心の徳なり。)和なければ人したしまず。この故によく柔なり。威なければ下あなどる。この故によく剛なり。まがればをしへおこなはれず。この故によく正直なり。かくのごとくならずしては。身をおさめ。家を斉え。国をおさめ。天下を平にすることあたはざるなり。上古は。書もなく。字もなければ。此三種をつくりて教とし。皇孫にしめし。神器のたとえの三徳をまもり給はゞ。宝祚の隆こと。まさに天壤ときはまりなかるべしとの御教なり。(是神道皇道にして文武の両道なり。)かくてのち皇孫天降らせ給ふに。天物部等二十五人兵仗を帯して供奉す。神武天皇東征のゝち。饒速日尊の子宇摩志麻治命武功すぐれたるによつて。軍士をぐして。内裏を守護せしむることを命ぜらる。其司るところを物部といふ。是等の事よりして。武士を。ものゝふと訓ずることはじまれり。
書き下し
內に私欲奸佞の心敵を滅し。外に邪惡暴逆の賊徒を誅し。身心政事にいたるまで。なべてたゞちにいさぎよく。おのづから威ありて。天が下を畏服せしめ給ふべしとのこゝろなり(もろこしにて智仁勇の三德といへるは其義一なり。仁智勇は五倫をおこなふ心の德なり。)和なければ人したしまず。この故によく柔なり。威なければ下あなどる。この故によく剛なり。まがればをしへおこなはれず。この故によく正直なり。かくのごとくならずしては。身をおさめ。家を齊え。國をおさめ。天下を平にすることあたはざるなり。上古は。書もなく。字もなければ。此三種をつくりて敎とし。皇孫にしめし。神器のたとえの三德をまもり給はゞ。寶祚の隆こと。まさに天壤ときはまりなかるべしとの御敎なり。(是神道皇道にして文武の兩道なり。)かくてのち皇孫天降らせ給ふに。天物部等二十五人兵仗を帶して供奉す。神武天皇東征のゝち。饒速日尊の子宇摩志麻治命武功すぐれたるによつて。軍士をぐして。內裏を守護せしむることを命ぜらる。其司るところを物部といふ。是等の事よりして。武士を。ものゝふと訓ずることはじまれり。
現代語訳
内には私欲やへつらいの心という敵を滅ぼし、外には邪悪で乱暴な賊徒を誅し、身も心も政事に至るまで、すべてまっすぐにいさぎよく、おのずから威があって、天下を畏れ従わせなさい、という心です(中国で智・仁・勇の三徳というのも、その意味は同じです。仁・智・勇は五倫を行う心の徳です)。和がなければ人は親しみません。だからよく柔らかであるのです。威がなければ下の者が侮ります。だからよく剛であるのです。曲がっていれば教えは行われません。だからよく正直であるのです。このようでなくては、身をおさめ、家をととのえ、国をおさめ、天下を平らかにすることはできません。上古は書物もなく、文字もなかったので、この三種のものを作って教えとし、皇孫に示し、神器にたとえた三徳をお守りになるなら、皇位の栄えは天地とともに窮まりないであろう、というお教えです。(これが神道・皇道であり、文武の両道です。)こうして後、皇孫が天降りなさるとき、天物部ら二十五人が武器を帯びてお供しました。神武天皇が東征された後、饒速日尊の子の宇摩志麻治命が武功にすぐれていたので、軍士を率いて内裏を守護するよう命じられました。その司るところを物部といいます。これらのことから、武士を「ものゝふ」と訓むことが始まりました。
解説
この章句が説くこと
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『武士訓』卷一・第1段そも〳〵武士のはじまりをたづぬるに。ちはやふる神代のむかし。天御中主尊天照太神。盟皇孫天津彥々火瓊々杵尊曰。天皇。八坂瓊の勾れるがごとく曲妙をもつて。天が下の政をおさめ。白銅鏡のごとく分明をもつて。山川海原までを看行し。この靈劔を提げて。天下を平げ。萬民を利せしめ給へとなり。八坂瓊は柔順を表し給ふ。此器のごとく溫潤の仁德をもつて天が下の政事をきこしめすべし。曲妙とは。まどかにかゞめるをいふ。道は一定の直にあらず。事物にしたがひ時宜をとる。則時に中するの道なり。白銅鏡は正直を表し給ふ。鏡は一物をたくはへず。私のこゝろなくして。萬象をてらすに。是非善惡のすがたあらはれずといふことなし。其すがたにしたがひて。感應あるを德とす。正直の本元なり。鏡は。もとより明をかたちとせり。心性あきらかなれば。慈悲決斷は其中にあり。鏡のごとく分明なる正直の智をもつて。見そなはしめ給はゞ。朝に佞邪なく。野に遺賢なく。政道すなほにして。上下のこゝろよく通達し。萬民おの〳〵其ところを得べしとなり。靈劔は決斷を表し給ふ。至剛無欲にかたどりて。
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『武訓』下・第23段武士を、物の部といふこと、神武天皇の御時、宇麻志麻治命と、道臣命と、軍兵を具して、內裏を守る。道臣命の司れる軍兵をば、兵といふ。宇麻志麻治命の司れるを、物部といひし故なり。
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『文武訓』武訓下一武士を物の部といふこと、神武天皇の御時、宇麻志麻治命と、道臣命と、軍兵を具して内裏を守る。道臣命の司れる軍兵をば兵といふ。宇麻志麻治命の司れるを、物部といひし故なり。一戦陣に川を渡すに、河辺にのぞんで乗り入る所と、向ひのあがり所をよく見定むべし。むかひあがり場悪しければ、あがりにくく、敵にうたれ身方に越さる。川ほりなどありて、馬にて飛びこすべきとおもふ所は、かねて馬を乗るに、馬の足をはやめ、其勢を以て飛び越さすべし。かち立にて走り越ゆるも同意なり。敵川を越来るを待ちて戦ふに、古法に、半渡るをうつといふ。半渡とは、敵川半まで渡り来るといふ事には非ず。身方は、川ばたより二三町ほど引退きて陣をなし、敵の川をこし来るをうつ。敵兵半ば岸よりあがりて、備いまだ定まらず、半ば未だ川中にありて渡る時、此方よりきそひかかりて、敵の備なきを急にうつて、敵を川に追ひはめ打つをいふ。是必ず利ある謀なり。
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『武治提要』武德・第2段中庸を能して不惑、中立して不倚、富貴も奪と不能、貧賤も移すべからず、聲色も動すべからざる如きは、聖賢說處の勇武也。如此其品不同といへども、武の大本に於て一貫せずと云となし、暫く大小精粗の差あるのみ也。或は古人のあとをとめ、或は文字の說を必とするときは、武の說其蘊奧徹底に至り難し。德は得也、吾これを得て以て安しとし、人これを得て其處に安んずる、これを德と云也。武を以て吾を脩るは武德の始也。武を以て士を治るは武德の終り也。武を以て天下を化するは武德の極功也。始終本末貫通して殘すとなき、是眞の武德也。本邦は武國にして、頼朝公以來大一統武門に出、故に武德を以て治平の基盤を立ざるときは、其根蒂輭弱にして傾廢すると易し。武德の實甚深重なり。
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『文武訓』武訓下一武に本末あり。知仁勇の徳は本なり。武徳なければ武の道立たず。弓馬刀鎗の類のわざは芸なり、末なり。武芸なければ敵と戦ひがたし。夫知仁勇の三徳は、大将、士卒、皆たつとぶべし。知なくしては兵を用ひがたし。仁なければ士卒そむきてしたがはず。忠孝を行はず、義理にそむき、敵をたひらげ、民をやすんずることなし。利欲によつて乱をおこし、かへつて害となる。勇なければ仁義忠孝のはげみなく、敵をうちたひらぐるにちからなし。故に、知仁の道も勇なければ行はれず。凡此三の者は武の徳なれば、一も闕けぬれば武の道立たず。又弓馬刀鎗の芸を知らざれば、徳ありても、戦にのぞみて敵に勝つことかたし。故に兵を用ふるには、大将も士卒も、武芸を知らずんばあるべからず。但、大将は芸に専なるべからず。本を本とし末を末とすべし。
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『文武訓』武訓上一凡武士となる者は、忠孝義理の志なくしては、武勇おろそかに節義闕けて、奉公の道たたず。又武士の家に生れ、兵術武芸を知らず、武具をそなへず、軍用乏しくては、たとひ心たけくとも、武勇のつとめおろそかなるべし。故に武士の道、内には忠孝義理を以て本として兵法を知り、外には武芸をならひ、武備ともしからざるを以て助とす。武士として忠孝義理の道をしらず、兵法武芸にうとく、武備なくんば、武士の業を失へりといふべし。武芸は匹夫の勇のはたらきなり。其位に応じて学ぶべし。大人は、武芸に専一に心を用ふべからず。芸になづめば道行はれず。武備はかねて定め置くべし。平生無事の時心を用ひ、其分限に応じて、人馬、武具、家人の兵器、馬具、金銀、米銭等まで、かねてそなへ置き、籍にしるし、不足なく用意すべし。出陣の時にのぞみては、兼て定めし制法にしたがひ、何の用意もなく、何時も即時に打立つやうにすべし。凡事予則立とは是なり。何事もかねて用意なくしては、俄の時につまづくものなり。
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