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武士訓 / 卷一・第1段

そも〳〵武士のはじまりをたづぬるに。ちはやふる神代のむかし。天御中主尊天照太神。盟皇孫天津彥々火瓊々杵尊曰。天皇。八坂瓊の勾れるがごとく曲妙をもつて。天が下の政をおさめ。白銅鏡のごとく分明をもつて。山川海原までを看行し。この靈劔を提げて。天下を平げ。萬民を利せしめ給へとなり。八坂瓊は柔順を表し給ふ。此器のごとく溫潤の仁德をもつて天が下の政事をきこしめすべし。曲妙とは。まどかにかゞめるをいふ。道は一定の直にあらず。事物にしたがひ時宜をとる。則時に中するの道なり。白銅鏡は正直を表し給ふ。鏡は一物をたくはへず。私のこゝろなくして。萬象をてらすに。是非善惡のすがたあらはれずといふことなし。其すがたにしたがひて。感應あるを德とす。正直の本元なり。鏡は。もとより明をかたちとせり。心性あきらかなれば。慈悲決斷は其中にあり。鏡のごとく分明なる正直の智をもつて。見そなはしめ給はゞ。朝に佞邪なく。野に遺賢なく。政道すなほにして。上下のこゝろよく通達し。萬民おの〳〵其ところを得べしとなり。靈劔は決斷を表し給ふ。至剛無欲にかたどりて。

新字:そも〳〵武士のはじまりをたづぬるに。ちはやふる神代のむかし。天御中主尊天照太神。盟皇孫天津彦々火瓊々杵尊曰。天皇。八坂瓊の勾れるがごとく曲妙をもつて。天が下の政をおさめ。白銅鏡のごとく分明をもつて。山川海原までを看行し。この霊剣を提げて。天下を平げ。万民を利せしめ給へとなり。八坂瓊は柔順を表し給ふ。此器のごとく温潤の仁徳をもつて天が下の政事をきこしめすべし。曲妙とは。まどかにかゞめるをいふ。道は一定の直にあらず。事物にしたがひ時宜をとる。則時に中するの道なり。白銅鏡は正直を表し給ふ。鏡は一物をたくはへず。私のこゝろなくして。万象をてらすに。是非善悪のすがたあらはれずといふことなし。其すがたにしたがひて。感応あるを徳とす。正直の本元なり。鏡は。もとより明をかたちとせり。心性あきらかなれば。慈悲決断は其中にあり。鏡のごとく分明なる正直の智をもつて。見そなはしめ給はゞ。朝に佞邪なく。野に遺賢なく。政道すなほにして。上下のこゝろよく通達し。万民おの〳〵其ところを得べしとなり。霊剣は決断を表し給ふ。至剛無欲にかたどりて。

書き下し

そも〳〵武士のはじまりをたづぬるに。ちはやふる神代のむかし。天御中主尊天照太神。盟皇孫天津彥々火瓊々杵尊曰。天皇。八坂瓊の勾れるがごとく曲妙をもつて。天が下の政をおさめ。白銅鏡のごとく分明をもつて。山川海原までを看行し。この靈劔を提げて。天下を平げ。萬民を利せしめ給へとなり。八坂瓊は柔順を表し給ふ。此器のごとく溫潤の仁德をもつて天が下の政事をきこしめすべし。曲妙とは。まどかにかゞめるをいふ。道は一定の直にあらず。事物にしたがひ時宜をとる。則時に中するの道なり。白銅鏡は正直を表し給ふ。鏡は一物をたくはへず。私のこゝろなくして。萬象をてらすに。是非善惡のすがたあらはれずといふことなし。其すがたにしたがひて。感應あるを德とす。正直の本元なり。鏡は。もとより明をかたちとせり。心性あきらかなれば。慈悲決斷は其中にあり。鏡のごとく分明なる正直の智をもつて。見そなはしめ給はゞ。朝に佞邪なく。野に遺賢なく。政道すなほにして。上下のこゝろよく通達し。萬民おの〳〵其ところを得べしとなり。靈劔は決斷を表し給ふ。至剛無欲にかたどりて。

現代語訳

そもそも武士の始まりをたずねると、神代の昔にさかのぼります。天御中主尊・天照太神が、皇孫の天津彦々火瓊々杵尊にお誓いになって言われました。天皇は、八坂瓊の勾玉が曲がりめぐって美しいように、曲妙をもって天下の政をおさめ、白銅鏡のようにはっきりとした明らかさをもって、山川や海原までも見渡し、この霊剣を提げて天下を平らげ、万民に利をもたらしなさい、ということです。八坂瓊は柔順を表します。この玉のように、おだやかでやわらかな仁徳をもって、天下の政事をお聞きになるべきだというのです。曲妙とは、まるく曲がることをいいます。道はいつも一定の真っすぐなものではなく、物事に従い、時宜をとります。つまり、時に適う道です。白銅鏡は正直を表します。鏡は一物も蓄えず、私心がなく、万象を照らすので、是非善悪の姿が現れないことはありません。その姿に応じて感応のあることを徳とします。正直の本元です。鏡はもともと明るさを形としています。心の本性が明らかであれば、慈悲も決断もその中にあります。鏡のように明らかな正直の智をもってご覧になれば、朝廷にはへつらう邪な者がなく、民間に遺された賢者もなく、政道はすなおで、上下の心はよく通じ、万民はそれぞれ所を得るでしょう、ということです。霊剣は決断を表します。この上なく剛くて無欲であることになぞらえて、

解説

この段は、武士の始まりを神代の話から語り起こし、玉・鏡・剣のそれぞれに込められた意味を説いています。玉は柔順と仁徳、鏡は私心のない正直と明るさ、剣は決断と至剛無欲を表すとされます。鏡の説明では、心が明らかであれば慈悲も決断もその中にある、という見方が目を引きます。この章句は文の途中で終わり、剣の説明は次の段へ続きます。いまの組織に置き直すと、リーダーに求められるのは、温かさ、曇りのない目、決める力の三つが揃うことだと読めます。自分はどれに偏っているかを点検する手がかりになります。

この章句が説くこと

武士の始まり神器正直決断柔順武士訓

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