司馬法 / 嚴位
凡戰:敬則慊;率則服。
新字:凡戦:敬則慊;率則服。
書き下し
凡そ戦いは、敬すれば則ち慊(こころよ)し、率(そつ)すれば則ち服す。
現代語訳
およそ戦いにおいては、敬意をもって接すれば人は心地よく感じ、自ら先頭に立って導けば人は従う。
解説
相手に敬意をもって接すれば、人は満たされた気持ちになる。そして自らが先頭に立って動いて見せれば、人は自然とついてくる。命令や理屈で人を動かそうとする前に、まず敬意を払い、まず自分が動くことの効果を司馬法は説いている。これは軍の統率だけでなく、後輩を導く場面や家庭で協力を求める場面にも通じる、地味だが確かな原則である。
この章句が説くこと
敬意率先統率
関連する章句
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孟子・公孫丑章句下ことだと理屈をつけて断っている。勿論この理解の仕方は私の個人的なものであり、違う解釈もあり、昔から孟子像についていろいろ議論のある節である。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「食いて愛せざるは、之を豕交するなり。愛して敬せざるは、之を獸畜するなり。恭敬なる者は、幣の未だ將わざる者なり。恭敬にして實無ければ、君子虚拘す可からず。」
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史記 管晏列伝越石父賢なるに、縲紲の中に在り。晏子出でて、之に塗に遭ひ、左驂を解きて之を贖ひ、載せて帰る。謝せずして閨に入る。之を久しくして、越石父絶たんことを請ふ。晏子懼然として、衣冠を摂へ、謝して曰く、「嬰不仁と雖も、子を戹より免れしむ。何ぞ子の絶たんを求むるの速やかなるか」と。石父曰く、「然らず。吾聞く、君子は己を知らざる者に詘するも、己を知る者に信ぶ、と。方に吾縲紲の中に在るや、彼我を知らざるなり。夫子既に已にして感寤して我を贖へり。是れ己を知るなり。己を知りて礼無きは、固より縲紲の中に在るに如かず」と。晏子是に於いて延き入れて上客と為す。
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論語 郷党篇君に事うるには、敬を以てす。
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論語 雍也篇子曰わく、君子は争う所無し。必ずや射か。揖譲して升り、下りて飲む。その争いは君子なり。
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論語 里仁篇子曰わく、父母に事うるには幾(ほの)かに諫む。志の従わざるを見れば、また敬して違わず、労して怨みず。