文子 / 微明
故隨時而不成,無更其刑,順時而不成,無更其理,時將復起,是謂道紀。帝王富其民,霸王富其地,危國富其吏,治國若不足,亡國囷倉虛,故曰“上無事而民自富,上無為而民自化。”起師十萬,日費千金,“帥旋之後,必有凶年 ”,故“兵者不祥之器,非君子之寶也”。“和大怨必有餘怨”,奈何其為不善也。古者親近不以言,來遠不以言,使近者悅,遠者來。與民同欲則和,與民同守則固,與民同念者知,得民力者富,得民譽者顯,行有召寇,言有致禍,無先人言,後人已。附耳之語,流聞千里,言者禍也,舌者機也,出言不當,駟馬不追。昔者中黃子曰:天有五方,地有五行,聲有五音,物有五味,色有五章,人有五位,故天地之間有二十五人也。
新字:故随時而不成,無更其刑,順時而不成,無更其理,時将復起,是謂道紀。帝王富其民,覇王富其地,危国富其吏,治国若不足,亡国囷倉虚,故曰“上無事而民自富,上無為而民自化。”起師十万,日費千金,“帥旋之後,必有凶年 ”,故“兵者不祥之器,非君子之宝也”。“和大怨必有余怨”,奈何其為不善也。古者親近不以言,来遠不以言,使近者悦,遠者来。与民同欲則和,与民同守則固,与民同念者知,得民力者富,得民誉者顕,行有召寇,言有致禍,無先人言,後人已。附耳之語,流聞千里,言者禍也,舌者機也,出言不当,駟馬不追。昔者中黄子曰:天有五方,地有五行,声有五音,物有五味,色有五章,人有五位,故天地之間有二十五人也。
書き下し
故に時に随いて成らざれば、其の刑を更うる無し。時に順いて成らざれば、其の理を更うる無し。時将に復た起こらんとす。是を道紀と謂う。帝王は其の民を富ませ、霸王は其の地を富ませ、危国は其の吏を富ませ、治国は足らざるが若く、亡国は囷倉虚し。故に曰く「上事無くして民自ら富み、上為す無くして民自ら化す」。師を起こすこと十万、日に千金を費やし、「帥旋るの後、必ず凶年有り」。故に「兵は不祥の器にして、君子の宝に非ず」。「大怨を和すれば必ず余怨有り」。奈何ぞ其れ不善を為さんや。古は親近に言を以てせず、遠きを来らしむるに言を以てせず、近き者をして悦ばしめ、遠き者来る。民と欲を同じくすれば則ち和し、民と守りを同じくすれば則ち固く、民と念いを同じくする者は知あり、民の力を得る者は富み、民の誉れを得る者は顕る。行いに寇を召く有り、言に禍を致す有り。人に先んじて言う無く、人に後れて已む無かれ。耳に附するの語も、流れ聞こえて千里、言は禍なり、舌は機なり。言を出して当たらざれば、駟馬も追わず。昔者中黄子曰く、天に五方有り、地に五行有り、声に五音有り、物に五味有り、色に五章有り、人に五位有り。故に天地の間に二十五人有りと。
現代語訳
だから、時に随って成らなければ、その形を改めてはならない。時に順って成らなければ、その理を改めてはならない。時はまた起ころうとしている。これを道の紀という。帝王はその民を富ませ、覇王はその土地を富ませ、危うい国はその役人を富ませ、治まる国は足りないかのようであり、亡ぶ国は倉が空である。だから『上が事を起こさなければ民は自ずから富み、上が為すことがなければ民は自ずから化す』という。軍を起こすこと十万、一日に千金を費やし、『軍が帰ったあとは必ず凶作の年がある』。だから『兵は不吉の器であり、君子の宝ではない』。『大きな怨みを和らげても必ず余りの怨みが残る』。どうして不善をなすことがあろうか。古は近くの者に言葉で親しませず、遠くの者を言葉で来させず、近い者を悦ばせれば、遠い者が来た。民と欲を同じくすれば和し、民と守りを同じくすれば固く、民と思いを同じくする者は賢く、民の力を得る者は富み、民の誉れを得る者は顕れる。行いに賊を招くものがあり、言葉に禍を致すものがある。人に先んじて言うな、人に後れて止めるな。耳に近づけて囁く言葉も千里に流れ聞こえる。言葉は禍であり、舌は機である。言葉を出して当たらなければ、四頭立ての馬でも追いつかない。昔、中黄子は言った。天に五方があり、地に五行があり、音に五音があり、物に五味があり、色に五章があり、人に五位がある。だから天地の間には二十五人の人がある、と。
解説
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