論語 / 子罕篇
子見齊衰者,冕衣裳者,與瞽者,見之,雖少必作,過之必趨。
新字:子見斉衰者,冕衣裳者,与瞽者,見之,雖少必作,過之必趨。
書き下し
子、斉衰者、冕衣裳者と瞽者とを見れば、之を見て、少しと雖も必ず作ち、之を過ぐれば必ず趨る。
現代語訳
先生は、喪服を着た人、礼装をつけた人、目の不自由な人に会われると、たとえ相手が年少であっても必ず立ち上がり、その前を通るときは必ず小走りで進まれた。
解説
三種類の相手が挙げられている。悲しみの中にある人、公の務めにある人、不自由を抱えた人。孔子はこの三者に対して、相手の年齢や身分に関わらず敬意の動作をとった。立ち上がる、小走りで通る。どちらも身体を使った、目に見える形である。敬意は心の中にあるだけでは伝わらないという前提が、ここにある。とくに雖少必作、年下でも必ず立つという点が重い。敬意の対象は人ではなく、その人が置かれている状況のほうだからである。地位が上がるほど、人は自分から動かなくなる。相手が来るのを待ち、座ったまま応対する。それが当然になった組織では、悲しみの中にいる人も、不自由を抱えた人も、序列の下に置かれる。立ち上がるかどうかは、小さいが決定的な差である。
この章句が説くこと
敬意動作喪配慮身分
関連する章句
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「食いて愛せざるは、之を豕交するなり。愛して敬せざるは、之を獸畜するなり。恭敬なる者は、幣の未だ將わざる者なり。恭敬にして實無ければ、君子虚拘す可からず。」
-
説苑・雜言仲尼曰く、「史に君子の道三つ有り。仕えずして上を敬い、祀らずして鬼を敬い、直にして能く人に曲がる」と。
-
孟子・公孫丑章句下ち不敬是より大なるは莫し。我は堯舜の道に非ざれば、敢て以て王の前に陳ぜず。故に齊の人は我の王を敬するに如くもの莫きなり。」景子曰く、「否。此の謂に非ざるなり。禮に曰く、『父召せば、諾する無し。君命じて召せば、駕するを俟たず。』固より將に朝せんとするなり。王命を聞きて遂に果さず。宜しく夫の禮と相似ざるが如く然るべし。」曰く、「豈に是を謂わんや。曾子曰く、『晉楚の富は、及ぶ可からざるなり。彼は其の富を以てし、我は吾が仁を以てす。彼は其の爵を以てし、我は吾が義を以てす。吾何ぞ慊せんや。』夫れ豈に不義にして曾子之を言わんや。是れ或は一道なり。天下に達尊三有り。爵一、齒一、德一。朝廷は爵に如くは莫く、ᰰ黨は齒に如くは莫く、世を輔け民に長たるは徳に如くは莫し。惡くんぞ其の一を有して、以て其の二を慢るを得んや。故に將に大いに為す有らんとするの君は、必ず召さざる所の臣有り。謀ること有らんと欲すれば、則ち之に就く。其の徳を尊び道を樂しむこと、是くの如くならざれば、與に為す有るに足らざるなり。故に湯の伊尹に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして王たり。桓公の管仲に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして霸たり。今、天下、地醜(たぐい)し德齊しく、能く相尚(すぎる)ぐるもの無きは、他無し。其の教うる所を臣とするを好みて、其の教えを受くる所を臣とするを好まず。湯の伊尹に於ける、桓公の管仲に於けるは、則ち敢て召さず。管仲すら且つ猶ほ召す可からず。而るを況んや管仲を為さざる者をや。」
-
史記 管晏列伝越石父賢なるに、縲紲の中に在り。晏子出でて、之に塗に遭ひ、左驂を解きて之を贖ひ、載せて帰る。謝せずして閨に入る。之を久しくして、越石父絶たんことを請ふ。晏子懼然として、衣冠を摂へ、謝して曰く、「嬰不仁と雖も、子を戹より免れしむ。何ぞ子の絶たんを求むるの速やかなるか」と。石父曰く、「然らず。吾聞く、君子は己を知らざる者に詘するも、己を知る者に信ぶ、と。方に吾縲紲の中に在るや、彼我を知らざるなり。夫子既に已にして感寤して我を贖へり。是れ己を知るなり。己を知りて礼無きは、固より縲紲の中に在るに如かず」と。晏子是に於いて延き入れて上客と為す。
-
司馬法・嚴位凡そ戦いは、敬すれば則ち慊(こころよ)し、率(そつ)すれば則ち服す。
-
論語・郷党篇寝ぬるに尸せず、居るに容らず。斉衰者を見れば、狎れたりと雖も必ず変ず。冕者と瞽者とを見れば、褻れたりと雖も必ず貌を以てす。凶服者には之に式す。負版者に式す。盛饌有れば、必ず色を変じて作つ。迅雷、風烈には、必ず変ず。