武士道 / 第七章 至誠信實・武士の一言
虛言、遁辭は共に之を賤めて怯懦なりとせり。武士は社會に高位を占むるよりして、從つて誠實を標榜すること、商賈農民の輩に優りて高大なるを要すとしたり。武士の一言とは――獨逸語にてアイン、リツテルヴオルト(EinRitterwort)と云ふと、其義を一にす――即ち其言語の信實を確證するものにして、武士は一諾を重んじて二言無く武士の一言は千鈞よりも重。されば、人と約するに必ずしも文書を要せず、又た敢て或は違ふことあらず。若し夫れ證文を以て約するが如きは頗る武士の威嚴を毀損するものとせり。世には武士たるものが、二言の罪を償ふに、死を以てしたる、多くの悲慘なる物語すら、之を傳ふるにあらずや。誠を標置すること斯の如く高く、而して基督教徒の〓ね、『爾曹盟ふ勿れ』との教主の簡明なる戒を破り毫も『スウエア』(誓言)するを憚らざるとは大に異り、眞個の武士は誓詞起證を以て名譽を毀損するものなりとして之を賤めたり。
新字:虚言、遁辞は共に之を賤めて怯懦なりとせり。武士は社会に高位を占むるよりして、従つて誠実を標榜すること、商賈農民の輩に優りて高大なるを要すとしたり。武士の一言とは――独逸語にてアイン、リツテルヴオルト(EinRitterwort)と云ふと、其義を一にす――即ち其言語の信実を確証するものにして、武士は一諾を重んじて二言無く武士の一言は千鈞よりも重。されば、人と約するに必ずしも文書を要せず、又た敢て或は違ふことあらず。若し夫れ証文を以て約するが如きは頗る武士の威厳を毀損するものとせり。世には武士たるものが、二言の罪を償ふに、死を以てしたる、多くの悲惨なる物語すら、之を伝ふるにあらずや。誠を標置すること斯の如く高く、而して基督教徒の〓ね、『爾曹盟ふ勿れ』との教主の簡明なる戒を破り毫も『スウエア』(誓言)するを憚らざるとは大に異り、真個の武士は誓詞起証を以て名誉を毀損するものなりとして之を賤めたり。
書き下し
虚言、遁辞は共に之を賤めて怯懦なりとせり。武士は社会に高位を占むるよりして、従つて誠実を標榜すること、商賈農民の輩に優りて高大なるを要すとしたり。武士の一言とは――独逸語にてアイン・リッテルヴォルト(Ein Ritterwort)と云ふと、其義を一にす――即ち其言語の信実を確証するものにして、武士は一諾を重んじて二言無く、武士の一言は千鈞よりも重し。されば、人と約するに必ずしも文書を要せず、又た敢て或は違ふことあらず。若し夫れ証文を以て約するが如きは、頗る武士の威厳を毀損するものとせり。世には武士たるものが、二言の罪を償ふに、死を以てしたる、多くの悲惨なる物語すら、之を伝ふるにあらずや。誠を標置すること斯の如く高く、而して基督教徒の(概)ね、『爾曹盟ふ勿れ』との教主の簡明なる戒を破り、毫も『スウェア』(誓言)するを憚らざるとは大に異り、真個の武士は誓詞起請を以て名誉を毀損するものなりとして之を賤めたり。
現代語訳
うそやごまかしの言い逃れは、どちらも卑しいものとして臆病のしるしとされた。武士は社会で高い地位を占めているので、それだけ誠実を掲げることも、商人や農民より高く大きくなければならないとされた。「武士の一言」とは、ドイツ語で「アイン・リッターヴォルト(Ein Ritterwort、騎士の一言)」と言うのと同じ意味で、その言葉が真実であることを確かに保証するものである。武士は一度承諾したことを重んじて二言はなく、武士の一言は千鈞(せんきん)よりも重い。だから人と約束するのに必ずしも書面を必要とせず、またあえてそれに背くこともなかった。もし証文によって約束を交わすようなことがあれば、それは武士の威厳を大いに損なうものとされた。世には、武士が二言の罪を償うのに死をもってした、という多くの悲しい物語さえ伝えられているではないか。このように誠をきわめて高く掲げていたので、キリスト教徒が(概)ね、「一切誓ってはならない」という主イエスの簡明な戒めを破って、少しもためらわずに「スウェア」(誓い)を立てるのとは大いに異なり、本物の武士は、誓紙や起請文を書くことは名誉を損なうものだとしてこれを卑しんだ。
解説
この章句が説くこと
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