武備和訓 / 卷一・仁義の徳なき武士は人心を失う
一武士といへば、三民おの〱剛きもの也と心得、平伏する心あるは、彼仁義の威光ある故也、然れば萬物の靈長たる人間、仁義の道に歸服する事いちじるければ、武士其德を失ざる事を、晝夜に思慮すべし、外にいか程刀劔弓鐵砲の類のごとき剛きものを飾り威すといふとも、內に仁義の德なくんば、自然と君に不忠の心を生じ、三民の爲に心を離さるべし、然るに至らぬ武士の上を見るに、天性我は武士也、無心なる事は君命をも用ひじ、三民本より人倫に遠しなど云て、我意をふるまひ、召仕の者にあらく、武の武たる事をしらず、唯物毎ぶこつにして、沈勇溫毅ならざる武士あり、かならず愼むべし、柔なる中よりならでは、剛き事も出ず、靜なる中よりならでは、速き事も出ず、仁より出ざる勇は、勇とするにたらず、されば君恩にあらざれば、一族從者をも養ふ事あたわず、百姓にあらざれば、衣食の本を生る事なし、工商にあらざれば、衣も家も製しがたし、君の爲ならざれば死を致さじ、三民は我を以父のごとくおもふべし、我は三民を以て子のごとくすべしと、覺悟して遷らざるものを、仁義とは云也、常に本心かくのごとくならば、君は深く我を愛し、三民は厚く我を敬ふべし、
新字:一武士といへば、三民おの〱剛きもの也と心得、平伏する心あるは、彼仁義の威光ある故也、然れば万物の霊長たる人間、仁義の道に帰服する事いちじるければ、武士其徳を失ざる事を、昼夜に思慮すべし、外にいか程刀剣弓鉄砲の類のごとき剛きものを飾り威すといふとも、内に仁義の徳なくんば、自然と君に不忠の心を生じ、三民の為に心を離さるべし、然るに至らぬ武士の上を見るに、天性我は武士也、無心なる事は君命をも用ひじ、三民本より人倫に遠しなど云て、我意をふるまひ、召仕の者にあらく、武の武たる事をしらず、唯物毎ぶこつにして、沈勇温毅ならざる武士あり、かならず慎むべし、柔なる中よりならでは、剛き事も出ず、静なる中よりならでは、速き事も出ず、仁より出ざる勇は、勇とするにたらず、されば君恩にあらざれば、一族従者をも養ふ事あたわず、百姓にあらざれば、衣食の本を生る事なし、工商にあらざれば、衣も家も製しがたし、君の為ならざれば死を致さじ、三民は我を以父のごとくおもふべし、我は三民を以て子のごとくすべしと、覚悟して遷らざるものを、仁義とは云也、常に本心かくのごとくならば、君は深く我を愛し、三民は厚く我を敬ふべし、
書き下し
一武士といへば、三民おの〱剛きもの也と心得、平伏する心あるは、彼仁義の威光ある故也、然れば萬物の靈長たる人間、仁義の道に歸服する事いちじるければ、武士其德を失ざる事を、晝夜に思慮すべし、外にいか程刀劔弓鐵砲の類のごとき剛きものを飾り威すといふとも、內に仁義の德なくんば、自然と君に不忠の心を生じ、三民の爲に心を離さるべし、然るに至らぬ武士の上を見るに、天性我は武士也、無心なる事は君命をも用ひじ、三民本より人倫に遠しなど云て、我意をふるまひ、召仕の者にあらく、武の武たる事をしらず、唯物毎ぶこつにして、沈勇溫毅ならざる武士あり、かならず愼むべし、柔なる中よりならでは、剛き事も出ず、靜なる中よりならでは、速き事も出ず、仁より出ざる勇は、勇とするにたらず、されば君恩にあらざれば、一族從者をも養ふ事あたわず、百姓にあらざれば、衣食の本を生る事なし、工商にあらざれば、衣も家も製しがたし、君の爲ならざれば死を致さじ、三民は我を以父のごとくおもふべし、我は三民を以て子のごとくすべしと、覺悟して遷らざるものを、仁義とは云也、常に本心かくのごとくならば、君は深く我を愛し、三民は厚く我を敬ふべし、
現代語訳
一つ、武士といえば、三民(農工商)はみな強いものだと心得て、平伏する心があるのは、あの仁義の威光があるからです。そうであれば、万物の霊長である人間が仁義の道に帰服することは明らかなのですから、武士はその徳を失わないことを、昼も夜も思慮すべきです。外にどれほど刀剣・弓・鉄砲の類のような強いものを飾り、威しても、内に仁義の徳がなければ、自然と君に不忠の心を生じ、三民のためにも心が離されるでしょう。ところが、至らない武士の様子を見ると、生まれつき自分は武士であるとして、無心な事は君命さえも用いず、三民はもとより人の道から遠いなどと言って、わがままに振る舞い、召し使う者にあらく当たり、武が武たるゆえんを知らず、ただ物事に無骨で、沈着・勇気・温和・剛毅を欠いた武士がいます。かならず慎むべきです。柔らかな中からでなければ、強いことも出ず、静かな中からでなければ、速いことも出ません。仁から出ない勇は、勇とするに足りません。ですから、君の恩がなければ一族や従者を養うことができず、百姓がなければ衣食の本を生むことができず、職人・商人がなければ衣も家も作りがたいのです。君のためでなければ死を致さない、三民は自分を父のように思うべきであり、自分は三民を子のように扱うべきだと、覚悟して変わらない者を、仁義というのです。常に本心がこのようであれば、君は深く私を愛し、三民は厚く私を敬うでしょう。
解説

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『武備和訓』・卷一・文武は左右の手、武は鞘に収めて威を保つ一武士仁義文武を家業とすると云事は、此仁義の內に諸の事こもれり、本より君臣、父子、禮智信の道は、いふにも及ばざればなり、然るに文武の二ッのものは、たとへば左右の手のごとし、相助ずしては立べからず候、それ文道は、書を讀ざれども、よく行ひの道であたるをもつて、士君子とし、武道は常に勵務めて、用る事なきを以、達德の賢武士とせり、仁義本より文武の二ッなり、仁は文道の花のごとく、義は武道の花のごとし、此二ッをよく治得て、自由するものをもつて、智といへり、右三ッのもの〻、全く備るを以、智仁勇の三德とはいへり、されば寢ても、寤ても、或は食事の時も此仁義の道ははなるべからず候、此道缺たる人をば、祿貴く、爵高くとも、武門とはいひ難く候、然るに文學を好みあまたの書を見るとも、道を行ずして仁化なき人は、文あるとはいふべからず候、又武藝千萬人に秀るとも、血氣にはやり、剽殺を事とする人は、武とは云べからず候、武は內に藏て外に陽さず、則刀劔の鞘にありて、其威の嚴なるがごとし、是其鞘をはづすに至りては、武德の衰へたるにて、勝ても仁義の勇者とせず、武功は亂世にのみありとおもひ、劔は鞘をはづして功を立るものとのみおもふは、大なる僻事なるべく候、亂るゝ時に軍を出し、常に刀劔の鞘をはづす事は、唯やむ事を得ざるにて、智仁勇の心には不可有候、
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『武備和訓』・卷一・武士は義理を主とし国の要となる一士農工商の人々、みな天命の性は同事にして、四家にわかれて家業を務るに、格別品かわりたる人のやうに見へ侍り候へ共、是は各其主意によりて、武士は仁義文武の道を習ひ、義理を以て主意といたし候、其外の三家は、少づゝの差は可有候へ共、大意はみな利を以て主といたし候、武士の義理を主とする事は、定る產ありて命根を養ひ、其本立てしづかなる故、此所におゐて煩なければ、三民の上に位して、武備をおさめて君に仕へ、下を敎て、上下の中間に居し、國を守る事、たとへば扇に要あるがごとし、されば其要全からざる時は、國家かならず殆かるべし、又家業の仁義文武の道を忘るゝ時は、其心利にうつりて、農工商の三家に同じかるべく候、然れば武士は君に仕へて忠信を存し、下を敎て慈愛をほどこすの外は、心に思ふ事さらになかるべく候、
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『武備和訓』・卷二・道の大本を立て、利を捨てて学ぶ一武士文武の藝を習ふは、己れが仁義の家業を忘れず、忠孝を失ふまじき爲なれば、道の大本を立て、私の利を舍つべし、多くは道を捨て、利にもとづくにより、師を殺し、君父に乖く如きの人、武門に多し、君父師に背きて、己が身を立るは、禽獸にもあるまじき道なり、誠に小き蟲なれども、蜂にさへ君臣の義あり、主を殺す虫あれば、必ず臣讎を復する事目前也、然れば道をしらずして血勇に誇り、仁義の家業を忘れたるは、蜂にもおとりたれば、禽獸ともいふべからず、まして況や武士をや、武は則義なり、義は武の德なれば、武士を通稱して義士といはんも可ならんか、かならずしも、武士の義あるべき事の、勿論なるを思ふべし、次に智を明にして、善を善とし、惡を惡とし、假令君父師の事跡たりとも、惡を捨て、善を習ふべし、聖人にあらざれば、過なき事あたわず、されば軍術を學ぶとも、先づ仁義王道の兵法を尋聞て、道の大本を察し、其後和軍を習稽ふべし、深く文字に通ぜずとも、王覇の兵論を聞事難しとすべからず、先其大意を聞定て、後に和の軍術を習はゞ、心利貪にかたまる事あるべからず、必ず人少年の時、聞容たる事を是とし、壯年の後に聞事を非とするものなり、必ず心得べし、若心、利にうつり、忠孝にくらくば、長く大勇を曉る事あるべからず、當世には人文過半ひらけて、和げ著す處の書多く、俗に通ずる和漢の記錄ども不少ば、古を鑑として、今を稽へ、かりそめにも義路にあらずんば行べからず、道のくはしき事を知事ならずば、其道ありといふ噂ばかりも聞べし、
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『武備和訓』・卷一・忠孝を忘れず、官禄で人を卑しめない一武士はかりそめにも、忠孝の二ッを忘るべからず候、此二ッのものに徹せざれば、節義に望んで其心危かるべし、鍔際に至りて心をひるがへすものは、武士にあらず、農工商の三家といふとも、主人となり、家人と成て、道を盡す事は、品こそかわれ、其こゝろばせにへだてはなし、唯義を重んじて節に死すると、死せざるとの差なれば、節義を失ひたる者を武門に入ざるは、道の至極にあらずや、武家に生れて誰かは義を見て勇なからん、折にふれ、時にしたがひて、人に後るゝ事あるは、心がけのうすき故なるべし、村上彦四郎義輝は、大塔宮の近臣にて、宮にしたがひ奉り、しば〱忠勇を勵す、宮すでに吉野の城を落させ給ふ時、御旗鎧をたまわり、みづから大塔宮と稱し、漢の紀信が忠烈をしたひ、堅陣をついて敵を挫き、御命にかはり、終に自殺す、誠に武士たる者、此人の擧動を聞くときは、あやしの中間小者に至るまで、涙を流して、其美操をかんぜずと云事なし、忝くも宮の御命に代り、御名をおかしたれば、是凡人にはあらず、武士たる者の目には、三公よりも貴かるべし、惣じて武門におゐては、官祿の高下を以てみだりに其人を卑むべからず、志によりて一刀の僕たりとも諸侯をも恥べからず、
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『武訓』上・第1段武に本末あり。忠孝義勇は、兵法の本なり。武德なり。節制謀略は、兵法なり。節制とは、人數をくばり、兵を行る道、是、いはゆる軍法なり。弓矢劔戟等の兵器の術は、兵法の末なり。武藝なり。本末ともにそなはるをよしとす。武藝は、兵法を本とし、兵法は、仁義を本とす。此の三の品あることをしりて、其の序をわかち、其の輕重を知るべし。三の者かぬることを得ずんば、忠孝義理の武德をはげむべし。武藝をしらざる人も、忠孝義理の勇あれば、戰功を立て、武名を得る人多し。武藝に達すとも、忠義なき臆病人ならば、戰功を立て武名をとることかたかるべし。君子は本をつとむ。本立ちて道生るとは、是なり。武藝は、まことに學ぶべくして、すつべからずといへど、必、武德を本として、つとめはげますべし。輕重本末あることをしるべし。又、忠義と剛勇とも、本末あり。程子曰、人必有仁義之心、而後有仁義之氣。仁義の心は、本なり。剛勇は、仁義の氣なり。末なり。仁義の心あれば、勇氣は、おのづから出てくるなり。仁義なくして武勇を好めば、大人は亂をおこし、小人は盜賊となる。
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『武人訓抄録』・仁義は左右の翼一仁と義とは左右の翼の如し、假にも偏廢すべからず、夫れ仁義の人に在、是をもて立り、故に云、立天之道曰陰與陽、立地之道曰剛與柔、立人之道曰仁與義と也、仁とは譬へば文德の如し、義とは譬へば武德の如し、二物を外にして又人道ある事なし、此故に仁を主とせざるものは、百年聖經を學ぶといふとも聖門の徒といふべからず、義を本とせざるものは、生涯武備を習ふとも武家の倫となすべからず、但如斯論ずる時は、仁は專ら聖門の道のごとく、義は偏に武家の道のごしといへども、凡そ仁あるものは必ず義あり、義あるものは必ず仁あり、武家何ぞ其義を取て其仁を舍つべき、姑君臣躰と用とを異にするのみ、故に君としては仁を躰とし義を用とし、臣としては義を躰とし仁を用とし、仁義互に相配して恆の心とせんとを要す、是神武習學の本旨なり、