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史記 / 管晏列伝

越石父賢、在縲紲中。晏子出、遭之涂、解左驂贖之、載歸。弗謝、入閨。久之、越石父請絕。晏子懼然、攝衣冠謝曰、嬰雖不仁、免子於戹、何子求絕之速也。石父曰、不然。吾聞君子詘於不知己而信於知己者。方吾在縲紲中、彼不知我也。夫子既已感寤而贖我、是知己。知己而無禮、固不如在縲紲之中。晏子於是延入為上客。

新字:越石父賢、在縲紲中。晏子出、遭之涂、解左驂贖之、載歸。弗謝、入閨。久之、越石父請絶。晏子懼然、摂衣冠謝曰、嬰雖不仁、免子於戹、何子求絶之速也。石父曰、不然。吾聞君子詘於不知己而信於知己者。方吾在縲紲中、彼不知我也。夫子既已感寤而贖我、是知己。知己而無礼、固不如在縲紲之中。晏子於是延入為上客。

書き下し

越石父賢なるに、縲紲の中に在り。晏子出でて、之に塗に遭ひ、左驂を解きて之を贖ひ、載せて帰る。謝せずして閨に入る。之を久しくして、越石父絶たんことを請ふ。晏子懼然として、衣冠を摂へ、謝して曰く、「嬰不仁と雖も、子を戹より免れしむ。何ぞ子の絶たんを求むるの速やかなるか」と。石父曰く、「然らず。吾聞く、君子は己を知らざる者に詘するも、己を知る者に信ぶ、と。方に吾縲紲の中に在るや、彼我を知らざるなり。夫子既に已にして感寤して我を贖へり。是れ己を知るなり。己を知りて礼無きは、固より縲紲の中に在るに如かず」と。晏子是に於いて延き入れて上客と為す。

現代語訳

越石父は賢者でありながら、罪人として捕らわれの身にあった。晏子は外出の途中、道でこの人に出会い、自分の車の左馬をはずして代価とし彼を買い戻して、車に乗せて連れ帰った。ところが晏子は一言の挨拶もせず、そのまま奥の部屋に入ってしまった。しばらくして越石父は「絶交させてほしい」と申し出た。晏子は驚いて居住まいを正し、衣冠を整えて詫びた。「私は不徳者ですが、あなたを苦難から救い出した。なのになぜそんなに早く縁を切ろうとされるのか」。石父は言った。「そうではありません。私はこう聞いています。君子は自分を理解しない相手には身を屈めるが、自分を理解してくれる相手にはのびのびと振る舞う、と。私が牢にいたときは、獄吏は私を理解していなかった。あなたは私の価値に気づいて買い戻してくださった。それは私を理解してくれたということです。理解してくれる人でありながら礼を欠くのは、いっそ牢にいた方がましなのです」。晏子はそこで彼を招き入れ、最上の客として遇した。

解説

「人を助ける」ことと「人を敬う」ことは別だと突きつける、痛烈な一話です。晏子は越石父を救い出しました。それ自体は立派です。しかし救った相手を、無言で放置し礼を欠いた。恩を施した側は「助けてやった」で満足しがちですが、受けた側の尊厳はそれで満たされるわけではない。石父の『己を知りて礼無きは、牢にいるに如かず』という言葉は鋭い。組織で言えば、優秀な人材を採用・登用(=救出)しても、その人を一人の人格として敬い、礼を尽くさなければ、当人にとっては報われない。そして晏子の真価は、目下の者の正当な抗議を聞いて即座に非を認め、態度を改めた点にあります。良い人材を得るには、助けるだけでなく敬うこと。そして指摘されたら素直に改めること。この二つが人を本当に活かします。

この一句を、あなたの毎日に。

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