文武訓 / 武訓下
一武士を物の部といふこと、神武天皇の御時、宇麻志麻治命と、道臣命と、軍兵を具して內裏を守る。道臣命の司れる軍兵をば兵といふ。宇麻志麻治命の司れるを、物部といひし故なり。一戰陣に川を渡すに、河邊にのぞんで乘り入る所と、向ひのあがり所をよく見定むべし。むかひあがり場惡しければ、あがりにくゝ、敵にうたれ身方に越さる。川ほりなどありて、馬にて飛びこすべきとおもふ所は、かねて馬を乘るに、馬の足をはやめ、其勢を以て飛び越さすべし。かち立にて走り越ゆるも同意なり。敵川を越來るを待ちて戰ふに、古法に、半渡るをうつといふ。半渡とは、敵川半まで渡り來るといふ事には非ず。身方は、川ばたより二三町ほど引退きて陣をなし、敵の川をこし來るをうつ。敵兵半ば岸よりあがりて、備いまだ定まらず、半ば未だ川中にありて渡る時、此方よりきそひかゝりて、敵の備なきを急にうつて、敵を川に追ひはめ打つをいふ。是必ず利ある謀なり。
新字:一武士を物の部といふこと、神武天皇の御時、宇麻志麻治命と、道臣命と、軍兵を具して内裏を守る。道臣命の司れる軍兵をば兵といふ。宇麻志麻治命の司れるを、物部といひし故なり。一戦陣に川を渡すに、河辺にのぞんで乗り入る所と、向ひのあがり所をよく見定むべし。むかひあがり場悪しければ、あがりにくゝ、敵にうたれ身方に越さる。川ほりなどありて、馬にて飛びこすべきとおもふ所は、かねて馬を乗るに、馬の足をはやめ、其勢を以て飛び越さすべし。かち立にて走り越ゆるも同意なり。敵川を越来るを待ちて戦ふに、古法に、半渡るをうつといふ。半渡とは、敵川半まで渡り来るといふ事には非ず。身方は、川ばたより二三町ほど引退きて陣をなし、敵の川をこし来るをうつ。敵兵半ば岸よりあがりて、備いまだ定まらず、半ば未だ川中にありて渡る時、此方よりきそひかゝりて、敵の備なきを急にうつて、敵を川に追ひはめ打つをいふ。是必ず利ある謀なり。
書き下し
一武士を物の部といふこと、神武天皇の御時、宇麻志麻治命と、道臣命と、軍兵を具して内裏を守る。道臣命の司れる軍兵をば兵といふ。宇麻志麻治命の司れるを、物部といひし故なり。一戦陣に川を渡すに、河辺にのぞんで乗り入る所と、向ひのあがり所をよく見定むべし。むかひあがり場悪しければ、あがりにくく、敵にうたれ身方に越さる。川ほりなどありて、馬にて飛びこすべきとおもふ所は、かねて馬を乗るに、馬の足をはやめ、其勢を以て飛び越さすべし。かち立にて走り越ゆるも同意なり。敵川を越来るを待ちて戦ふに、古法に、半渡るをうつといふ。半渡とは、敵川半まで渡り来るといふ事には非ず。身方は、川ばたより二三町ほど引退きて陣をなし、敵の川をこし来るをうつ。敵兵半ば岸よりあがりて、備いまだ定まらず、半ば未だ川中にありて渡る時、此方よりきそひかかりて、敵の備なきを急にうつて、敵を川に追ひはめ打つをいふ。是必ず利ある謀なり。
現代語訳
武士を「もののふ」ということは、神武天皇の御代に、宇麻志麻治命と道臣命が軍兵を率いて内裏を守り、道臣命の司る軍兵を「兵」と言い、宇麻志麻治命の司る者を「物部」と言ったからです。戦場で川を渡るには、川辺に臨んで馬を乗り入れる所と、向こう岸の上がり所をよく見定めるべきです。向こうの上がり場が悪ければ上がりにくく、敵に討たれ、味方に先を越されます。堀などがあって馬で飛び越そうと思う所は、あらかじめ馬に乗るとき馬の足を速め、その勢いで飛び越させるべきです。徒歩で走って越えるのも同じ理屈です。敵が川を越えて来るのを待って戦うには、古い兵法に「半ば渡るところを討つ」といいます。半渡とは、敵が川の半ばまで渡って来るという事ではありません。味方は川端から二、三町ほど退いて陣を構え、敵が川を越えて来るのを討つのです。敵兵の半分が岸に上がって備えがまだ定まらず、半分はまだ川の中にあって渡っているとき、こちらから競って掛かって、敵の備えのないところを急に討ち、敵を川に追い込んで討つことをいいます。これは必ず利のある謀です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓下一或武人、敵と我、両人戦ふ時のこころをよめる拙き歌あり。身は捨てつ心ばかりははふらさじ人のうごきを待ちてぞ打つべきいふ意は、敵と戦ふに臨まば、身は捨つべし。身をのがれんと思へば、心みだれおそれひるみて、敵に勝つべき力なし。されど、心ひとつは失ふべからず。敵と戦ふ時に、つねの如くにして心を動すべからず。我方よりみだりにかからず、こらへて早くうつべからず、人の動をまちて、其隙を見て早くうつべし。是敵に勝つの道なりといへり。一士となる者、平生は温厚和平にして、いかりをおさへ色をはげしくすべからず。みづから楽み人を愛すべし。されども、常に志をたもち気を養ひて、義理にいさむべし。変にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。
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『文武訓』武訓下一兵を司る人は、大将も有司も兵法を知るべし。兵法は武芸をいふにはあらず、軍の道を知るをいふ。士卒をつらねわかち、進め退け命令を下す、是節制なり。是を正兵とす。又智謀を用ひて敵をはかり、軍をやる、是を権謀といふ。奇兵なり。此二は兵法なり。これ、大将有司の必ず知るべきことなり。又陣法の中に奇正あり、独権謀のみを奇兵といふにあらず。
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『文武訓』武訓下一兵を用ふるは、まことに武威を貴ぶ。しかれども、仁義の道なければ諸人の心従はず、武を用ひがたし。一良将のいくさは、はかりごとよく、おもんぱかり精しくして、勝ちやすきに勝つ。故に、士卒おほくはうち死なし。愚将暗主は此理を知らずして、敵身方士卒の多く死するを悦ぶは、不仁なるのみならず、軍の道におろかなる故なり。上兵は戦はずして勝つをよしとす。若やむことを得ずして戦ふとても、いくさの道よくはかりごとあるゆゑに、良将は敵をも身方をも多くころさず。古人の曰、将となること三世なれば子孫なし。いふ意は、天道は不仁をにくみ、ころすことをこのみ給はず。凡天が下の人は、皆天の子なれば、其子をころすことをにくみ給ふ故、人を殺すことをこのめば、其子孫絶ゆとなり。
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『文武訓』武訓下一敵と戦ふに、勝ち過しては、敵取つて返してつよく戦ふものなれば、必ずはじめの勝にて早くやめて、少し手ぬるきやうなるが後の禍なし。匹夫の寄合ひ口論するも、悪口をしすごし、人に勝ち過せば、其人堪忍せずして、つよくしかへせば、おくれを取ることあり。古の良将の兵法、大に勝たず又大に負くることなし。是良将の兵法なり。兵を知らざる将は、幸にして大に勝つことあり、又大に負くること多し。是、良将の兵を用ふる法にあらず。さきがけをするも此心得あるべし。我一人深入すれば、幸にして手がらをすることあり。又やみやみと敵にうたるること多し。
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『文武訓』武訓上一甲冑の著やう、旗指物の制法、馬上にて刀を抜き鎗をつかひ、敵と組み合の法、或は不意に敵に出合ひたる時、敵に斬られず敵に勝つの法、凡匹夫の勇のはたらき、刀剣、及び馬芸につきてのわざ、又は戦場にあらずして、時の変に応ずる術も、士たる人習ひ知るべし。かやうの術を教ふる師あり、書あり、ならふべし。
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『文武訓』武訓下一古人の出陣は、喪の礼を以て是を行ふ。軍の命下る日は、士皆泣きて涙を流す。父母兄弟にわかれん事をかなしめばなり。戦をなすこと必死の道なれば、かくのごとくすること、むべならずや。一良将の兵を用ひて戦ふには、士卒のこころを同じくし力を一にして、一同に進み一同に退かしむ。勇者も一人すすまず、一同に下知にしたがひて進ましむ。怯き者も独退かしめず。退くべき時は、下知にしたがひて一同に退かしむ。一人ぬけがけしさきがけすれば、陣法みだれて、軍の勢わかれ弱くなる。呉子が、ぬけがけして首を取りたる勇士を切りたるも、此意なり。
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