武士道 / 第十六章 武士道の命脈・黄金の象形文字
而して之れがために、其宗教を以て、吾人と吾人の祖先とが、數百年の間、傳習なかれg繼承したる思索の慣習と頗る背馳懸隔するものたらしむ。噫、一國民の歷史を嘲笑する乎。盖し何等の民人と雖記錄を有せざる最劣等の亞弗利加蕃族すらも其經歷とする所は、即ち神の自から其手を以て記述せる人類の歷史の一頁を成すものなるに、彼輩却つて之を否定せんとするに庶幾からずや。旣に滅絕せる種族と雖、尙ほ具眼者の解讀するを得べき古文書なり。哲人、敬虔の徒より觀れば、地上の人種は、皆是れ、其皮膚の色の黑白を以て明記せられたる神の文字を象す。而して此比喩にして佳ならんには、即ち黃色人種は、黃金の象形文字を勒せる貴重なるベージたる勿からん乎。彼の宣教師輩は、既に一國民の過去に於ける經歷を無視し、基督教を以て新宗教なりと揚言す。
新字:而して之れがために、其宗教を以て、吾人と吾人の祖先とが、数百年の間、伝習なかれg継承したる思索の慣習と頗る背馳懸隔するものたらしむ。噫、一国民の歴史を嘲笑する乎。盖し何等の民人と雖記録を有せざる最劣等の亜弗利加蕃族すらも其経歴とする所は、即ち神の自から其手を以て記述せる人類の歴史の一頁を成すものなるに、彼輩却つて之を否定せんとするに庶幾からずや。既に滅絶せる種族と雖、尚ほ具眼者の解読するを得べき古文書なり。哲人、敬虔の徒より観れば、地上の人種は、皆是れ、其皮膚の色の黒白を以て明記せられたる神の文字を象す。而して此比喩にして佳ならんには、即ち黄色人種は、黄金の象形文字を勒せる貴重なるベージたる勿からん乎。彼の宣教師輩は、既に一国民の過去に於ける経歴を無視し、基督教を以て新宗教なりと揚言す。
書き下し
而して之れがために、其宗教を以て、吾人と吾人の祖先とが数百年の間、〔傳習なかれg:OCRの乱れ〕継承したる思索の慣習と頗る背馳懸隔するものたらしむ。噫、一国民の歴史を嘲笑する乎。蓋し何等の民人と雖、記録を有せざる最劣等の亜弗利加蕃族すらも、其経歴とする所は、即ち神の自から其手を以て記述せる人類の歴史の一頁を成すものなるに、彼輩却つて之を否定せんとするに庶幾からずや。既に滅絶せる種族と雖、尚ほ具眼者の解読するを得べき古文書なり。哲人、敬虔の徒より観れば、地上の人種は皆是れ、其皮膚の色の黒白を以て明記せられたる神の文字を象す。而して此比喩にして佳ならんには、即ち黄色人種は、黄金の象形文字を勒せる貴重なるページたる勿からん乎。彼の宣教師輩は、既に一国民の過去に於ける経歴を無視し、基督教を以て新宗教なりと揚言す。
現代語訳
そしてそのために、彼らの宗教を、私たちと私たちの祖先が数百年のあいだ(読めない文字列がある)受け継いできた思考の習慣と、ひどくかけ離れたものにしてしまっている。ああ、一国民の歴史をあざ笑うのか。思うに、どんな民族であっても、記録を持たない最も劣った(と言われる)アフリカの部族でさえ、その歩んできたところは、神が自らの手で記した人類の歴史の一ページをなすものであるのに、彼らはかえってこれを否定しようとしているに近いのではないか。すでに滅び去った種族であっても、なお見る目のある者が読み解くことのできる古文書である。哲人や敬虔な人々から見れば、地上の人種はみな、その皮膚の色の黒や白で書き記された神の文字をかたどっている。そしてこのたとえがよいとするならば、黄色人種は、黄金の象形文字を刻んだ貴重なページではないだろうか。あの宣教師たちは、すでに一国民の過去の歩みを無視して、キリスト教を新しい宗教だと言い立てている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「食いて愛せざるは、之を豕交するなり。愛して敬せざるは、之を獸畜するなり。恭敬なる者は、幣の未だ將わざる者なり。恭敬にして實無ければ、君子虚拘す可からず。」
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説苑・雜言仲尼曰く、「史に君子の道三つ有り。仕えずして上を敬い、祀らずして鬼を敬い、直にして能く人に曲がる」と。
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孟子・公孫丑章句下ち不敬是より大なるは莫し。我は堯舜の道に非ざれば、敢て以て王の前に陳ぜず。故に齊の人は我の王を敬するに如くもの莫きなり。」景子曰く、「否。此の謂に非ざるなり。禮に曰く、『父召せば、諾する無し。君命じて召せば、駕するを俟たず。』固より將に朝せんとするなり。王命を聞きて遂に果さず。宜しく夫の禮と相似ざるが如く然るべし。」曰く、「豈に是を謂わんや。曾子曰く、『晉楚の富は、及ぶ可からざるなり。彼は其の富を以てし、我は吾が仁を以てす。彼は其の爵を以てし、我は吾が義を以てす。吾何ぞ慊せんや。』夫れ豈に不義にして曾子之を言わんや。是れ或は一道なり。天下に達尊三有り。爵一、齒一、德一。朝廷は爵に如くは莫く、ᰰ黨は齒に如くは莫く、世を輔け民に長たるは徳に如くは莫し。惡くんぞ其の一を有して、以て其の二を慢るを得んや。故に將に大いに為す有らんとするの君は、必ず召さざる所の臣有り。謀ること有らんと欲すれば、則ち之に就く。其の徳を尊び道を樂しむこと、是くの如くならざれば、與に為す有るに足らざるなり。故に湯の伊尹に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして王たり。桓公の管仲に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして霸たり。今、天下、地醜(たぐい)し德齊しく、能く相尚(すぎる)ぐるもの無きは、他無し。其の教うる所を臣とするを好みて、其の教えを受くる所を臣とするを好まず。湯の伊尹に於ける、桓公の管仲に於けるは、則ち敢て召さず。管仲すら且つ猶ほ召す可からず。而るを況んや管仲を為さざる者をや。」
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史記 管晏列伝越石父賢なるに、縲紲の中に在り。晏子出でて、之に塗に遭ひ、左驂を解きて之を贖ひ、載せて帰る。謝せずして閨に入る。之を久しくして、越石父絶たんことを請ふ。晏子懼然として、衣冠を摂へ、謝して曰く、「嬰不仁と雖も、子を戹より免れしむ。何ぞ子の絶たんを求むるの速やかなるか」と。石父曰く、「然らず。吾聞く、君子は己を知らざる者に詘するも、己を知る者に信ぶ、と。方に吾縲紲の中に在るや、彼我を知らざるなり。夫子既に已にして感寤して我を贖へり。是れ己を知るなり。己を知りて礼無きは、固より縲紲の中に在るに如かず」と。晏子是に於いて延き入れて上客と為す。
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司馬法・嚴位凡そ戦いは、敬すれば則ち慊(こころよ)し、率(そつ)すれば則ち服す。
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論語・子罕篇子、斉衰者、冕衣裳者と瞽者とを見れば、之を見て、少しと雖も必ず作ち、之を過ぐれば必ず趨る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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